49 カメラと盗聴器
テレビやエアコンなどのリモコンには、近赤外線が使われている。
近赤外線は肉眼では見えないが、昨今のデジタルカメラやビデオでは撮影する事ができる波長の光でもある。
人間にとって暗い所でも、これらのカメラはリモコン等の近赤外線LEDで照らした物を撮影する事ができるのだ。
邪魔な警官である土屋と堀を誘き出す為に使われた民家の外塀には、ガラスの飾りブロックに見せ掛けた近赤外線LEDが仕込まれていた。
これは、人間に気付かれる事のないカメラ用のライトだ。
市販のセキュリティカメラにも近赤外線が内蔵されている機種があるが、それを外付けで大きくした物だった。
位置は車の車内を照らせる高さに調整されているが、当然の様に歩行者にも使える。
他にも隠しカメラと一対の物も多数装備されており、後にセーフハウスとして使う上でも有用な装備で、外塀以外にも各所で使われていた。
紅蓮会と牙釖組では、日本で使われていない様な装備を海外から密輸入し、またはカスタマイズして使っていた。
情報収集と計略を紅蓮会が、陽動と脅しや処分を牙釖組が分担する事により、手間や必要経費にゆとりが出ており、その器具を使って更に効率が良くなっている。
当たり前だが、それらは日本の法律で合法的な物ではないのがほとんどだ。
例えば盗聴器。
国内で市販されている盗聴器は、幾つかの周波数帯とチャンネルに分けられている。
当然、盗聴機の発見グッズもそのチャンネルに合わせてある。
これはトランシーバーやテレビのチャンネルを想像してもらえば分かるだろう。
基本的に器具は、全ての電波帯を同時に傍受はできない。
発信器を探すにも、常にチャンネルを切り替えるのは現実的ではない。
チャンネルごとの、数台の受信器が必要になる。
更に改造によって、4チャンネルと5チャンネルの間の周波数を作り、専用の送受信器で傍受する様にしていたり、大きく周波数帯を変えていたりしている。
こうしておけば、簡単な発見グッズや小型の既製品では見つけられないのだ。
それこそ特殊な装備が無ければ、全ての家具を一つづつ確かめて発信器自体を見付けなくてはならない。
街中の店内や玄関などの様に、証拠確保の為だけではなく予防処置も含めて設置されている【見える】マイクやカメラも有る。
だが、世の中には盗聴や盗撮を目的に【隠された物】も存在するのだ。
それらの大半は、非合法な行為に使われる事が多い。
そして、それは必ずしも設置されている場所の権利者の知るものではない場合もある。
いつの間にか増えていた、電源コンセントのタコ足タップ。
何か小さな穴が空いている、会議室のホワイトボードマグネット。
業者によって持ち込まれた観葉植物。
なぜ替えられたか理由が定かでない掛時計。
それらから漏れた情報は、個人や企業の将来を左右する場合もあるのだ。
「御待たせしました。屋敷内の定期調査は終了しました。盗撮器の類いは発見できませんでした」
牙釖組本家の居間で、千島が金属製の箱から弥彦と昴のスマホを取り出して手渡した。
牙釖組では盗聴器の発見グッズなどを使わず、電波の測定器を使い発生源を全てチェックしているのだ。
スマホの様な通信機器以外にも、家庭には電波を発生させる物が沢山ある。
電子レンジは勿論、電源アダプタやモーターを使う時計なども電波を発している。
それらの中でも、ある程度強い電波を常時発している物は、専用の機器を使えば見付ける事ができるのだ。
牙釖組では、構造的に常時電波を発しているビデオなどには、防磁シートを掛けている。
ただ、千島が『ありません』と断言しなかったのは、外からの電波信号で起動する物や、特定時間だけ起動する電波式盗聴器が存在する為だ。
「【医者の不養生】って事も有るからな。今回もご苦労だったな」
「いえ。御不便をお掛けしました」
牙釖組と言うより、その親組織になった紅蓮会は、機密情報販売や恐喝、誘拐などの為に盗聴や盗撮を行っている。
だが、それらを行っているのが常に【味方】だけとは限らないからだ。
「スマホのチェックは来週だったな?」
「はい。予備の準備も終わっています。夜中にお預かりして明朝には御返しできる予定です」
スマホのアプリも、専門の者にチェックさせている。
特に組長や上層部の分は、支障がない様に夜間に行われている。
