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ワンデイ・ワンスモア  作者: はやさか あわき
10/22

第9話:予感

道徳の授業が終わると、そのまま『帰りの会』に移った。

才華が伝達事項を伝え、帰りの挨拶をする。

「じゃあ、気をつけ!」

才華は皆の顔を見てそう言うと、視線を純へ向けた。

「…?」

なぜこちらを見るんだろうと呆気にとられていると、左隣に立っている安達が声を上げる。

「礼!」

「さようなら!」

純以外のクラスメイトがそう言い、お辞儀をした。才華も同じようにお辞儀をする。純がぼーっとしていると、左隣の彼女が耳打ちする。

「加古川、あたしたち今日、日直なの忘れたの?」

「日直…」

思い出した。クラスを代表する挨拶は日直が務めるのだった。そして日直はもう一つやらなければならないことがある。

純は机の引き出しを開け、それを探した。

A4サイズの分厚いノートを見つけ、それを机に置く。毎日日直が書くことを義務付けられている日記である。それぞれ1人が、今日あったことや感想などを綴り、才華先生に提出するものだ。

ページを捲っていくと、日付は『10月19日(木)』となっていた。安達のコメント欄は既に彼女の字で埋まっているが、純の場所は空欄のままだった。

「加古川、なんでそれ書いてないのよ…。あたし先に帰るからね?」

「…」

そんなこと言われたって、今の今まで存在を忘れていたんだよ。そう言いたい気持ちを抑え、純は頷いた。


皆がぞろぞろと帰っていく中、純は日記を書くため、1人シャープペンシルを手に机に向かっていた。

「今日の感想って言われてもさぁ…」

6時間目の道徳の時間にタイムリープしてきたのだ。感想も何もあるはずがない。1時間目から6時間目の途中まで何があったのか覚えている訳がない…純は詰んでいた。

気づくと教室に純以外のクラスメイトの姿はなく、代わりに校庭が下校する生徒の声で賑わっていた。誰もいないと思っていたが、純の様子を見ている人が1人だけいた。

「才華先生…」

ムスッとした顔で教卓の近くに立っていた彼女は、こちらまで歩いてきた。純の前にある柴野の机から椅子を引き、逆向きに座った。背もたれに両肘を立て、頬杖をつきながら彼を見る。

「書くの遅くないかぁ〜?先生、純くんがそれ書き終わらないと帰れないよ〜」

「いや、その…」

才華は純の書きかけの日記を覗くと、少しの間固まった。狐につままれたような顔だ。

「あの、どうしたんですか?」

問いかけると彼女は我に返り、もう一度日記に視線を向けた。

「純くんが()()()()()()()()()()()()珍しいなって思ってさ」

そう言われて純はハッとした。当時、日直の時に提出する日記はとにかく面倒で嫌いだったから、他の人に書かせたり、適当に書いたりして提出していたのだ。

今は筆が進まないものの、4行ほど書かれていた。

「なんか、気分的に今日は書こうと思っただけです」

「…そっか」

才華は書きかけの日記を手に取り、閉じた。

「今日はもういいよ。純くんがここまで書いてくれて嬉しい」

窓から差し込む夕日が彼女の横顔を照らす。純は綺麗だな、と思った。ずっと眺めていたくなるほどの笑顔だ。と同時に、その表情にどこか儚さを感じた。

だがすぐに彼女は笑顔から心配そうな顔つきに変わり、「そういえば」と純に尋ねた。

「純くん、大丈夫?」

才華の笑顔に心を奪われていた純は、現実に引き戻された。

「大丈夫って、何が…」

聞き返したが、彼女が何について訊いてきてるのかは分かっている。才華はしゃがみ込み、純の顔を凝視した。そして、彼の額に手のひらを当てる。

「熱はないみたいだね」

才華は微笑を浮かべ、安堵の息をついた。純はいきなり額を触られたことで、反応しきれず呆気にとられてしまっていた。数秒後、恥ずかしさが込み上げてきて、顔がカーッと熱くなった。

