46 家族
真珠は、休みの日に昴により呼び出されていた。
祝いの席だと言うが、内容はサプライズとの話だ。
もし、内容を知らされていたら、何らかの祝いの品を用意していただろう。
「まだ妊娠三ヵ月よ。安定期に入ってないわ」
「だから、まだ血族だけしか集めてないじゃないか」
検査して分かってはいたが、まだ流産の恐れもあるので発表を控えていたのに、弥彦たち祖父連中が我慢できなくなったらしい。
呼び出された料亭には紗香と昴は勿論、見た事のない顔ぶれもある。
年齢と席分けから見ると、昴達の祖母レベルまで居るのだろう。
弥彦の父親である祖父の存在が無いのは、先代組長の死をもって襲名する任侠道の特徴と言える。つまりは鬼籍。
二階堂浩太郎の居る紅蓮会側の席では、通達されているのか大人しいものだが、牙釖組の席では祖母にあたるらしい女性が優しい目で、真珠の事をじっと見つめていた。
「あれが、お祖母様?でも、私が20代で【おばちゃん】かぁ」
考えれば、真珠の母親が父を死んだものと話していても、父親側の人間との接触が一切無いというのは変な話だった。
実のところ、真珠は家族が増える事を嬉しく思う一面で、少しの嫉妬を感じている。
極道は、その正統跡継ぎとしての子供を求めて止まない。
極道に限らず、組織を構成するトップには跡継ぎが求められる。
第二子以降も、もしもの時に備えて必要とされている。
それは正統な後継者が居ないと跡目争いが起きるからでもある。
ここに居る面々は、全てがその様に求められて生まれてきたと言える。
確かに、それなりの責任を背負う事になり自由も減るが、得るものも少なくはない。
だが、真珠は違う。
母である橋本八重子は極道の妻という責務に耐えきれず、弥彦と昴を捨てて逃げ出した。
その後に真珠の妊娠が発覚したのだ。
母親が息子の昴に執着していないのは、再会の様子を聞いても分かる。
そんな母親が、真珠の堕胎を考えなかった訳はないだろう。
それができれば再婚も容易だったのだろうから。
求めていなくとも、生まれてしまえば本能的な愛情は芽生える。
決して、真珠は母から愛されて居なかったとは言わないが、他の感情が無かったと言えば嘘になる。
だが、この場に居る人達は、産まれて来た子供達に『邪魔だ』と言う感情は持っていないだろう。
真珠は、それが羨ましかったのだ。
宴は、懐妊した紗香を誉め称え、酒の無い食事会で終えた。
妊婦に酒の匂いは禁物である。
「これで紅蓮会と牙釖組の絆は、より強固なものと成るな」
「『親の血をひく兄弟よりも』と歌われてきましたが、義兄弟でもあり肉親でもある両家の繋りは、更に濃くなったと言えますな」
立場上は紅蓮会の方が兄貴分となるが、もし、二階堂の血筋が途絶えた時に、紅蓮会を司る血を牙釖の駿河家が手に入れた事にもなる。
なんとなく場違いにも思える真珠の存在だが、昴の血筋に何かあった時に、紅蓮会側に真珠の存在を認めさせる為の顔合わせでもあった。
実際に誕生ともなれば両家をあげての事で、紅蓮会と牙釖組総出の祝いとなり、真珠を出席させるのは憚られるからだ。
「これで僕も『二階堂の叔父貴』って呼ばれるんですね」
ヤクザ映画に出てくる様な呼ばれかたを浩太郎は夢みていたらしい。
義兄弟の盃を交わしたのは、次期組長たる若頭の昴と浩太郎だ。
二つの組の結び付きを再確認するこの場に、この二人は欠かせない。
産まれてくる子供の、叔父になる浩太郎を参加させるのにバランスをとる為に、叔母になる真珠の参加を頼むと昴は妹に言ったのだ。
「祝いごとだし、御兄様の頼みだからしかたないけど・・・・」
真珠は様々な思いを飲み込んだ。
深夜の漁港に、車と数人の男達の姿があった。
港に繋がる道にも車が停まっているので人払いもできてる様だ。
「なぁ、千島の兄弟。こっそり見逃しちゃあくれねえか?家族じゃねえか!」
「その親兄弟を裏切り、他の兄弟まで薬漬けにしちゃあ、庇い立てできねえな」
「兄弟ったって下っ端じゃねえかよ?それより、お前は確か紅蓮から来たんだよな?どうだ?金なら回せるぞ」
「フンッ!自らの欲と業で払わなきゃならない金と、騙され誑かされて払わなきゃならない金は、汚なさが違うんだよ。金の亡者は分別を知らんらしい」
ドラム缶にコンクリート詰めされ、漁船に積み込まれていく濱道組の幹部たちを、千島一輝は冷たい目で眺めていた。
横には、千島が教育を任されている山本剛の姿もある。
「千島さん。ヤクザって、もっと金に甘いのかと思ってました」
