08 修学旅行と夢
校舎の出入口を抜け、外にでた紗香は、掲示板の記事に目を止めた。
「あらっ?修学旅行って、これから行くの?」
「ええ。うちは、三年の春に行くんです」
日本の高校の約九割は、二年生の時に修学旅行へ行く。
ごく一部だが、三年の春や卒業式直前に行く所もあるのだ。
「行き先は【東京】じゃない!来たら御姉さんが服とか沢山買ってあげるわよ。ここの商店街は品揃えが悪いのよ」
「東京に来るなら、親父にも会ってやってくれないか?今回は断腸の思いで我慢したんだ」
祖父や叔父が父代わりをしてくれたが、真珠は、やはり【本物】というものにも会ってみたい気がした。
「自由時間も有るんだろ?移動も費用も、全部牙釖組で持つからよぉ」
二泊三日のうち、まる一日は班単位での自由行動だ。
だが、自由行動の交通費などが全て各自持ちなので、実際には行動が 限られる。
「お友達も一緒で構わないわよ。御兄様と御姉様がエスコートしてあげるわ」
「幾つか、行きたい所を優先順位を付けてリストアップしておけよ。こっちで最高のスケジュールを立ててやる」
ディズニーランドやスカイツリー、原宿や秋葉原など、思い付く限りの観光名所を話しつつ、三人は駅へと向かう。
妹を送りながら、紗香と真珠の親睦を深めるのも目的だが、紗香連れで歩く事により、不純異性交遊の噂を払拭する狙いが有ったのだ。
「この街に来て一週間、もう東京に帰らなくちゃいけないけど、困った時には何時でも連絡をくれ」
「もう、帰られるんですか?」
「お姉さんも淋しい~」
「こう見えても、けっこう忙しいんだよ。紗香は大学も有るしな」
いつでも、いつまでも時間がとれるのは、物語りの中だけだ。
大人には仕事や義務が待っている。
私鉄に乗る真珠を見送り、昴は携帯電話を手にした。
「今日は助かったぞ剛」
『いやぁ、お嬢がトラブルに巻き込まれるんじゃ無いかと心配になりましたが、何とか解決したんですね?』
電話の相手は先日のタクシー運転手、山本の息子だ。
高校生である剛は、真珠の学校に潜り込ませ、影から彼女を守る仕事をしている。
「しかし、よく真珠が生徒指導室に呼ばれたのが分かったな?」
『それは、お嬢の身の回りを守る為に、学校の各所にカメラとか盗聴器とか仕掛けてますからね』
「お陰で、事なきを得たよ。紗香との面通しも済んだしな」
『でも、本当に予定外でしたよね?本来は別のシナリオで会う予定だったんでしょ?』
「まぁ、物事は、最後の最後で思う様には行かないものさ。じゃあ、引き続き、学校内は頼んだぞ」
『お任せください』
電話を切って、昴は溜め息をつく。
「想定外もあったが、これでステージ5も完了だな」
「ええ。うちの企画部にプランニングさせた甲斐があったわ。今回は昴さんのオマケだったけど、次回は私がメインで真珠ちゃんを楽しむからね!」
「わかってる。そして、今回の事はありがとう、紗香」
二人は、駅前に迎えに来た白い高級車に乗って、この街を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま。あっ、ご飯要らないです」
自宅に帰った真珠は、僅かな挨拶だけで自室に入った。
普段も口数が少ない真珠が、無口になり、無表情になっている。
正直、生徒指導室の事で精神的に疲労しているのだが、家族がソレを知るよしもない。
思いっきりベッドへダイブした真珠は、そのまま眠りについてしまった。
「真珠ったら、大丈夫かしら?」
「義姉さんの、あんな過去を知らされたら、誰だってアアなるわよ。私だって驚いてるんだから、年頃の娘だから絶対にグレるわね」
「・・・・・私のせいで・・」
対応した女性陣が困惑している。
嫁入りした義妹には、昴の訪問までは真珠と同じく、昴が来てからの説明となっていた。
当然だが中学生の正之には、今も全く話していない。
「こう言う時は、この件にはさわらず、時間が解決するのを待つしかないわよ、義姉さん」
夜になって、橋本家では大人だけの家族会議が行われ、真珠への対応が話し合われた。
「下手な構いは逆効果。こちらからは話を振らず、真珠からの話しには簡潔に答える。遅れてきた反抗期だと思って厳守してね」
一番客観的に判断できる嫁の言葉に、皆が相槌を打った。
翌朝の真珠は、いつも以上に言葉数が少ないものの、特に嫌ったり不平を漏らしたりと言う感じはない。
橋本家の者たちは、時間が傷を癒すと信じて様子見を続けた。
「あと一年の我慢。短大で司書の資格を取って、街で暮らす」
通学の為に家を出てから、真珠は繰り返し口にしていた。
