48 ドライブレコーダー
車が停まったのは古くからの住宅地にある普通の民家で、特に大きいわけでも新築というわけでもない。
ただ、外塀は建物に比べて真新しく、中段に半透明のガラスっぽいプロックが点在しているのが特徴的だ。
「牙釖組から追ってきたが、また、この家に来たのか」
「週に3回以上ってのは多すぎですね」
警察でも暴力団を専門に扱う通称【マル暴】の捜査員である二人は、関東で勢力拡大している暴力団【牙釖組】の捜査をしていた。
牙釖組本家から出た車が最近頻繁に、この民家に立ち寄っているのだ。
「今日は、若頭姐の駿河紗香だけか?前回は夫の駿河昴と一緒だったが」
「あの紗香も、実家が経済ヤクザ【紅蓮会】の娘なんでしょ?ただ事じゃないでしょ」
「だがよぉ、前に単独外出を尾行した時には、普通に牛肉やら野菜やらを買っていたんだろ?」
「ええ、そうなんですよ。知らなきゃ普通の主婦と間違うくらいでした」
「確かに新婚には違いないらしいが、次期組長夫人が何やってるんだろうな?」
情報では、二人が結婚してから約一年だ。
それによって二つの暴力団が合併し、関東で有数の暴力団へと成長していた。
「だが、この家で何かやっているのは間違いない。前には十人以上の黒服が出入りした事もあるしな」
周辺の住民に聞き込みしたが、特に情報は得られなかった。
この辺りは借家が多く、単身者や老人、共働きの住民が多い様で住民間の接触は少ない様だ。
町内会でも特に問題は聞いていないらしい。
普段は白髪の昴も、ここに来る時は茶髪に染め、紗香共々に町の者と変わらぬ装いをしていた。
行き来に使うベンツも小型の物だ。
素性を知らなければ越してきた若夫婦にしか見えない。
「ビデオは取れたか?」
「はい、どうにか。でも、ここに来るとカメラの調子がおかしいんですよ。露出オーバーになったり、撮影できても逆光みたいに写ったり」
「いくら疑惑のある現場だからって、ミステリースポットじゃないんだから、何か原因があるんだろう?ちゃんと調べろよ」
「カメラ屋にも持っていったんですが異常無しでした。デジカメよりも、むしろ使い捨てのフイルムカメラの方がちゃんと撮れるんですよねぇ」
現在は事件が起きていないが、何か事が起きた時の証拠を確保しておく為の撮影だ。
「もう、二ヶ月くらいは、こんな出入りの写真ばっかりですね」
「地道な捜査の積み重ねが、星を追い詰める物証に繋がると、先輩刑事も言っていたぞ。事件は【足】で暴くものだとな」
「【昭和】じゃあないんですけどねぇ」
しかし、住宅地であるコノ地区には、街頭に監視カメラが有るわけでも無い。
ホームセキュリティも、狭い範囲しかカバーしていない。
「塀越しに、中を撮影してみますか?」
「やめておけ!玄関の天井に半球形のガラスみたいのが見えるだろう?確かアレは可動式の高性能カメラだ。ライトを当てられたら、この位置の車内まで写るらしいぞ」
「それで、少し離してるんですね?」
「とは言え、住宅地でバックする訳にもいかないから、前を通過する時は要注意だ」
「ビデオ撮影はしますが、車内なら大丈夫でしょう?」
どの映像が、何の役に立つか分からないので、兎に角は映像を録り貯めるのだ。
「班長や上層部の鼻をあかす為には、何とか尻尾を掴まないとな」
「今の班長は、消極的過ぎるんですよ。前の班長が冤罪で外されたからって、尾行を禁止だなんて」
この尾行捜査は上司には秘密だった。
上司は牙釖組の捜査をやめた訳ではないが、行動を把握しやすい【尾行】だけは禁止としたのだ。
そんな話をしていると電話が鳴った。そのマル暴の班長からだ。
『土屋?お前達、何やってるんだ!』
「えっ、堀と巡回っすけど?」
『紅蓮会や牙釖組にはチョッカイ出すなと言っておいたよな?上から連絡が来てるぞ。お前達がストーカー通報されてるって』