電波の発信が無ければ、あとは有線や集音しかないが、その辺りも抜かりは無い。
外部からの持ち込み品は毒物を含めてチェックされ、特に無許可のメモリーカード等は中身まで調べられる。
組員には家族持ちも居るので、内部の犯行すら用心しているのだ。
盃を交わした義兄弟や子分と言えど、子供を人質に取られれば裏切る可能性を否定できない。
それは、その様な脅迫をしている彼等自身が一番よく理解しているからだ。
「あと、カメラブラインドの更新も有りますので外出の際は御用下さい。」
「分かった」
街中には多数の監視カメラや個人宅のセキュリティカメラが有る。
牙釖組の組員は縄張り内を見回る時に、周囲のセキュリティカメラを確認して回っている。
新しいセキュリティカメラができた時には、追加の更新をしているのだ。
あえてアリバイを作る時や、非合法な行為で証拠映像が困る時に、カメラの死角となる場所や逃走ルートを案内する為のソフトを開発し、【カメラブラインド】と称して組員のスマホにインストールしている。
各組員のスマホや組関係のセキュリティカメラは紅蓮会のサーバーで情報共有されており、真珠や組にとって重要な人物、敵対者などが、不用意にトラブルに関わらない様にしている。
某G者のスマホアプリではないが、カメラで人物を撮影すれば、警察関係者か公務員か、どこかの組員かを紅蓮会の顔認証システムとデータベースで表示してくれる。
これらの調査やソフト開発は、紅蓮会からの出向組員が引き受けている。
普段はソフト開発会社の社員だが、紅蓮会に弱味を握られている者が別途に行わされており、それが本業であるソフト開発会社の新商品開発に役立っていたりする。
この様に、異なる特徴を持つ二つの組の協力は相互に力を高め合い、高い利益をあげているのだ。
「失礼します。保険の御案内に参りました」
「あぁ、ちょうど考えていたんです。どうぞ上がって下さい」
橋本真珠のアパートには、定期的に保険の勧誘がやって来る。
若い女性の勧誘員で、重そうな鞄を下げ、エントランスのカメラに左手の指輪が見える様に写っている。
だが、その正体が決して保険の勧誘員で無いのは真珠も理解していた。
最近、プレアデスを識別しやすい様にと、共通デザインの指輪を付けているからだ。
アパートのエントランスからロックの解除された自動ドアを通り、エレベーターを経て真珠の玄関まで来た女性は、そのまま部屋へと上げられた。
「それでは、当社の商品について御説明させていただきます」
そう言うと女性は、鞄からレコーダーを出して再生を開始する。
『当社の保険には幾つもの種類がありますが、今回お薦めするのは・・・・』
レコーダーから、この女性の声で保険の説明が流れ始める。
それを放置して、その女性は鞄から何やら機械を取り出して、部屋の隅々にかざしだした。
それは牙釖組本家でも使われた電波を探知する装置だ。
時おり赤ランプが点灯すると、女性は真珠にアイコンタクトをしてから器具のコンセントを抜き差ししている。
一通り居間や浴室など、全ての部屋を調べ終わると、彼女は再生していたレコーダーを止めた。
「真珠御嬢様、今回も特に盗聴器などが仕掛けられている形跡は御座いませんでした」
「ありがとうございます。最近ではテレビでも盗聴被害の特集があるくらい不用心ですから助かります」
「組長も若頭も、真珠御嬢様の安全に気をかけておられますから」
女性組員の顔がこわばり、汗が流れている。
口には出せないが、真珠に何か有れば警護についている組員は大平洋に沈められるだろう。
「これって、業者に頼むと調査費とられるんでしょ?」
「組でも定期的に行っていますから、ついでですよ。気になさる事ではありません」
テレビの特集では業者が「こちらに盗聴器がある様なんですが」と業者側から訪問して来るが、実際には客から依頼されないと調べには来ない。
「では、また数ヵ月後に伺いますね」
「そんなに慌てなくとも・・・お茶くらいは飲んでいってくださいよ。保険の外交員なんですから早すぎるとおかしいでしょう?」
本当なら昴か紗香が来たいのだが、警察に顔が割れているので薄化粧の女性組員が調査に来ているのだ。
こうして、警察には秘密裏に真珠の身は守られているのであった。




