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ワンデイ・ワンスモア  作者: はやさか あわき
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第2話:病院にて

今出たコンビニから徒歩5分の場所にある、天壌(てんじょう)総合病院。妹の舞はここに入院している。

夕方ということもあってか、病院に入る人よりも出てくる人の方が多い。警備員が入り口前に立ち、手を後ろに組みながら前方を見ている。2人はその横を通り、中へと進んだ。

院内はやはり閑散としていた。総合病院といえど規模は大きくなく、お世辞にも綺麗とは言えない。おまけに交通の面でも駅から遠いということもあって、地域の外から来る患者が少ないのが実情である。

面会受付窓口に向かい、面会簿に必要事項を記入し面会証を受け取ると、廊下の方へ歩き出した。

途中早足で歩く看護師数名とすれ違った。そういえば舞は看護師になりたいって言ってたっけ。

エレベーターの乗降口の前に着くと、純は「呼び登録ボタン」を押した。方向表示灯が下を指し、降りてくるのが分かる。

程なくして、乗降口が開き、中から数人出てきた。入れ替わるようにして、2人が中に入る。

純が「3」とある行先階ボタンを押すと、即座に扉が閉じ、一瞬ガクンと揺れた後、エレベーターは上へ昇り始めた。

彼女は3階の部屋にいる。


舞は、肺がんで6日前、ここ『天壌総合病院』に入院した。彼女の場合、初期症状がほとんどなく、咳や発熱などがメインだったため、風邪と診断されたが、血を含んだ咳をしたことにより、肺に悪性の腫瘍があることが認められた。

がんの摘出手術が昨日の夜に行われ、成功したとのことであった。だが、転移の可能性も否定はできないということで、現在は経過観察中であるらしい。


扉が開き、廊下に出た。左に曲がり、しばらく歩く。

廊下には看護師以外誰もおらず、静かだった。聞こえるのは2人の足音と、歩くたびに擦れるビニール袋の音だけ。

純と明は『308』と書かれた表札の前で、足を止めた。引き戸を開けて中に目をやると、女の子が1人、ベッドに座っていた。誰かと話をしているようだ。

引き戸が空いた音で目線を上げ、純に気づくとこちらを向き、笑みを浮かべた。

「あっお兄ちゃん…スイくんも!」

「よう、舞。手術うまく行ったんだってな。おめでとう!」

「こんちは、マイちゃん」

すると、舞と話をしていた人物と目があった。

「お、アッシーも来てたのか」

「アッシーじゃん!おつおつ〜」

2人からアッシーと呼ばれるその女性は、こちらを見てにっこり笑った。

「待ってたよ」

亜志麻 葵(あしま あおい)。彼女もまた、純と明が通っていた小学校の同級生であった。

高校は違うが、今でもよく会い遊んだりする仲だ。面倒見のいい性格で、舞が入院してから、何回か会いに来てくれている。

彼女はウェーブのかかった茶髪のロングヘア、カーディガンを腰に巻き、スカートは膝上あたりまでの丈に短くしていた。

昔はもっと清楚な見た目と雰囲気だったんだけどな…。

純は部屋の真ん中まで進み、手に持っていたビニールをテーブルの上に置いた。ふと傍に目をやると、1冊の本が目に止まった。

「おお、『イシフラ』じゃないか」

正式名称『一心不乱なフランケン木暮くん』。フランケンシュタインのような見た目の少年が描かれていた。連載中の少年漫画で、その表紙には「1」と書かれている。1巻だ。

純の視線に気づいた舞が「ああそれ」と言い、説明をした。

「葵ちゃんが持ってきてくれたんだ」

「お、そうなのか。この漫画はな、意外と伏線が張られてて、読んでて面白いぞ」

葵は不思議そうな顔をして純を見る。

「あれ、ジュン。この漫画知ってたっけ?」

そう問われて、彼はおかしな感覚に囚われた。あれ…?

「…いや、知らない。読んだことない」

よく思い返してみると、初めて見る漫画だ。でも、1巻の最後で『木暮くん』がフランケンの一族の末裔であることが発覚して、超能力に覚醒していくという展開を記憶している。

純はその本を手に取り、パラパラとページをめくった。葵は足を組み直し、ページを飛ばす彼を見て口を開いた。

「だよね?新しく連載したばかりで、単行本も昨日発売したんだし」

「…」

そう言われた彼はその本を閉じ、テーブルに戻した。

「あぁ、俺の勘違いだった」

舞は「変なお兄ちゃん」と笑った。

「これはみんなが帰った後、読むね」

ふと、舞の目線が純の置いたビニール袋に移る。

「…それは?」

純はその中から、さっき買ったものを取り出す。

「ああ、一応お前の好きな『皮剥きりんご』買ってきたんだけど。今日は食べれそうか?」

そう言うと、舞の目が輝いた。

「食べれる食べれる!ありがと!」

すかさずといった勢いで、明も手に持っていたビニール袋をテーブルの上に置く。

「僕からもマイちゃんにプレゼント!」

その様子を見た葵が「あはは」と笑った。

「羨ましいな〜舞ちゃん」

舞は明が置いたビニール袋の中を見て、より一層感嘆の声をあげた。オレンジジュースが3本、果物ゼリーが…なんと6個。葵は「マジかよ…」と呟き、明の尽くしっぷりに感心していた。

「すごい!こんなに…いいの!?」

明は照れ臭そうに笑った。

「へへっ。マイちゃん入院しているから、体力も落ちちゃっているかなって思ってさ」

「ありがとう!」

舞は早速皮剥きりんごの封を開け、あらかじめ入っていた爪楊枝をカットされた一口サイズのりんごに刺し、口の中に放った。

「美味しい!」

「一気に全部食うなよ。夕飯食べられなくなるぞ」

やれやれと息を吐き、純は折り畳まれたパイプ椅子に腰掛けた。明もそれに続き、腰を掛ける。


舞の肺がんに関しては、完治する可能性が高いとは言え、純は気が気ではなかった。舞が肺がんであると診断された時、目の前が暗くなり、しばらく眩暈が治らなかったのをよく覚えている。()()()()家族を失いたくはない。彼女が入院してから、純は学校にいてもソワソワしていた。手術は成功したことで一安心ではあったが、転移したとあれば彼女の体力も持たないかもしれない。


4人で談笑していたら、あっという間に面会終了の時間が来た。

「そろそろ私達はお(いとま)しようか」

「あ、もう17時か」

時計の針を見ると、16時56分を指していた。純、明、葵はカバンを手にパイプ椅子から立ち上がった。

「じゃあな。また明日来るよ」

「え、明日も来てくれるの?」

「まぁ、な」

純がそう言うと、舞は微笑んだ。

「ありがとう」

彼女の笑顔を受け、3人は病室を出た。

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