「いや、そんな筈はないですよ」
車は離れて尾行しているし、徒歩の場合も後方に注意をはらっていた。
しかし、車から周囲を見ると、いつの間にか数人の人間が集り、車が動けない様に取り囲んでいる。
どうやら、ヤクザではなく近所の住民らしいが、窓を開けて声を掛けてみる。
「何だね?君達は。車が動かせないじゃないか?」
「動かない様に見張ってるんだよストーカー野郎が!警察を呼んでるが、無理に動かすと殺人未遂も加わるぞ」
「警察?いや、俺達が警察だよ」
内ポケットから警察手帳を出して提示するが、住民達は動こうとしない。
「前にも、警官の万引きや下着泥棒、ストーカーのニュースがあったが、日本の警察も落ちぶれたな。兎に角、他の警官が来るまで動くなよ。無実なら逃げる必要は無いだろう?このやり取りも、あんた等の顔も、ビデオ録画してるからな」
住民の一人がスマホでビデオ撮影している。
詳しくは聞かされていないが、以前にマル暴の班長がストーカー疑惑で自宅待機にされた事件があった。
だが、これは覆面パトカーであり、捜査の一環だ。
むしろ、この住民達が操作妨害になると二人は考えた。
やがてパトカーのサイレンが聞こえ、白バイやパトカーと一緒に数台の車がやって来た。
パトカーからは、マル暴の班長である藤堂警部が降りてきた。
「堀、土屋!なぜ命令無視をした?これが巡回か?」
「ヤクザの拠点監視ですよ。我々の仕事ですよね?」
「延々と尾行もしただろう?【被害者】側からひがい届けが出ている上に現行犯だぞ」
「何処に、そんな証拠があるんです」
あの家のセキュリティカメラに、車が着いた時の映像が捉えられていても、『近くで駐車していたら車が来たので監視しやすい場所に移動しただけだ』と言い逃れできる状況だ。
「法を守る警官が命令違反、住民の名誉毀損、嫌がらせに偽証ですか?」
パトカーと一緒に来た車から、見知らぬ男が降りてきた。
「何者だ?関係者以外は・・・」
「黙れ土屋!すみませんね弁護士さん。教育がなってなくて」
「最近の警官は傲慢ですね。関係者だから規制線の中に入れるんじゃないですか!」
既に車を止めていた住民はパトカーの向こう側で事情聴取を始めており、警官にひかれた規制線の所では、マスコミらしい者達がカメラを向けていた。
「被害者に頼まれた弁護士の宮地です。確かに、奥さんは美人ですから住居や実家、移動をストーカーしたくなるのも分かりますがねぇ。でも警察業務中に延々と尾行したり、新婚夫婦の愛の巣を【ヤクザの拠点】と称したりするのは、どうなんですか?」
弁護士と名のった男が出してきた情報パッドには、【離れて尾行する車】の映像や、高い場所から撮影された【買い物する紗香を尾行する男】などが幾つも表示された。
近年は、多くの自動車にドライブレコーダーが付けられている。
中には標準装備されている車種もあるくらいだ。
録画は前方に限らず、広角だったり、後方もか高画質で記録できる物が多い。
更には、車内を含めた音声を録画できるものもある。
弁護士はドライブレコーダーの静止画を拡大して、土屋と堀の乗っている車のナンバープレートと見比べた。
「この複数の映像に写っているのは、全部この車ですよね?ストーカーが居るみたいなので、買い物先にもカメラマンを準備して見張っていたら、この様ですよ」
写真には紗香の後をつける土屋や堀の映像に赤丸が付けられていた。
警察が捜査に使える車は無線などの装備の関係で限られている。
必然的に、同じ車を何度も使う事になる。
「これだけ証拠があって、『偶然』は有り得ませんよね?警部さん。令状は無いんですよね?それに尾行は禁止していたと聞きましたが?」
藤堂警部が顔に手を当てて頷いた。
藤堂班長がスマホで連絡をとらなかったのは、無線で他の警官に知れ渡るのを避ける為だ。
