52 歓迎会
日本の会社での飲み会と言えば新年会に始まり、定年退職や新入社員など人事異動の送迎会、社員旅行に忘年会と幾つかある。
真珠の就職した図書館でも、真珠を含む数人の新人の為に歓迎会が行われた。
十人程の人数なので会場は個室の貸し切りをせず、ホールのテーブル席の一部を予約しての会だ。
年度の終わりと始めにはアルアルな風景と言える。
既に知った顔触れの集まりであるソノ場には、かつて虐められて独りボッチの少女の面影はない。
名実共に過去と決別できた橋本真珠の姿がソコにはあった。
人間が状況を変えるには動かねばならない。
閉じ籠らず、周りの全てを捨てて自分の力だけで生きる決断と行動をしなければ、過去は呪いの様に付きまとう。
真珠は、それを成したのだ。
ただ、全てが世に言う【人並み】に成ったわけではない。
【家族と暮らす】という普通の行為を犠牲にしており、これは行動や努力では何ともなりそうになかった。
彼女の母方では過去に付きまとわれ、父方の家族に関してはは日本の、いや人間の本質が変わって異端者や不出来なものを平等に扱う世界が来なければ公にはできないだろう。
ある意味では真珠も【半端者】な人間とも言える。
だが、それを知る者は少なく、この宴会の席には居ない。
牙釖組の息が掛かっている者も居るが、【牙釖と取り引きのある重役の娘】という認識しか与えられていない。
それ以上を知ろうとするのは、身の破滅に繋がると当人にも分かっている。
「皆さん、歓迎会を始めます。グラスをもって・・・・・野澤さん、橋本さん、那智さん、ようこそ我が図書館に。我々は三人を歓迎します。」
「「「ありがとうございます」」」
「では、乾杯!」
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」
幹事は若い女性が任されたので、館長の長々とした話は省かれてしまった。
その分、飲み始めてからの【年寄りの話】が長くなるだろうが、被害は最小限に留められるだろう。
「司書の方は橋本さん一人だけど、アルバイトの時から居るから大丈夫よね?問題が有れば相談してちょうだい」
「大丈夫です。ありがとうございます」
人事の女性が声をかけてくれる。
今年の三人の新人のうち、二人は裏方の事務担当だ。
接客係である司書の真珠は以前の延長だが、事務側は引継ぎも始まったばかりで大変そうだった。
簿記などの資格を持っていても、実際の現場では勝手が違うものだ。
その点で真珠は【楽な就職】とも言えた。
真珠達が歓迎会をしている同じ店内の片隅。
この近辺を縄張りにしている暴力団、濱瀬親和会の組員は、居酒屋で酒も飲めずにイラついていた。
彼等の組は牙釖組の傘下に入っていたが、その牙釖組の上層部が、この店で飲食をすると聞いていたので挨拶をする為に待機していたのだ。
トラブル防止の為に事前に組事務所には挨拶に来ており、日時と店名が告げられている。
『内々の食事会なので、これ以上の挨拶は不要』と言われても、挨拶をするのが通例となっていた。
「予約が入っているのは【図書館】と【焼き菓子倶楽部】って所だけだ。それらしい客が来れば店員が教えてくれる事になっているんだが・・・」
関東でも武闘派でしられる牙釖組の者ともなると、店員でも一目で【極道の者】と分かるだろうと濱瀬の者は考えていたのだ。
「予約のうち、個室に居るのは【焼き菓子倶楽部】とか言う菓子職人らしいし、ホールの方には見当たりませんぜ、兄貴」
「聞いていた時間は、とっくに過ぎているし、ドタキャンかも知れんしな。一応は組に連絡を入れておけ」
「分かりやした」
濱瀬親和会の組員は、我慢をやめて飲む事にした。
『挨拶は不要』と言われた理由がドタキャンの可能性だと解釈したのだ。
酒の臭いを振り撒きながら上位の組へ挨拶をするのは失礼にあたるので我慢していたが、結果的にはソノ必要は無かった様だ。
空いたテーブル席に酒を用意させ、組員達はビールを流し込みはじめた。
飲んでいるうちに、男同士で酌をするのも虚しく感じたのか、周りの客の楽しそうな宴会が気に入らなくなってきた様だ。
恐らくは彼等も普段は違うのだろう。
だが、牙釖組を待っていた緊張と、来ないと分かった後の弛み、それに酒が加わって少し気が高ぶっていたのかも知れない。
「よぉーよぉー!姉ちゃん達よぉー、楽しそうじゃん?俺等と飲まねぇかぁ?酌してくれよぉ~」
