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ワンデイ・ワンスモア  作者: はやさか あわき
7/22

第6話:時間跳躍

時刻は19時55分。

純は着替えもせず、椅子に座り、机に携帯電話を開いて置いていた。

その画面には30分前に受信した明からのメールが映っている。

課題プリントを確認したが、解いた形跡は全くなかった。机の端に寄せていたポータブルプレーヤーにもイヤホンがぐるぐると巻き付けてある。つまり使う前のままということだ。先は片付けず、机の上に放ったままだった。

何が起こったのか、純はまだ状況の整理がつかずにいた。

何かが引き金となって、時間が35分ほど巻き戻った。その引き金となったのは…

彼はスクールバッグの方へ目線を向けた。椅子から立ち上がり、バッグの方へ向かう。

その中には、紫色に淡く光る球体があった。

「こいつが…」

視界が真っ白になる直前、携帯電話とこれが接触したことを覚えている。巻き戻った時間は今から30分ほど前。30分前には何があった?

そうだ、スイからのメールが来ていた。受信したのは19時25分。俺はこのメールに返信した後、そのまま机の上にこれを置いた。

明からのメールには『2011/9/23 19:25』とある。これが表示されたウィンドウに水晶が当たった。そして視界が真っ白になり、30分巻き戻った。

「『日付と時刻』をトリガーにしているのか…?」

試しにもう一度やってみるか?これでまた時間が巻き戻れば、その仮説は正となる。

純は持っていた携帯を見た。

どうせなら、もう少し前に戻れるか試そう。そう思い受信メールを(さかのぼ)った。

「これだ…」

日付、時刻は『2011/9/23 17:45』。

彼が登録しているSNSのメールマガジンが、ちょうど今日の放課後に届いていた。鬱陶しいから配信停止にしようと思っていたところだが、こんなところで役に立つとは。

この時間は、明と葵と一緒にカフェにいた。もし成功すれば、2時間前に戻ることになる。

純は再びフェイスタオルを水晶玉の下に敷き、床に置いた。その前に胡座をかいて座る。側にあった携帯電話を手に取り、それに近づけていく。その画面に映っているのは、17時45分に受信したメールマガジン。

深く息を吸い、大きく吐いた。心臓の鼓動が部屋に響いているのではないかと思うくらい大きく脈打っている。それと共に好奇心が脳内を支配し、携帯電話を持つ手が小刻みに揺れていた。

淡く光る水晶玉にそれが当たる。


その刹那。

「うぐっ…あぁぁあぁぁああああっ!!」

急に視界が真っ白になり、突き刺さるような激しい頭痛と耳鳴りに襲われた。先と同じ現象だ。

成功した…?こうなったということは…。

続いて今度は自身の体が後ろへ強く引っ張られた。誰かに、というよりもこの空間そのものが後ろに引っ張られるような、まるで海の中にいる自分が、強い水流に体を持っていかれる感覚だ。

先よりも長い時間を巻き戻るということが起因しているのだろうか。


やがて、真っ白で何も見えなかった視界は徐々に晴れていき、耳鳴りもなくなっていった。ぼんやりと、目の前の景色が顕になっていく。自身を飲み込んでいた水の流れのようなものも消え、触覚を取り戻していく。

何かに腰をかけている、ということがその感覚で分かった。

聴覚も元に戻ってきたのか、次第に周りの環境音が聞こえ始めた。たくさんの話し声が、遠くから段々と近づいてくる。

「…い…ぉーい…!」

その環境音よりも近くで何かを呼ぶ声が聞こえる。聞き慣れた声だ。

ぼんやりと人影が映った。そしてそれは一気に鮮明になっていく。

「ジュン!…ジュゥーンってば!」

「あ…」

自分の名前を呼ぶのは、葵だった。正面から彼女が怪訝そうな顔でこちらを覗いてきており、その右には明がいた。同じく心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫?急にどうしたのよ?」

葵の言葉も聞かず、純は左のポケットをまさぐり、携帯電話を取り出した。まだ頭に(もや)がかかっているような感じがして、気分は良くない。

時刻を確認する。ディスプレイには、17時46分と表示されていた。

成功した。辺りを見回す。カウンター席、2人掛けのテーブルには、先ほど見たノートパソコンや本を広げ作業をする人達、女子高生数人組がいた。

同じだ。戻っている。時間が2時間近く、巻き戻っていた。


「ねぇジュン?聞いてる?」

明は純の右肩を揺らし、純の顔を覗き込んだ。

「あ…あぁ、聞いてるよ。どうしたの?」

「いや、どうしたのって、こっちのセリフだよ。話してる途中で急に固まっちゃうんだもん」

そう言われ、彼は言葉に詰まった。何の話をしていたか覚えていないし、変な事を言えばさらに不審がられるだけだからだ。もちろん時間を巻き戻してきたことも言えるわけがない。

1回目に時間を巻き戻った時もそうだが、()()()()()()()()()ようだ。本来であれば2人と会話をしていたはずの自分に、2時間後の自分が乗り移るといったイメージだ。

まだはっきりとは分かっていないが、あの水晶玉には日付を指定し、その時刻へ意識を飛ばす能力があるようだ。所謂、『時間跳躍(タイムリープ)』というやつだ。

映画や漫画の中の世界でしか見たことのない現象を、今まさに自分が体験している。とてもじゃないが信じられない。しかし全ての可能性を消していき、そこに残る答えは、それとしか考えられないのだ。

純は飲みかけのラテをテーブルに残したまま、立ち上がった。

「ごめん、俺帰るわ」

2人はキョトンと目を丸くする。

「え…まじ?」

葵は顔を引き攣らせながら、純の顔を見た。具合が悪いのだろうか、と探っているような視線だ。

「急用を思い出した。じゃあ、明、また明日な!」

そう言われた明は「明日?」と尋ねた。

「明日は土曜日だけど…何か約束してたっけ?」

純は、しまったと思った。明に遊びに誘われたのは19時25分のメールである。この時点では彼は明日、好きなミュージシャンの新作アルバムの発売日だということを恐らく忘れている。

「あれ…スイ、明日ってほら、アルバムの発売日じゃなかったっけ?」

脂汗を滲ませながら、なんとか取り繕った。明は思い出したようで、目を見開いた。

「そういえばそうじゃん!ジュンよく知ってたな〜」

「ま…まぁな」

スクールバッグを肩にかける。歩き出そうとしたところで、後ろから明の声がかかった。

「明日、12時に僕の家の前で集合な!」

「…おう」

少しだけ歯切れの悪い返事をした後、純は足早にカフェ『パールム』を出た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メールの受信日時に時間遡行するという設定がめちゃくちゃ面白い。 [一言] 水晶の能力とキャラが絡んで、今後どういったエピソードが展開していくのか期待してます!
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