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ワンデイ・ワンスモア  作者: はやさか あわき
9/22

第8話:いつか見た景色、過ごした時へ

とても長い夢を見ていた気がする。

どんな夢かは、覚えていない。思い出すこともできない。

おもむろに目を開けると、真っ白な空間の中にいた。辺りを見渡しても、何もない。そこに広がっているのは、ただひたすらな白だ。

ここはどこだろうとか、そういった純粋な疑問は不思議と胸の中になかった。だが、時間を跳び越えていく中で必然的に通過する空間なのだと、なぜか直感で悟っていた。

「お兄ちゃん」

ふと、どこからともなく妹の舞の声が聞こえてきた。俺のことを呼んでいる。だが周りを見ても彼女の姿はない。この空間に響くだけだ。

「お兄ちゃんはこの世界を捨てて、冒険に出かけるんだね」

「え…?」

世界を捨てる?

「どういうことだ、舞?」

「今ある後悔をなかったことにしても、お兄ちゃんはまた新たな後悔を生むかもしれないよ。お兄ちゃんにその覚悟はある?」

舞…と思われるその声の主は、こちらの問いには答えようとしない。反響してくるその言葉は、純の心の内にある「覚悟」を少しばかり揺らした。才華 唯の死をなかったことにしたら、別の自分にとっての後悔が生まれると、この声の主は言いたいらしい。

しかし、意味が分からない。

「新たな後悔って、なんだよ。それに世界を捨てるってどういうことだよ。答えてくれ」

「その答えはお兄ちゃん自身が見つけないとだめだよ。この冒険は、お兄ちゃん自身が選択して始めたことなんだからね」

声の主がそう言い終えると同時に、純の体が両足から風化するようにポロポロと崩れ始めた。両手の先からも段々と風に流される葉っぱのように欠けていく。

「頑張ってね、お兄ちゃん」

「…」

舞の声に応えることができず、純はただ崩れゆく自分の体を眺めていた。そして最後に顔が塵となって散ると、そこには何も残らない無の空間となった。再び彼の意識は闇の中へと沈んでいった。



死んだのだろうか。目の前は真っ暗だ。

何年か、何十年か、何百年か。暗闇の中を漂っていたような気がする。

靄がかかっていた頭の中が段々と晴れていくのを感じた。無重力の中で浮いていた足も、今は地に着いている。

そして、ふと何か聞こえることに気がついた。鉛筆で紙に何かを書く音だ。それも1つではなく、いくつもの音が重なって耳の中へ入ってくる。

目の前が真っ暗なのは、今自分が目を瞑っているからだ。

しばらく開けていないせいか、くっついてしまったように瞼が重く感じる。力を込めると、ゆっくりその目は開いた。眩しい光が視界に入り込んでくる。

太陽を見るような感覚であったが、それも次第に晴れてきた。そこに広がっていく光景は、いつの日か見た景色であった。

「…」

椅子に座っていた。机には何かの教科書と、作文のための原稿用紙が何枚か並んでおり、拙い字が並んでいる。これは、俺の字だ。

右手にシャープペンシルを持っていることから、今まで自分でこれを書いていたのだろう。

周りを見ると、子供達が机に向かい、同じように原稿用紙に鉛筆を走らせていた。子供達?いや、見覚えがあるぞ。

安達(あだち)?お前…安達か?」

俺の声に、左隣にいたその少女は驚いてこちらを見た。

「え、何?加古川」

「何って…」

また、俺の前に座っていた少年もこちらを見る。

「どうしたんだよカコチ」

俺をカコチと呼ぶのは…

「柴野?」

小学校の頃仲の良かった柴野(しばの)だ。中学校が別々になり、疎遠になってしまった。

彼は様子のおかしい純のことを不審そうな目で見た。

「大丈夫かおまえ?」

「え?」

純はそう言われてから、自身の体に違和感を覚えた。自分が思っている以上に、手が細く、短く、そして華奢だったからだ。またそれに付随して、自らの体全部が小さくなっていることに気づいた。顔や頭に手を当ててみると、やっぱり小さい。髪型も今と違う。

黒板には、『10月19日(木)』とチョークで書かれていた。

「柴野、今って西暦何年だ…?」

柴野は「はぁ?」と言い、答える。

「2006年っしょ。あれ、そうだよね尾形(おがた)?」

彼は隣の席に座る、尾形と呼ばれる少女に尋ねた。尾形はこくりと頷く。純はその言葉で確信した。

「…成功したんだ。俺、5年前に時間跳躍(タイムリープ)できた」

そうぼやくと、教室の前方から女性の声が飛んできた。

「ちょっと純くん!何を騒いでいるの」

「え…?」

それは昔よく聞いた、懐かしい声だった。

「作文は終わったの?」

才華(さいか) (ゆい)がジャージ姿で教卓におり、怪訝そうな顔でこちらを見ている。首を傾げると、トレードマークのポニーテールが揺れた。純は口をあんぐりと開けたまま、固まった。視界が歪んでいき、涙がぽろっと目尻から頬を伝い落ちていくのを感じた。

「ちょっと純くん?大丈夫?」

彼女は教壇から降り、こちらに歩いてきた。泣いていたことに気づいた純は両腕で目元を擦り、その涙を拭きとった。近づいてきた才華を、彼は目を赤くしながら見上げる。

「純くん?泣いてるの?」

「才華…先生…」

亡くなる寸前の、血塗れとなった彼女の顔がフラッシュバックした。苦しそうな息と微かに流れる涙、段々と開いていく瞳孔。全てが脳裏にこびりついて離れないでいたのだ。

「ごめん…ごめん俺…先生。俺があの時誘わなきゃよかったんだ。ごめん…」

あの日「公園で遊ぼう」なんて言わなければ、彼女が死ぬことはなかったんだ。罪の記憶が鮮明に呼び起こされたことで、純は自分がタイムリープしてきたことも忘れてしまった。

「純くん?」

机に突っ伏して泣いている純を、才華はかがみこんで名前を呼びかける。1人の少年が席を立ち、純の元に駆け寄った。そしてその肩を揺らす。

「おいジュン!どうしたんだよ!」

聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、そこには昔からずっと一緒に過ごしてきた友の顔があった。

「スイ…?」

あの推里(すいり) (あきら)だった。12歳と若返ってはいるが、マッシュルームヘアに大きな瞳はこの頃から変わらない。彼とは小学1年生から同じクラスであり、今年で6年目ということになる。

「具合悪いのか?」

「違ぇよ…」

目は真っ赤になり腫れてしまったが、明のおかげか段々と平常心を取り戻していくことができた。彼はニッコリと笑い、純の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「才華センセイ!大丈夫そうっすよ!」

乱暴にされた彼の髪はボサボサになってしまった。才華は心配そうな顔を止めず、なおも純に近づいた。

「大丈夫?どこか痛む?」

純は首を横に振る。

「いえ。なんでもないです…」

俯いたまま、そう答えた。

あなたと会話をするのが、今は苦しい。今は話しかけないでほしいんだ。あの瞬間を思い出して、胸が引き裂けそうになるから。

「なら…いいんだけど」

才華先生は心配そうな顔のまま、踵を返して教壇に戻っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに過去に…しかし暗雲も同時に 楽しみだ
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