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ワンデイ・ワンスモア  作者: はやさか あわき
17/22

第16話:葵の体験

「…」

純の話を、葵は無言で聞いていた。というよりも、ハチスガの名前が出た途端、急に彼女の様子がおかしくなった。それまで相槌を打ちながら耳を傾けていたのだが、その名前を聞いた途端、目を見開いて純を見たのだ。

その様子の変わり様は、才華先生によく似ていた。

一通り聞き終えたところで、葵はピシャリと言った。

「だめ。ジュン、蜂須賀さんのことは知らない方がいい」

「え…」

彼女の顔色は真っ青だった。ただならぬ経験をしたということは明白だ。

「なんでだよ」

「あの人は危険だから」

「…知ってるよ、その上で訊いてるんだよ」

葵は首を横に振るばかりで、一向に口を開こうとしない。なんとしても才華先生のために、知らなければならないのだ。

純は葵の両肩を掴んだ。

「頼むよアッシー!」

「話して何になるの」

彼女の目には涙が浮かんでいた。純は一瞬怯んだが、真っ直ぐに彼女を見る。

葵は彼の手を払い除けた。

「才華先生に取り合おうっていうなら無駄だよ」

どうやら蜂須賀…さんの事で才華先生本人に相談したことがあるようだ。子供に自身のことで相談をされたとしても、彼女はまともには応じないだろう。決して生徒の前で弱い所を見せない。才華という女性は、そういう人だ。

「アッシー…お前、1人で頑張ったんだな」

「頑張ってなんかない。頑張ってなんか…あたしには何も出来なかったもん」

葵は俯いた。悔しそうに両手の拳を握りしめている。純は彼女の左肩に手を置いた。

「今度は俺の番だ。俺が先生を助けてみせる」

彼女は顔を上げた。余程怖い思いをしたのだろう。

「何を根拠にしてんのか分かんないけど…」

葵は1歩退き、屋上の扉にもたれかかった。そのまましゃがみ込むと、長袖で涙を拭いた。純も地面に胡坐をかいて座る。

「じゃあ、頼むぜ」

そして彼女は力なく笑みを浮かべると、口を開いた。


「あたし、蜂須賀さんと何回か遊んだことがあってさ」

初っ端。衝撃の一言に、純は言葉を失った。葵は慌てて、付け足すように続けた。

「あっ…と言っても才華先生も一緒だったよ」

「…そっか。そうだよな」

純は次に湧き上がる疑問を口にした。

「遊んだって、どこで何をして?」

葵は少し間をおいて答える。

「公園でキャッチボールとか、鬼ごっことか」

子供を交えた遊びなら、そんなものか。

「あと、1回だけ蜂須賀さん()に行ったことある」

「家に!?」

淡々と話す葵に、純は驚きを隠せなかった。彼女は一体どこまで知っているのだろうか。

「そそ。まぁ元々才華先生だけ連れていくつもりぽかったんだけど、面白そうだからついていっちゃったんだよね」

「えーっと、それは尾行したってこと?」

「うん、尾行した」

そこで彼女は後悔したような表情でうなだれる。彼は葵の持つ好奇心に感謝しつつも、恐ろしく感じた。

「続けて」

純は先を促した。葵は頷き、続ける。

「それで、蜂須賀さんの住んでいるアパートの前で見つかっちゃって、でも『このまま帰すのは可哀想』って才華先生が言ってくれたから、家に上げてくれたの」

そこでまた、葵の顔が曇った。当時のことを思い出しながら話しているせいだろう。

「蜂須賀さんの家の中は、汚かった」

「汚かった…片付けとかされていなかったってことか?」

彼の質問に、葵は小刻みに数回頷いた。

「そう。いろんなモノが散らかっていて…すごかった。そんな汚い部屋に入っていく才華先生が、なんか変に感じたんだよね」

彼女の言う「変に感じた」というのは、恐らく彼女の性格に対する違和感のことだろう。才華先生は潔癖ではないが、綺麗好きなことで知られていた。そんな才華先生が、ろくに片付けがされていない空間にいるという光景に葵は「変」だと感じたのだ。

純は彼女の話の一言一句に耳を傾ける。

「その時の才華先生の様子とか、変わったところはなかった?」

葵は少し唸った後、首を横に振った。

「特に、かなぁ。フツーに楽しそうにしてたよ」

「そうか」

葵の話し方からするに、才華先生は蜂須賀さんの家に初めて行ったわけではなさそうだ。どれだけ散らかっているのかは葵の言動からは程度が分からないが、慣れているのだろう。

「蜂須賀さんの家では何をして過ごしたんだ?」

「小さな部屋に通された。蜂須賀さんがお茶とお菓子を持ってきてくれて、3人でお話しした」

小さな部屋…リビングではないんだな。2人を通したのは彼の部屋だろう。

「じゃあ、まぁ特に何事もなく終わったわけか?」

「それなんだけど…」

彼女は急に口をつぐんだ。

「アッシー?」

葵の表情が少し青ざめる。その表情を見るに、何事もなく終わったわけではないことは容易に分かった。

彼女を絞り出すように、言った。

「…あたし、トイレを借りたの」

純は葵の顔色を伺いながら、その続きを待った。

「それで、戻ったら…」

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