54 祭り
役職に【長】がつく仕事や地位がある。
係長から社長、幹事長や書記長。部族長や長老、区長など。
彼等の仕事は自分が動く事よりも、部下を動かし、管理して責任を取る事にある。
部下より経験が長いので例え自分がやった方が早くて確実だと思っても、可能な限り任せなくてはならない。
自分が動いて全体に目が行き届かなくなっては、運営が頓挫して皆が迷惑を受けるからだ。
そういう責任のある【長】は、無闇に動く事ができない。
「くそっ!昴達は、また真珠と会っているのか?」
橋本真珠の父親であり、牙釖組の組長でもある駿河弥彦は、報告書を見ながらぼやいていた。
これが他人であれば殴り込んでいた彼だが、息子であれば容認できる。
とは言え、不満が残らない訳ではない。
「申し訳ありません組長。御時間をとって差し上げたいのですが、他の組との会合で予定が詰まっていますので」
側近であり、真珠の事も知っている秘書が弥彦をなだめた。
「会合って言っても、ジジイ同士が酒飲んで与太話しするだけだろ?詳細は、お前達事務方が裏で折衝してるじゃないか」
「二つの組織が公然と会う為には、【長】が会う必要があるのは御承知でしょ?」
組織のトップが直接に協議や協定内容を煮詰めていく訳ではない。
トップが会うのを公表する事は内外に向けたパフォーマンスなのだ。
だから、内容が無い行為でも省く事はできない。
「可能な限り、不要な案件は任せる形で時間を作ってくれ」
「善処致します」
先ずは、書類関係の決裁だとばかりに、弥彦は書類仕事に打ち込んだ。
そんな書類の一つに都内でも有名な神社の祭りに関する物があった。
祭りの参道に並ぶ簡易的な出店を屋台、または【的屋】と言うが、その多くが地域の暴力団と関係している。
組員の【臨時業務】としては比較的に合法的なものだ。
そして、それを束ねるのは縄張りとしている組長と言う事になる。
「祭りの視察かぁ~これはチャンスだな!」
「組長、挨拶回りも有るんですからね?」
「そんなもんは、次期組長である昴にやらせればいい。『手分けして回ってる』と言えば相手も儂の不在に気がつくまい!」
ここ数年で急成長し、関東の組の大半を勢力下におさめた牙釖組には、イベントの際に挨拶回りする場所が増えている。
「組長の顔が知れてますよ。参道を歩くなんて・・・」
「祭りと言えば【お面】があるだろ?」
「しかし、真珠御嬢さんがデートを計画していたら・・・・ヤベッ!」
秘書も、弥彦の外出を止めようと必死だったのだろう。
つい、娘を持つ父親の【禁句】を口にしてしまった。
「・・・・・い、居るのか?彼氏が・・・」
「いいえ、いいえ。現在のところ、それに該当しそうなお付き合いは無い様ですが・・・」
「居たら・・・コロ・・・・事故死は、何時起きるか分からないよなぁ~失踪も増えてるみたいだし・・・」
「(ヤベエな!このオヤジ)そ、そうですね。(この点は若頭も同じか?姐の紗香さんに相談するか)」
祭りの書類を見ながらニヤケている組長を横目に見ながら、秘書は若頭姐である紗香の側近に面会のメールを送るのであった。
『ちょっと所用があるから』と【次期組長挨拶】を了承した昴が、その【所用】の正体を知って激昂したのは言うまでもない(昴だけに・・・)。
だが、紗香の説得と弥彦の『いつもオマエばかり会って』の言葉に鞘を納めないわけにはいかなかった。
紗香が説得したのは弥彦の秘書が、事前に手まわししていたからだ。
「しょうがないな!カタギの衆に、何より真珠に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「言われなくとも分かっとる!」
「とは言え、護衛は付けるぜ。ブレアデスからカップルを組めそうな奴を見繕うから」