「まぁ、大抵の事は確かに金で片付けられる。腕の一本や二本は金で生活費やら部下の手配もできるだろう。【シノギ】にしたって、詐欺でも命までは失わないし再度詐欺にかける事も可能だ。だが薬はイケねえ。確かに短期間で大金は手に入るが後は死ぬだけだ。商売ってのは薄利でも長く金が入る様にするもんだよ」
如何にも経済極道と言われた紅蓮会の千島だ。視点が少し違う様だ。
母親を麻薬で失った剛に、麻薬を扱う者にかける情けなど無いが、多くのヤクザは甘いのだと考えていた。
「あのまま海外に逃がしたりはしないんですよね?」
「紅蓮会にも居たが、牙釖にも情報特化した奴等が居るだろう?例えば若頭の側近の加賀とか言ったか?そんな奴等が見逃すと思うか?今回の麻薬の件も奴等が内定をしてたらしい」
「じゃあ、身内を警察に売ったんですか?」
「【サツを利用した】と言うべきだろうな。内々で処分しようとすると甘くしようとする奴が出てくるだろう?身内にも厳しいのが牙釖の【極道】なんだろう」
フレアデスとしても重陽されている加賀幸治は、本来は表にでる人物ではない。
前回姿を現したのも、諜報の司令塔として昴の近くに居ただけだ。
今回の様な組内での処分には、【蜥蜴の尻尾切り】や【逃亡の手助け】などをはじめ、金目当てで擁護する者もあるのだろう。
警察を介在させ、公に『牙釖傘下の悪行』と知らしめる事で、周辺の組に回状を回すのと同じ効果をもたらすのだ。
同時に【牙釖の家名を汚した奴】という事で、擁護する奴も処罰できる。
父親を手にかけた山本剛には『身内にも厳しい』という言葉が胸に重かった。
「それにしちゃあ、いくら組長の娘だからと言っても組員でもない者に、手間と金を掛け過ぎじゃあないですか?」
剛が言っているのは、明らかに真珠の事だ。
集団は構成要員が増えれば、比例して不満も増えるものだ。
正規の牙釖組員でもなく、父親の手足としてだけ動いていた剛には、【組】というものが未だに理解できていない。
「少し話はズレるが、俺達は社会に馴染めず、道を踏み外す事もある。だが、決して真っ当な生活を否定している訳じゃねえんだよ」
「真っ当な生活に戻らない様に、刺青入れてるんじゃないんですか?」
千島は剛の言葉に首を振って答える。
「確かに、家族からも社会からもはみ出してしまった俺達が、真っ当な生活をできるとはおもっちゃあいねえよ。だが、普通の家族や社会が嫌で、はみ出したわけじゃあねえんだ!だから、真っ当な生活をしている家族には真っ当なままでいて欲しいんだよ。俺達を捨てた家族すら平穏には暮らしてほしいと思ってる」
ここで、千島の言う【家族】が真珠の事を言っているのだと、剛は話の脈略を理解した。
昴や剛の様に、親の代から極道の者も少なからず居る。
だが中には、追い出されて流れ者になったり、半端者な自分が一緒に居ては、家族が真っ当な生活を営めないと判断して家を出る者も居るのだ。
映画『フーテンの寅さん』の主題歌にも、「俺が居たんじゃお嫁に行けぬ。分かっちゃいるんだ妹よ」と言う歌い出しがある。
「周りの住民だってソウだ。縄張りの商店などから【みかじめ料】と称して【守料】を集めているのも、言い掛りをつけてくる客や、犯罪から守る経費としての集金だ。言わば警備業の費用だな。今では形骸化して集金だけの組もある様だが」
「『俺達のシマで好き勝手やってくれてるよなぁ』ってヤクザの常套句使うシチュエーションですね?」
確かに、物は言いようなのだが、否定する事もできない。
警察に通報しても、被害者面するクレーマーの側につく事が多いのだ。
特に風俗店などは、組が警察の監査情報を流したりして守っているらしい。
「確かに、真珠御嬢さんは牙釖組、いや、牙釖一家には入っちゃあいない。だが、組長や若頭の家族には違いない。家族が真っ当な生活を営む手助けをするのも、任侠道としては極め道なんじゃねえのか?」
「確かに、田舎育ちで虐められっ子の娘の独り暮らしには、過保護なくらいの手助けが必要なんでしょうが・・・」
「まぁ、組長達のワガママだと納得しろや!」
プレアデスとしての仕事は特に危ないものでもないので、最終的には組長の願い事だと割りきるしか、子分たちには手がないのも事実だった。
家族の関係で、実際には少し普通でない生活を送っている橋本真珠の都会生活は、一応は平穏無事に続く事となる。
みかじめ料:
多くの暴力団が縄張り内の商人に、挨拶料・ショバ代・守料など様々な名目で金品を要求し、この要求に応じた者にこれを月々支払わせている。
語源には、毎月3日にお金を払わせることからや、3日以内に払わなければ締め上げるなどの説がある。
本作は、ここで一旦お休みです。
続編を準備中ですので、半月くらいお休みです。
長らくありがとうございましたm(._.)m