「俺達ゃあ、この店では【顔】なんだよ!好きなだけ飲めるぜ」
よりにもよって彼等が声を掛けたのは、新入社員や女性の多い真珠達の図書館歓迎会だ。
濱瀬親和会の人間も四人程居て、周りを囲んで来るので逃げようがない。
パンチパーマに柄の悪い服、厳つい体格の襟や袖口からは刺青も見えていて、どう見ても【暴力団】と言う風体だ。
「す、すみません。会社の集りなんで、部外者の方はチョット・・・・」
「何だよ?俺等の誘いを断るってかぁ?」
「おいおい、何とか言えよ」
声をあらげる組員達に女性陣だけでなく、館長を含む男性陣も萎縮してしまった。
店員に助けを求めようとしたが、我関せずとばかりに姿を消している。
他の客も、次々に会計を済ませて逃げようとしているのがあからさまに目にとまる。
「すみませんねぇ、少し静かにしてもらえませんか?」
平然と声を掛けたのは、 奥の個室から出てきた中肉中背の優男だった。
白いワイシャツに、わずかに弛めたネクタイのサラリーマン風で、一般客にしか見えない。
「おいおい、兄ちゃんよぉ。俺等に意見しようってかぁ?関係のない奴ぁ引っ込んでろよ!」
「俺達が誰だか分かって声かけてんだろうなぁ?確か料理人だろ、手前等」
サラリーマン風の男性は、ポケットからスマホを出して二人の方に向けた。
「濱瀬親和会の宮治さんと関さんですよね?同じ道の者として【無関係】とは言えませんね。確かに料理人と言えなくはないですが勘違いされているんじゃないですか?」
「何だとぉ?」
「我々が得意なのは焼き菓子。ガトーショコラなんかですよ」
組員は、しばらく会話の意味が理解できなかったが・・
「ガトーショコラぁ?ガトー・・ガトー・牙釖?」
見ると、奥の方に白髪の若い男性が姿を見せていた。
濱瀬親和会の者も、牙釖組の組長や若頭夫婦の風体は聞いている。
「なんだぁ?地曳。そちらさんは焼き菓子を御所望か?カタギの方に迷惑を掛けちゃあいねえだろうな」
「まだ、【御誘い】の段階らしいですよ【専務】」
「・・・・・」
牙釖組は潰した組事務所を焼き払うのでも有名だ。
証拠の大半が焼失してしまう上に近隣の支援者にも被害が及ぶからだ。
「これは、若・・・専務さん。楽しそうなんで仲間に入れてもらいたかっただけなんですが、会社の集りなら仕方がないですよね」
予約名も呼び名も伏せてある事から、公にはしたくない事を察して、濱瀬の組員達は対応を変えた。
図書館関係者からは見えない位置から睨みを効かせる昴に頭を下げて、濱瀬親和会の者達は店を出ていったのだ。
「災難でしたね?でも、あちらさんも分かってくれた様で良かったです。きっと糖分が足りて居なかったんでしょう」
地曳と呼ばれた男は、図書館関係者の方に笑顔を向けた際に、チラリと真珠に目を向けた。
真珠も、彼の指に見覚えのある指輪を見付け、プレアデスだと分かって笑顔を返した。
姿は見えなかったが奥から聞こえた声は兄の昴のものだった。
地曳が店の奥に消えた後、図書館関係者には沈黙が流れていた。
「今のはヤクザよね?で、あの人は菓子職人?なんでヤクザが逃げるの?」
普通は有り得ない構図だ。
以前にも使ったネタだが、皆が納得しそうな【答え】を真珠が口にする。
「菓子職人とか言って、実は警察関係者だったんじゃないの?ヤクザの顔とか知っていたみたいだし」
「見えなかったけど、こっそりと警察手帳を見せてたりして?」
「スマホは出してたわよね?」
あのスマホは、ビデオモードで写した人物を紅蓮会のデータベースで検索して情報提供するものだった。
警察関係者は勿論、傘下や敵対組織の顔情報も網羅している。
一般用にネット大手のG社からも、カメラで写した対象の情報をネットワークから探し出すシステムが出されている。
「たぶん警察関係者で間違いないわよ。だから安心して続けましょう」
男の正体も、奥から聞こえた声の主にも心当たりがある真珠は、場の雰囲気を変える為に大きめの声を出した。
「御待たせしましたぁ~」
濱瀬親和会の人間が居なくなったのを見計らって店員が、追加の酒や注文した商品を持ってきた。
後々の組から受ける報復を考えれば、店側の行動も致し方ないのだろう。
「さぁ、酒で一気に流し去ろうじゃないか」
具体的に明言はなかったが、館長の言葉に皆がグラスを取り、再びの乾杯が行われるのだった。