「必要ないだろ?もし、命獲られても、お前が、居るからな」
「いや、一番に疑われるのはアリバイ工作している様な俺じゃあねえか?」
早く権力が欲しくて親を殺す後継者や、その後継者に早く権力を握って欲しくて勝手に動く信奉者など珍しくもない。
「護衛が目立てば逆に真珠へ迷惑が掛かるから、少し離れさせろよ、昴」
「そうだな。近くには山本を付けるか・・」
山本剛は真珠の高校後輩にもあたる年齢だ。
まだ刺青も入れてないし、小料理屋見習いとしての身元もある。
警察にも【元警官の息子】として記録されている筈だ。
「アレなら真珠も面識があった筈だな。料亭の女将に頼んでおくか」
「その祭りの予定を詳しく教えてくれよ。ブレアデスの手配やセキュリティカメラの状況、反対勢力や我々の弱味を握りたがっている【先生方】の動向を監視しなくちゃならない」
弥彦は、ニヤケ顔が一瞬にして曇る。
裏家業は勿論、財界や政界での汚い仕事をもしてきた牙釖組や紅蓮会は、便利な手駒であると同時に物証を握る弱点でもある。
過去の証拠隠滅の為に弱味を握ったり、潰そうとする事は十分にあった。
牙釖と紅蓮の婚姻や武力装備は、双方の保身の為でもあったのだ。
祭りの当日。
プラスチックでできた鬼の面を被った弥彦と、真珠が腕を組んで参道を歩いている。
両者共に浴衣姿で年齢差は明らかだ。
時おり、愛人関係と勘違いして冷やかす的屋も居るが、弥彦が腕を巻くって刺青を見せると大人しくなった。
祭りなどの一般人が関わる場所での人情沙汰を牙釖組が厳しく戒めていたからだ。
極道としての戒めでもあるが、弥彦はつまらぬ争いで真珠との時間がつぶれるのを一番に嫌がっての通達だっだ。
まぁ、お面の下の顔を見たら、口を閉ざすだけでは済まなかっただろうが。
「御父様とは久々ですね。御仕事が忙しかったのですか?」
「立場的に会合とか挨拶とかが多くて済まなかったな。今日は全部を昴に押し付けてきた」
「御兄様に?可哀相ではないですか?」
「何度も真珠に会えているんだからタマには良いだろう。それに儂の跡を継ぐんだから、いつかは顔見せが必要だしな」
組が傘下に入る時に、親分同士が盃を交わすので顔を会わすが、若頭が同席するのは少ない。
それは、盃を交わす場面でトラブルが起きた時に、組を継ぐ者が必要になるからだ。
牙釖組の跡を継ぐ昴が、周辺の組に挨拶回りする事には、後継者を認知させるために意味がある。
「さぁ、今日は何でも買ってやるぞ!今日の御父さんは真珠の貸し切りだぁ~肩ぐるまや抱っこしてやろうか?」
「流石に、成人した娘が親に肩ぐるまとかは恥ずかしいです。御兄様の子供にしてあげて下さい」
「そうかぁ?笑う奴は只じゃおかないがな」
口だけではなく、笑った者は東京湾に沈められそうな雰囲気だ。
その後の弥彦の両手は、真珠をダッコではなく、多くの手荷物でイッパイになっていった。
射的のヌイグルミと水ヨーヨー、金魚すくいに綿飴、風船にリンゴ飴、タコ焼き、チョコレートバナナ。
「焼きイカや焼きトウモロコシは食べないのか?」
「さっき焼そば食べたばかりじゃない?肥っちゃうわ」
「お前はポッチャリしてても可愛いから良いじゃないか!」
「私が嫌なのよ」
だんだん打ち解けてきた父と娘だが、若い娘に対するデリカシーの無さは否めない。
だが、それも【愛ゆえ】の行動でもある。
任侠道の集まりは【○○組】ばかりに成り、【○○一家】と呼ばなくなって久しい。
だが、いまだに【親分子分】や【義兄弟】と呼ぶ風習は続いている。
一般に、【一家】と言うか【家族】というものは【血の繋り】と思われがちだ。
だが、血の繋がっていない者が夫婦になって【家族】の基本を作る様に、それは【血の繋り】ではなく【一緒に生活する】という所にある。