「コイツらはヤクザだし、組員が出入りしている拠点だと言う証拠もある」
堀は、スマホを取り出して、黒服の男達が出入りしている映像を出した。
「ヤクザ?この家の住民に前科でも有るんですか?親の仕事や経歴が、別居している個人を犯罪者扱いする理由になるんですか?昨今では現役警官が犯罪を犯すってニュースが流れていますが・・・・」
そう言って弁護士は土屋と堀の顔を覗き込んだ。
「どうやら最近の警察は、真っ当に生きようとしている者まで犯罪者に仕立てあげて、自分達の成果にしようとしているようですねぇ」
マスコミに聞こえる様に大声を出す弁護士に、藤堂が眉間を押さえて土屋達を睨む。
「それに、この人達はヤクザじゃなくて、結婚式参加の礼服でしょ?旦那さんの知合いが結婚したとかで、着替えの場所を提供したって聞いてますよ」
写真の映りは悪く、個人の特定や黒服の形状までは断定できない。
「今だって、ああやって人を使って捜査妨害をさせてるし・・・」
「アレは自治会の人達ですよ。奥さん達の事を聞きまわってる人が居るって話題になって、奥さんが『ストーカーする警官が居たので引っ越してきた』と打ち明けたら、身柄確保に協力してくれた次第です」
「それは、俺達じゃ無い!」
実際に、前回と今回は警官が違うのだが、詳細を述べなければ嘘を言わなくとも、聞く人には同一人物にしか思えない。
否定しても部外者には言い逃れにしか聞こえない。
「堀、土屋。これ以上口を開くな。車を降りて、ひとりづつパトカーの後部座席に乗れ」
「しかし、班長!」
「これ以上、命令無視をするなら、手錠を掛けるぞ」
二人への対応は、犯罪者に対する物だ。
上司にソコまで言われて、二人は車を降りた。
「俺は上司として【被害者】に詫びを入れてくる」
パトカーへ向かう二人とは逆方向に、藤堂警部は歩み始めた。
フゥーッ
インターフォンを押してから玄関に入っていった藤堂警部は、大きく溜め息をついた。
「紗香さん。言われた通りに厄介者を処分しましたが、俺の監督不行き届きは逃れられないでしょうね」
「前の警部さんの置き土産ですからねぇ。ああでもしないと首を切れませんよ。始末書だけで済むと思いますが、報酬を上乗せする様に言っておきます」
「助かります」
実は、藤堂警部と紗香達はグルだったのだ。
前任者の三笠警部は、自分が全ての責任を負って辞職し、息の掛かった部下を捜査に残していたのだ。
後任で牙釖組と繋がりのある藤堂警部にとって、彼等は目ざわりであり、いつかは処分しなくてはならない【目の上の瘤】だったのだ。
「でも、奴等の為にココまでやる意味は有るんですか?住民票も移したんでしょ?」
「ここは、セーフハウスとして組で使いますし、裏の家へ抜けていましたから、生活していた訳でも有りませんよ」
住宅地では、家が背中あわせで立ち並んでいる。
裏側の家との境に、通り抜け用の門扉があるのも珍しくはない。
二人は調べ損なっていたが、表側の家は昴名義。裏の家は牙釖組名義で借りられていたのだ。
紗香達は、事前に堀と土屋が少数である事を聞いており、藤堂も二人を泳がせて情報を流していた。
「これで、藤堂警部も動きやすくなったでしょ?」
「牙釖組の人と会うのに、張り込んでいた部下に目撃される心配も無くなりましたからね」
紗香と藤堂は、笑顔で別れた。
藤堂は、土屋の乗ったパトカーの助手席へと戻ってきた。
後部座席の土屋の両脇には、警備部の警官が座っている。
「藤堂さん、俺達は捜査をしていただけだ」
「土屋。だから尾行はやめろと言っていたんだ。今の牙釖組は物証と目撃者を作り上げて冤罪を着せる事に長けている。今回、マスコミと弁護士を呼んで隠蔽できない様にしたのも奴等だ。もう、三笠さんの時のやり方では自滅するだけなんだよ」
パトカーは走り出し、土屋巡査は、ただただ項垂れていた。




