第12話:考察
ついで、だ。この水晶玉の性能、仕組みについてもう少し調べてみよう。純は近くにあったノートを取り、机に広げた。
「まず、名前をつけよう。えーっと…」
水晶玉…紫色…クリスタル…パープル…タイムリープ…。
「クリーパル…」
ダメだ。ダサい。
「パープリープ…」
ダサすぎる。自分のネーミングセンスのなさに笑ってしまった。
この水晶玉には過去にタイムリープする能力がある。過去を英語にするとパスト。そしてその色は紫…パープル。
共通の頭文字「P」を取って、球体の英語「スフィア」と合わせて…
「P・スフィア…うん」
ノートに書いてみる。言葉の響きも先の2つと比べると幾分かマシだ。純は何回か「P・スフィア」と呟いた後、頷いた。
「これでいこう」
純は次に『P・スフィア』と書いたその下部に、『詳細』と記した。ここからは、今の段階で判明している事実をまとめていくことにする。
まずは、タイムリープした際に水晶玉…P・スフィアを所持している件だ。これについては不確定要素が多く、仮説を基に考えていくしかない。
これまで何回かタイムリープをしてきたが、時間を跳んだ先ではP・スフィアを必ず持っていた。ここで考えられる仮説は2つある。
1つめは、単純にP・スフィアを使用すると、これを過去に持って行ってしまうということ。つまりタイムリープをした時の元々の使用者は既にこれを手放し、使用者と一緒に過去に向かう。今回で言えば、道徳の時間にタイムリープをした時に、右ポケットの中に精製されたということになる。
純は自分でメモを書きながら、首を横に振った。あまりにもオカルト的だからだ。
2つめは、タイムリープをした時点で、この世界が『元々このP・スフィアを持っていた世界』に書き換えられるということ。タイムリープをし、指定した日付に向かう。すると、着地した時間軸では確かに時間が戻っているわけだが、そのまま指定した時間・日付に戻るわけではない。元々これを持っている世界の『指定時間・日付』にリープするという事になる。
つまり俺は、2011年9月26日から今日2006年10月19日にそのまま戻ったわけではなく、微かにズレた世界へ跳んだ。そうすれば、タイムリープ後にP・スフィアを持っている事実、何より最初に拾ったにも関わらず、昔から自分のものであったかのような既視感とも辻褄が合うような気がする。
純はふと1つの疑問を抱いた。今いる世界が元の2006年10月19日でないのなら、才華先生はこれまでの歴史通り、11月3日に交通事故で亡くなるのだろうか。
『元の世界』と、この『微かにズレた世界』は、言い換えればパラレルワールドということだ。彼女が以前と同じ通りに行動してくれるという保証はない。
才華先生の体にあった痣。ハチスガという正体不明の男。純の記憶にはない情報。現時点では断定できないが、彼には何か引っかかるものがあった。
…これ以上は根拠のない推論しか挙げられない。タイムリープをした先でP・スフィアを所持している理由については、一旦ここで止めておこう。純は次にタイムリープが発動する条件・しないケースをまとめることにした。
まず基本として、日付の記載された何かとP・スフィアが接触すること。そして、今まで成功した中での共通点。それは、日付が記載されているもの、媒体が人工的に作られたものであることだ。携帯電話のメールの受信日時、作文に付けられたタグ。携帯電話に表示された日付は電子上のタグもコンピューター上で作成された数字を印刷したもの。逆に人の手で書かれた日付には一切反応しなかった。
なぜそうなってしまうのか。今さっき起きたことなので原因が分からないが、結果としてタイムリープができなかったということは、鉛筆やペンで書いた日付は無効なのだろう。
ふと純は、机の隅に『歴史』の教科書が置いてあることに気づいた。それを手に取りパラパラと捲る。
例えば俺が生まれる前には…跳べるのか。
『1989年4月1日に消費税3%が導入』、とある。純が生まれたのは1994年7月。彼はP・スフィアを手に取り、ゆっくりと近づけていった。
特に反応はない。純は息を吐き、教科書を閉じた。
タイムリープは『意識』のみを過去に転送する物であるから、器が存在しない時間には行くことが出来ないわけだ。
でも逆に器が存在していれば、0歳とか、体を自由に動かせない程の幼年期にも戻れてしまうのだろうか。
純は想像してゾッとした。ただでさえ未来に戻る方法が分からないのだ。うっかり、そうならないように気をつけないといけない。
彼は『未来へ時間跳躍する条件』と書いた後、その右横に『?』と付け足した。これについては今後分かっていくはずだ。今は保留としておこう。
次は、P・スフィアの持つ異常性だ。初めて家の前に落ちているのを見た時、ガラクタだと思った。だがすぐに、『これは俺の物だ。失くしていた大切な物だ』という気持ちに駆られ、拾ってしまっていた。きっとこれは俺の物ではない。でも、例え隣に住む人の物だとしても、渡したくないのだ。不思議な欲望が心を支配し、独占したくなってしまう。
純は、P・スフィアが元々自分の物だと思い込む訳が、今この状況にあるせいではないかと考えた。現在自分は5年前にタイムリープしていることで12歳となっており、この水晶玉を持っている。5年後このP・スフィアを初めて拾う俺が、無意識の内に今の体験を脳内に反映させるとするならば、『元々俺のものだ。やっと見つけた』と思い込むのも無理はないのではないだろうか。その時点では5年前にタイムリープしているわけではないから、記憶にないのだ。
俺が5年前にタイムリープすることは、予め決まっていたような物だ。
P・スフィアに関してまとめるべき事項はこんなところか。純はノートを閉じた。P・スフィアをポケットに入れ、息をついた。
「純〜」
ちょうどそこで、彼の名を呼ぶ声が部屋の外から聞こえた。
部屋へ入られるのは好ましくない。純が部屋を出て階段の下を覗くと、芹が2階からこちらを見上げていた。
「何?」
「夕ご飯できたから」
ホッと胸を撫で下ろす。
「分かった」
そのまま純は2階への階段を降り、リビングへと向かった。