07 生徒指導室
結局、閉じ籠った真珠が登校したのは、五日後だった。
彼女のメンタルは、相当に弱いのだ。
たた、昴との約束と将来の夢が、彼女を奮い起たせていた。
「あ~、橋本真珠。病み上がりのところ辛いだろうが、放課後に生徒指導室に行く様に」
全ての授業が終わった後、真珠は担任教師から、この様な指示を受けた。
担任自身も『解せぬ』と言った具合で首をひねっている。
放課後に真珠向かった生徒指導室には、一人の女性が待っていた。
「三年C組の橋本真珠さんですね?生徒指導の川越です。ここ数日は病欠だったと言う話ですが、その初日、五日前に駅前商店街を歩いていたのでは?」
真珠を呼び出したのは、神経質っぽい中年女性だ。
会った事は無いが、学校では【オールドミスのミス越】と、あだ名されている女性だ。
「・・・・・歩いていました」
恐らくは、昴に送ってもらっている時を見られたのだろう。
駅前商店街は人の目が多い。
「商店街の方から連絡があったのですが、若い男性と歩く当校の女生徒が居たらしく、セキュリティビデオを見せていただいたところ、橋本さんだと判明したのです」
時間帯にもよるが、単独の学生服は、かなり目立つ。
「学校を休んでの不純異性交遊はいけませんね!本当に病欠だったのですか?いくら母子家庭でも・・・・」
担任教師は真珠の性格を知っているので不思議に思ったが、この教師は書類でしか判断しない。
そして、過去に若い娘達のソノ様な行動を目にしてきたのだろう。彼女の目は偏見に満ちていた。
「ふ、不純異性交遊なんてしてません。あれは兄です」
「確か、中学生の従弟は居ると聞いていますが、御兄弟は居ない筈ですよね?嘘はいけませんね」
「本当に、実の兄なんです」
川越が真珠に、更に不良のレッテルを貼っていくねが分かる。
「この様な事は、当校の評判を貶めるだけでなく、女性の地位向上にも影響してきます。貴女の内申書にも影響してくる事なんですよ」
「・・・・・・」
家に連絡を入れてもらっても、家族が昴の事を否定するのは予想できる。
大人は本来、不良行為による子供達の身の安全を第一に考えるべきなのだが、実際には先ずは自らの保身に走り、自分を含む社会的な評価を先行する者が多いのだ。
この教師にしても、真珠の家族にしても。
「そんな事を言われても、あれは兄で・・・・」
トントン!
真珠が弁明している最中に、生徒指導室のドアをノックする音がする。
「誰です?今は指導中ですよ」
「儂だ。校長だが、これは橋本と言う生徒の件かね?」
入ってきたのは、恰幅の良い老人だ。
「はい。とても反抗的な生徒で、嘘で逃げ切れようとばかりしています」
「それは、聞き捨てなりませんね!」
校長に続いて入って来たのは昴と見たことの無い女性だった。
女性は昴と同年代で、清楚な白いワンピースを着ている。
「御兄様・・・」
昴と一緒に来た女性は、真珠を見るや否や、彼女に抱き付いた。
「貴女が真珠さんね?昴さんから聞いていると思うけど、二階堂紗香よ」
「・・・・お、御義姉様ですか?」
突然の抱擁にビックリしたが、その名前には聞き覚えがあった。
「私、ずっと妹が欲しかったのよ!」
紗香の家は、彼女を長女に弟ばかりの構成だ。
ましてや【組員】ともなれば、男がメインで女性は年長者しか出入りしない。
「なんなんですか?貴方達は!」
部外者の乱入に、川越がヒステリックに叫んだ。
「橋本真珠が男と歩いていたのが問題になっている様ですが、私がソノ男で、真珠の兄である駿河昴です。真珠、俺が兄だと話さなかったのか?」
「何度も『実の兄』だと話したんですが』
確かに昴は、川越がビデオで見た男に間違いが無い様だ。
「担任の先生にも聞いたのですが、学校へ向かった真珠が体調を崩したのを自宅へ送った兄が、何か問題になるんですか?」
「兄ぃ?彼女に兄は居ません。駿河って名字からして違うじゃないですか。嘘をつくならマシな嘘をつきなさい」
昴は、呆れ顔で首を左右に振った。
「他人である貴女に、何が言えるんですか?母が妹を連れて離婚したのは事実ですが、それで実の兄妹を否定されては困りますね!母側としては口にしたくないでしょうが、今流行のDNA鑑定しても良いんですよ」
昴に続いて、紗香も身を乗り出してきた。
