第44話 解放
朝が明けてすぐに俺たちは出発している。
ジルコット山脈は日が暮れるまでに山を登り、
更に降り切らなければならない。
とある理由によるためだ。
そして俺達は、既に山を登り始めている……
「あ、あねご、
何でこんなに朝早くに出発するのさ」
「そ、それは、
カ、カートに聞いてみろ」
「あぁ、
夜になると、出るんだよ！」
「はい？」
「夜になると……
お化けが出るんだよ～」
カートさんは、ふざけて幽霊の真似をしながら話す。
そのカートさんを見て、ユーリは笑いだした。
「きゃはははは」
すると俺は母上の様子がおかしいことに気づく。
「クレアさん？」
「……」
母上は、今まで見たこともないくらいに、
顔を青くしている
「あ、あねご！
まさか……」
「う、うるさい、言わないでくれ」
そうなのだ。
ルミナス史上最強の宮廷魔術師、
クレア・レガードは霊の類が苦手なのだ。
「まさか最強のあねごに、弱点が」
「クレアさん、気分悪ければ、
途中で休みますから言ってくださいね」
「く、クリス……ありがとう……」
隣にいるクリスは天使だろうか。
こんな状況で気を遣ってくれるなんて……
とクレアの中で好感度爆上がりである。
そして一同は山道を突き進む。
途中のモンスターは、母上の光の剣で瞬殺してきた。
「あ、あねご……
そろそろお腹すいた……」
「う、うるさい
もう少し我慢しなさい！」
「お、おい！
昨日の夜にあんなに食べたのに、
もう腹減ったのか……」
カートは唖然としている。
朝食は済ませたが、2時間しか経過していない。
しかし既にお腹が空いて限界のようだ。
ユーリはふらふらしながら歩いている……
「ほら、転ぶなよ！」
ふと、俺はユーリの手を握る。
俺は兄のように手を差し出したのだ……
「へ？」
何故だろう？
ユーリの頬が気のせいか赤くなっている。
「は、はぐれちゃ駄目だもんね……」
「ん？」
急に静かになっている……
あれだけお腹すいた、疲れた。
と喚いていたのだが嘘のようだ。
ユーリも落ち着いてきたところで、
全体のペースも上がり、
午前中には山頂に到着した。
「ふへーー、あねご、もう限界」
「分かった、握り飯を食べてろ」
ユーリは用意してきたおにぎりを頬張る。
表情から生き返っていくのが伝わるようだ。
そして山頂から見下ろす景色は絶景だった。
母上と共に冒険している……
思い出を一つ、残せている気がして嬉しい……
すると登山客とすれ違い、その人が口を開く。
「おい、あんたたち！
ここから降りていくのかい？」
「そうですけど……」
「今日は引き返したほうが良いかもな〜
山の主が出てるらしい」
「山の主？」
せっかくハイペースで登ってきたのに、
ここから引き返すわけにはいかない。
「山の主ってモンスターですか？」
「毒を持つモンスターと言われている……
喰らってしまうと生きて帰れない」
猛毒を持っているモンスターに対して、
回復手段がなければ引き返すのが得策だ。
回復魔法を所持しているが、
タイミングを逃して、まだ伝えていない……
「猛毒か……
回復アイテムは一つしかない」
「かなり厳しいか……
一旦麓の村まで引き返すか？」
「伝えるタイミング逃してたのですが、
俺、回復魔法使えます」
「な、何だと！」
回復魔法所持者はかなり貴重だ。
ルミナスの中でも限られている……
母上は相当驚愕しているようだ。
「そうなのか……
何回くらい可能だ？」
「今は魔力もだいぶ増えましたので、
気にしなくても大丈夫と思います」
この身体のまま戦うのであれば余裕だ。
姿を変えて覇王も使うとなると厳しい……
「そうか、ならば進もう」
「あぁ、守りは任せておけ！
大楯使いだからな」
母上の判断で俺達は前進することになった。
山頂は足場は悪かったが、
今は整備された歩道を歩いている。
下り坂ではあるが、戦闘するとしても問題はない。
「お、おい！倒れてるやつが」
毒のモンスターの犠牲になり、
冒険者、登山客が既に息絶えている。
「これは、かなり手強いかもしれない……
冒険者の装備からして弱い奴らではない」
カートさんは冒険者の装備から強さを予測する。
王国騎士団の一般騎士レベルに相当すると判断した。
そのレベルの者が手も足も出ないとすると、
かなり強いモンスターである可能性が高い。
「クレア、引き返すか？」
「残念だが、ここは……」
母上が判断しようとした瞬間、
遠くない距離から、女性の悲鳴が聞こえた。
「お、おい、近いぞ！」
「助けに行こう！
まだ間に合うかもしれない」
俺達は、声の聞こえた方向へ走り出していく。
モンスターに襲われている女性救出に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺達は、必死に走り、
その悲鳴のする方へと駆けていく。
「お前ら、気をつけろよ」
カートさんが1番の先頭を走り、
悲鳴が聞こえてきた場所へ到着すると、
そこには誰もいない……
「遅かったか」
カートさんが呟くと、
急に木の隙間から毒の水飛沫が飛んできた。
水魔法のバブルショットに似ていて、
色が紫よりも濃く毒々しい。
咄嗟のことだったが、カートさんが盾で防いだ。
「襲撃だ！周囲に警戒しろ！」
そして木々の隙間から一人の女性が現れる。
見た目は女性ではあるが、人間ではない。
「お、お前……
まさか、魔族か……」
「釣れたわ～
悲鳴をあげてみれば、
4人も餌がやってきた……」
外見は人間と同じように見えるが、
頭に蛇が絡みついている。
前世の神話に出てきた女怪を思い出した。
こいつ、まさかメデューサか？
「ふふふ、しかも強い波動を持つ者が2人。
これは運が良いわ」
メデューサは怪しい笑みを浮かべ、
そして固有魔法を放った。
「毒の雨」
メデューサが魔法を唱えると、
上空から俺たちに向かって毒の雨が降り注ぐ。
広範囲に及ぶ毒の攻撃は回避をすることが難しい。
俺は近くにいたユーリを抱えて回避した。
母上も神速スキルを使い、
距離を取ることに成功している。
「カートさん！」
そしてカートさんだけが逃げ遅れたことに気づく。
かなりの重装備だ。
近接戦闘に特化させた装備では、相性が悪い。
「まずは1人目……」
メデューサが動き出した。
カートの傍まで近づき、舌なめずりする。
母上は光の剣で攻撃しようと思っていたが、
運悪く自分の立つ位置が悪かった。
カートさんの体格でメデューサが隠れてしまい、
このまま魔法を放てば巻き込んでしまう。
「カート！」
母上が大声で叫ぶ。
受けた毒のせいで身動きを取れない。
このままだとカートさんがやられてしまう……
俺は、判断に迷った自分を責めていた。
救える力があるのに、なぜ動かない……
倒せる力があるのに、なぜ使わない……
気づけば俺は姿を変え、覇王を発動させた。
そして山道に光が溢れていく。
「ク、クリス、お前は一体…」
俺は、姿を変えて覇王の力を解放した。
この場にいる者を全て守ってみせる。
その決意を持って戦いに挑んでいく。
そしてメデューサとの戦いが幕を開けた……
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