一緒に住んでいなくとも、共に生活する時間を作ろうとする所に意味がある。
その意味で任侠道の集まりは、血縁だけの家族よりも【家族らしい】と言えるだろう。
「少し遠いが、そろそろ花火が見れる時間だな」
「あっ、アレがそうじゃない?」
音は聞こえないが、東京のビルの隙間から光の花が顔を出している。
祭りの醍醐味として浴衣姿で見る打ち上げ花火が有るが、都内では神社の祭りで花火を上げる事は難しい。
そこで、神社仏閣には宗教に関係のない花火大会に合わせてお祭りを開催する所もあるのだ。
都内では隅田川花火大会が有名だが、府中、荒川、江戸川、八王子、立川、明治神宮などでも花火大会は行われている。
弥彦が計画した真珠との祭り巡りは、その様な祭りを選んでいた。
「息子と祭りに行くのも悪くはなかったが、やはり娘とだと、ひと味違うな」
「孫ができたら、もっと興奮するんじゃないかしら?橋本のお爺ちゃんもデレデレだったから」
「・・・橋本家の話はするな・・興がさめる」
「そうよね。ごめんなさい」
うっかり、母方の話をしてしまったことに、真珠も後悔した。
思い起こせば、橋本家での思い出は悪い事ばかりではなく、嘘も真珠を想っての事ではあるが、その結果がトラウマを持たせて自閉気味な性格を生んでしまったのだ。
周囲からは、今の【単身で都会暮らし】の方が、昔の【片親の不幸な子】よりも何倍も【普通】に扱ってもらえるのだ。
実際には【ヤクザの娘】と言うレッテルが付いているが、自分も家族も知っているし、隠してくれている。
周囲の人間には『話していないだけ』なのだから騙している訳ではない。
『東京には親戚が居るけど』とも話しているのだから。
『父親は死んだ』と言う橋本家とは違う。
「真珠。今の生活は幸せか?不都合はないか?」
「百点満点とはいかないけど及第点かな?淋しい事や辛い事が無い訳じゃないけど、以前よりは高得点よ」
昴の調べで、橋本家では周囲の人間から虐めにあっていた事を知る弥彦は胸を撫で下ろした。
プレアデスの調べで、現在の生活で真珠を蝕む要因は見つかっていない。
「なら良い。今日の祭りはどうだ?」
「満点よ御父様」
東京に来てからイベントや祭りは何回か行ったが、大学の知人と一緒だと過去の経験からツイツイ気を使ってしまう。
だが、駿河の人間は逆に気を使ってくれて、【組の仕事】に話題を振らなければ気を使う必要も無い。
所謂、【仕事を家庭に持ち込まない】というものだ。
当初は、田舎の祭りに比べて人出が多いのを不快に感じていたが、それも慣れてしまえば屋台のバリエーションの多いメリットの方が優る。
本当ならば、トラブルや喧嘩も多い都会の祭りなのだが、真珠の行くイベントでは事前にプレアデスが押さえ付けていた。
それが結果的に治安の良い町づくりに繋り、地域の活性化を促して牙釖組への上納金を増やしている。
「お前が幸せならソレで良い」
会合の合間を縫って二人の様子を見にきた昴も、ヒーロー物の【お面】を付けて近くに来ていた。
「(楽しそうな二人に声を掛けるほど野暮じゃないがな・・・)」
手を繋ぎ、笑顔で花火を見上げる二人を見て、昴の口元にも笑顔が浮かんでいた。
平穏な世界の裏で悪の組織が蠢いているとか、実は大半が不幸だったとか言う物語りは多くある。
世界を大勢にとって悪い方に持っていこうとするものだ。
しかし、一人の平穏を望む為に周りの平穏をも守ろうとする【悪い人】が居るのかも知れない。
それは現実のヒーローなのか?単なるエゴイストか?
兎に角はは【世に事もなし】
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【昴と真珠】は、此にて終わりです。
御覧いただきありがとうございましたm(._.)m