かねてより、街の図書館の司書に成りたかった真珠は毎日の様に図書館に通い、職員とも親しくなって職員になる方法を聞いていた。
当初は橋本家から通うつもりだったが、母親の醜態と祖父達の隠蔽に不誠実さを感じたので別居を決意したのだ。
この時期の少女は、変に潔癖症とも言える。
特に男女間の裏切りに関しては寛容性がない。
橋本家から通える範囲に大学は勿論、短大も無いので、彼女が進学するとなると学生寮のある学校に限られる。
母親と一緒に大学の近くに借家との案も有ったが、農家は人手を割けるほど暇な仕事ではない。
それに、今回の一件で母子間に亀裂ができている。
大学に行かずとも、図書館に勤めて資格を取る選択肢も有るが、給与面で独り暮らしが難しくなる。
結果として真珠は、まず短大に進み寮暮らしをして、図書館勤めに有用な司書の資格を取る。
卒業して図書館に就職後は、借家を借りて橋本家とは断絶する事を考えた。
「修学旅行で潰れる分、更に勉強しなくちゃ。浪人なんてしたら、もう一年間も顔を合わせなくちゃいけなくなる」
その日から、真珠の更なる勉強は続いた。
勉強の為に部屋に籠れば、家族に顔を合わせなくても良くなる。
数日後、学校で修学旅行の詳しい行き先が通知され、グループ編成が行われた。
一日目
0800学校出発
1100~1300明治神宮
1330~1500表参道ヒルズ
1530~1730六本木ヒルズ
1800宿泊ホテル
二日目
0800~自由行動
ホテルには19時迄に集合
三日目
0900~アメ横商店街
0930~1130上野公園
1200~1400スカイツリー
1400~1530浅草寺
1830学校に到着
ちなみに、高校生東京への修学旅行定番は
1. 浅草
2. 東京タワー
3. 上野動物園
4. 六本木ヒルズ
5. 表参道ヒルズ
6. アメ横商店街
7. お台場
8. 歌舞伎町
9. 渋谷のスクランブル交差点
10. 秋葉原
11. 三鷹の森ジブリ美術館
だそうだ。
水族館、プラネタリウムや動物園などは、真珠の住む地方にも有るので、除外されている。
最寄りの動物園にパンダは居ないので【上野公園】とされているのは、動物園の他にも博物館も有り、選択ができるからだ。
グループ分けは三人以上五人以下の任意とされたが、真珠は浮いていた。
だが幸いな事に、クラスで浮いていたのは真珠だけではなく、特に仲良しと言う訳ではないが、彼女達は何とか三人の班を作る事には成功した。
「普段は、あまり話をしないけど、これを期に仲良くしましょう!長谷川さん、橋本さん」
「そうね、中島さん。橋本さんもよろしくね」
「よろしくお願いします」
恐らくは、修学旅行から帰れば、またバラバラになるのだろう。
特に真珠は、先の川越教諭の件で実害は無いが悪目立ちしている。
だから今は、この状態で良い。
「じゃあ、自由行動の日は、どうする?やっぱディズニーランドっしょ!」
「舞浜には、年に二回行ってるしなぁ。それにアソコは一ヶ所で一日が潰れちゃうよ。文句言わない親が居ないなら、原宿とか色々と行きたいじゃない?」
家庭の環境は、個々に違う。
「竹下通りって、お店知らないし高いんでしょ?色々と」
「東京に親戚が居て、修学旅行で来るなら車で案内してくれるって。お金も多少ならって言ってたから」
「何、ソレ!橋本大明神様、私は貴女についていきます。だから渋谷の109も是非に」
「分かったわ。聞いてみる」
「渋谷に行くなら【渋谷スカイ】ってのが、見晴らし凄いらしいよ。スカイツリーとは別の感動だとか?」
真珠は、候補を次々と書き出していく。
「これを機会に色々と行きたいけど、行く数が多いほど楽しめる時間が減るしなぁ。買い物を出来ないのはつまらないしなぁ」
修学旅行のスケジュールは、基本的に見て回るだけだ。
色々と選んだりして買う時間は殆んどない。
欲を搔き過ぎると、自由行動でも何もできなくなる。
ましてや、移動時間も馬鹿にならない。
原宿から渋谷と言う狭い範囲で楽しもうと言う彼女達の考えは、正解なのであった。
「じゃあ、優先順位は竹下通り、渋谷109、渋谷スカイの順で良いのね?」
「下調べと道案内をよろしく!橋本様」
「分かったわ。頼んでみる」
女性の他者に対する評価は、自分に対するメリットに左右される。
少なくとも修学旅行の間は、真珠が孤独になる事は無いだろう。
幸いにも自由行動の予定提出は、まだ日にちがある。
真珠は学校に預けてあるスマホが帰ってきた放課後に、昴へ向けてメールを送った。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。