「私は昴さんの婚約者で、真珠さんの【義姉】になる二階堂紗香と申します。今回の事で真珠さんに風評被害など発生した場合は、父の会社の弁護士にお願いして、あなた方と学校に損害賠償と社会的責任をとって頂きたいと思います」
「私達を強迫するつもりなんですか?」
「やめたまえ川越君」
校長が、あからさまに嫌な顔をして、生徒指導の川越を睨んだ。
「風評被害者が訴えるのが、強迫になるのでしょうか?校長先生には既にお話ししてますが、この一部始終は、ビデオで録画させて頂いています。真珠さんが貴女に『反抗的な生徒』と謗られた事も、真珠さんの証言を根拠もなく否定した事も」
紗香は、胸ポケットから姿をのぞかせている小型のビデオカメラを指差した。
「・・・・・・卑怯な!」
「自分の言動を棚にあげて、何を言うのやら?そして、今の発言は、私に対する明確な名誉毀損として訴えさせていただきます」
「川越君、だから『やめたまえ』と言ったんだ。君は口を開くな!」
校長は、あからさまに眉間を押さえた。
「どうするんです?遺伝子解析の手配は、うちでしますか?学校側が手配しますか?当然、そこまでやるなら裁判沙汰になりますけど?」
「どうせ、デマカセよ!校長、警察を呼びましょう」
「呼んで下さってけっこうですよ。警察の科捜研で調べてもらった方が早く結果が出ますから」
「川越君、私の命令が聞けないのかね?」
「でも、校長!そもそも、生徒指導している事を、この人達はなぜ知ってるんです?」
「この学校の校門にはビデオカメラが有りますよね?調べてもらえば分かりますが、六日前にも校門前で真珠を待ってましたし、病み上がりで登校した今日も待ってました。彼女の下校が遅いので、同じクラスの生徒に聞いたら生徒指導室に呼ばれたと聞けたからですよ」
実際には違うのだが、クラスで担任から指示を受けた事は確認済みだ。
校長は、あからさまに川越の前に立ち塞がった。
これだけの自信と理詰めで来ているからには、DNA鑑定をしても川越の予想通りの結果は出ないだろうと校長は考えた。
最悪は、川越だけでなく校長自身にも管理責任が及ぶ。
「申し訳ありません、駿河さん。今回の件は穏便に済ませてもらえませんか?」
「校長先生、謝るべき人と、謝られるべき人が違うじゃないですか?それに、いくら謝られても風評が広がったら意味が無いんでね」
横で紗香も頷いている。
「川越君、橋本さんに謝罪しなさい。君の行いは偏見の結果でしかない。学校としては君の行いを容認できない」
「私は間違ってません」
「自分こそが正しいと言う考え自体が間違っているんだ。君は教育者には向いていない」
「私は間違ってません」
「はぁ~っ」
意固地な川越に、校長も諦めたらしい。
「橋本さん。私が学校の責任者として代わりに謝らせてもらう。不快な思いをさせて申し訳無かった。責任を取る意味で川越先生には風評を流した責任で退職してもらい、橋本さんの名前を伏せて、それを全校朝礼で告げたいと思います」
「まぁ、それなら真珠に風評被害が及ぶ事も無いでしょう」
部下の失態の責任を上司が取るのは、道理にかなっている。
昴達は一応の納得を見せた。だが、納得をしない者も居る。
「なんで、私が辞めなくちゃいけないんですか?」
「それは、校長である私の『止めろ』と言う命令を散々無視したからだよ」
業務命令を無視すれば、処罰されるのは社会の常識だ。
「確たる理由も無く、自己判断で行動する者を、社会や組織は受け入れはしない。君こそが指導を受けるべきじゃないか!」
「・・・・・」
「では、校長先生。ソレは後日に確認させていただくとして、今日は真珠を帰らせても良いですか?」
「はい、勿論です。皆様にも御迷惑をおかけしました」
暴れる川越を押さえながら頭を下げる校長を後に、昴、紗香、真珠の三人は生徒指導室を出た。
「俺が余計な事をしたせいで済まなかったな」
「ううん。御兄様が悪いんじゃないわ。あの時も今日も、助けてくれたのは御兄様だもの」
これが、血のつながった兄でなければ、惚れてしまうところだろう。
「こんな紹介になって済まなかったな、紗香。牙釖組では、こう言ったやり取りは苦手でなぁ」
「企業買収や裁判沙汰は紅蓮会の十八番だもんね。それにこれも【内助の功】ってヤツよねぇア・ナ・タ」
三人は、笑いながら学校の廊下を歩いて行った。