「ないですよ!俺は元気です」

その言葉を受け、彼女は「そっか」と言い椅子に座り直した。しかし彼に対する疑惑は晴れないらしい。じっと見つめ、口をへの字に曲げた。

「今日の純くん、様子が変だったんだもん」

彼女は世話焼きであるが同時に心配性な一面もあり、必要以上に干渉してしまうことも少なくなかった。まだ心が完全に落ち着いていない今、積極的に接してくるのは控えてほしいというのが純の本心であった。

「俺、もう帰ります」

ランドセルに筆箱を入れ、それを背負った。

「…そうだね。放課後までよく頑張った。えらいぞ」

「…」

ニコッと笑う才華を見て、純も微笑んだ。

と同時に、彼女の手首に視線が向く。長袖ジャージから覗いているその手首には、青色の痣ができているのが見えた。

加えて彼女の左の首元にも同様の痣があることに気づいた。これは何だろうか。

…確認してみるか?

純が口を開こうとしたその刹那、教室のドアが勢いよく開いた。

「才華先生」

男性教師だった。彼は教室に入ったところで立ち止まった。

確か…隣のクラスの担任だ。

「どうしたんですか?」

才華が訊くと、彼は答えた。

「"ハチスガ"と名乗る男から、才華先生宛に電話が来てるんですよ。ここの代表電話に」

「え…」

彼女は固まった。

「あと、携帯電話はマナーモードにしてくださいよ。さっきからデスクにあるあなたの電話が鳴りっぱなしなんですよ」

才華先生の横顔を見ると血の気が引いていた。唇が小刻みに震えている。

「とにかく今すぐ来てください」

「…分かりました」

明らかに様子がおかしい。ハチスガって、誰だ?

「じゃあね…純くん」

「先生…」

純のことを振り返ることなく、才華先生は男性教師と教室を出ていってしまった。1人残った純は、状況についていけず、彼女に声をかけることが出来なかった。

彼女があそこまで、生徒に隠せないほど動揺するなんて。ハチスガとは何者なのだろう。

少なくとも彼女にとって良い人ではないのは確かだ。

「…ん」

ふと右のポケットに違和感を覚え、探ってみる。何度も触った感触。これは…

紫色に光る水晶だった。純はそれを見つめ、言葉を失っていた。

先ほどタイムリープをする前、自宅前でスクールバッグの中に入っているのを確認した。今回も所持している。時間を跳躍すると、その跳躍先では水晶を()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだろうか。

そうすると、過去が改変されるということになる。元々この時点で水晶玉を持っていない世界が、水晶玉を持っている世界へと。

裏付けとして、当然"元々の2006年10月19日の加古川 純"は、これを持っていなかった。


純はもう1つ、当時の、つまりタイムリープ前の2006年10月19日では目にしなかった、少なくとも記憶にはない情報があることに気づいた。

才華先生の体にあった青痣だ。

5年という年月が経っているものの、忘れてはいない。あの時、体育の授業では彼女は腕をまくったりしていたが、痣などなかった。先見た限りでは、どこかにぶつけて、内出血したような痕だった。先天性の痣の可能性も否定できないが、少なくとも首元と手首にあった。そういった痣が先天的に複数できることは稀だろう。

ハチスガという男に関しては、分からない。当時も才華先生と何らかの関係があったかもしれないが、その名前を耳にはしなかった。

「過去に跳んだ時点で、歴史が変わるのか。水晶玉(こいつ)のせいで」

水晶玉を眺めていた純は、静かに息を吐いた。

どちらにせよ、俺のやることは変わらない。今歴史が変わろうが数日後に歴史が変わろうが、死ぬはずの才華先生を救う。そのために俺はここに来た。

純は手に持っていたそれを右ポケットにしまい、教室を後にした。

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