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ワンデイ・ワンスモア  作者: はやさか あわき
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第1話:俺と僕

2011年9月23日。

阿佐峰(あさみね)高等学校2年B組。

加古川 純(かこがわ じゅん)は机に突っ伏し、今の今まで寝ていた。懐かしい夢を見ていた気がする。

机の上には国語の教科書が広げられており、その下に板書用のノートが敷かれている。純はシャープペンシルを手に取り、黒板を見た。授業が始まってから寝ていたせいだろう、随分と板書が進んでしまっていた。

「あぁ!」

もう書くところがなくなったためだろう。国語教師兼担任の川村が、板書の半分を黒板消しで消してしまった。

途中まで写し進めていた純の手が止まる。

「ん、どうした?加古川くん」

純は首を横に振った。

「いえ、なんでもないです」

川村は怪訝そうな顔をしたが、すぐに黒板に向き直り、授業を再開した。純は誰にも聞こえないくらいのため息をつき、教科書に目を落とす。

「ん…?」

この小説、どこかで読んだことがある。それは何年前か、何ヶ月前か、定かではない。

タイトルは…『五線譜に収まりきらない』。

純は教科書のページを進めたり戻したりして、文章を確かめた。一文字一文字、文章の並びを見ていく。

妙だ。初めて読んだような、いつか読んだような感覚。この教科書に掲載されているのは、あくまでこの物語の一部を読解問題用に抜粋しただけだ。なのに、それまでの展開や今後どうなっていくのか、情景が浮かんでくる。まるで一度読了したことがあるかのような、そんな奇妙な感覚だ。

16歳の少年はピアノコンクールで1人の女性に恋をするのだが、彼女は元々目に持病を持っていて、どんどん見えなくなっていくのだ。そしてその後は…

いや、文章を読むのは初めてだ。でも内容は知っている。

「変だな…()()か」

純は目頭を人差し指と親指でつまみ、息を吐いた。

疲れているのだろう…。


そのまま時間が過ぎ、授業終了のチャイムが鳴った。

6限目が終了したため、その流れでホームルームが行われる。

各々が帰り支度を進める中、川村が連絡事項を周囲に通達し、ついでにといった形で宿題のプリント用紙が皆に配られた。

内容を一瞥し、二つ折りにして肩掛けスクールバッグの中へ放る。

その後ホームルームは終わり、放課後となった。

部活動を控えている者はその場で着替えだし、掃除当番は面倒臭そうにロッカーから掃除用具を取り出す。それ以外に数名残っていたが、大半は教室を後にした。


純は教室の外にある個人用ロッカーにて、上履きからローファーに履き替えた。

「よっ!ジュン!」

聞き慣れた声が背中にかかる。

振り返ると、そこには笑顔を浮かべた青髪の男がいた。

「おう、スイ。おつかれ!」

隣のクラスの推里 明(すいり あきら)だ。彼は小学校の頃からの数少ない同級生であり、ずっとマッシュルームヘアであり、「彼が心を許せる友達」の1人だ。

10年も一緒にいれば隠し事をすることの方が難しい。だから純は何か悩み事がある時は、基本的には彼に打ち明けるようにしている。

「今日もマイちゃんのお見舞い?」

明にそう聞かれ、純は首を縦に振った。

「そそ。昨日、(まい)の手術が成功したみたいなんだ」

「おぉ!よかった!今日は僕も一緒に行っても良いかな」

嬉しそうな顔つきで純を見る。その言葉で、彼の顔が緩んだ。

「もちろん。舞も喜ぶぜ」

早速行こうと言わんばかりに、2人は歩き始めた。


日は沈みかけており、夕暮れの中をカラスが何羽か鳴き声を上げながら飛んでいた。

まだ夏の面影が残っており、湿気も多いため歩いているだけで汗が滲んでくる。

他愛もない話をしながら、校舎から遠ざかっていく。

校門を過ぎたところで明が急に、真面目な、そしてどこか物憂げな表情で口を開いた。

「僕らってさ」

純は無言で隣を歩いている明を見る。特徴的なマッシュルームヘアが風になびいた。

「小学生の頃から一緒だけど、あの時の方が楽しかったよな」

急にしみじみと感傷に浸る彼を見て、純はクスリと笑った。

「なんだよ急に。つーか今も楽しいぜ?俺は」

純はそう返し、明の顔を覗いた。本音を隠して笑っているような、そんな表情をしている。

俺も励ますつもりで笑ってみせたけど、彼の目にはそう映っているだろうか。

「最近のジュンを見てると、心配になるよ。なんか、僕の手の届かないところに行っちまうような気がする」

「はぁ?なんだそれ」

冗談混じりに明の肩を小突いた。

「俺はスイの前からいなくなることなんてねぇよ」

「…え?」

「ずっと一緒だっただろ?これからもだよ」

純はそう言い、視線を前方に戻した。明は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、純を凝視した。

「いや、ジュン。僕そういう趣味はないんだけど…」

純の足が止まる。

「は?」

そこにはいつもの笑顔があった。

「すまない!らしくないところを見せたな!」

「ちょっと待て!そういう趣味がないって、そういう意味で言った訳じゃないからな!」

くだらない絡み合いが、心を満たしていく。

スイといると楽しいなぁと、純は心から思った。彼とこれからも一緒に居たいというのは嘘偽りない、自分の本心だ。


純と明はそのまま近くのコンビニエンスストアに立ち寄った。

病院からのアクセスが比較的良いことから、彼は最近よく利用している。

デザートコーナーに陳列されている1つの商品を手に取った。

「あいつ、今日は食べられるかな」

既に皮が剥いてあるりんごが食べやすいようにカットされてプラスチックの容器に入っている。所謂カットフルーツというものだ。

「ダメそうだったら、僕がもらうよ」

ニシシッと、明はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「何言ってんだバカ。俺も食べるよ」

そう返し、それと麦茶を1本併せて純はレジに向かった。

そろそろここの店員にも顔を覚えられていそうだなぁと思いながら、会計を済ませる。ちなみにこちらからは、店員の顔は大体覚えた。スイも何か見舞い品を買っていたようだ。

「それは?」

彼はビニール袋の中を広げてみせた。オレンジジュースとゼリーがいくつか入っている。

「マイちゃん、入院してて体力落ちてるでしょ」

「…ありがとな」

2人は病院へ歩き出した。

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