45 組の存在
「ヤッチャン!この前は上手くやってくれたなぉ」
三笠警部は、部下数人と共に牙釖組本家に乗り込み、組長である駿河弥彦を呼び出していた。
「ああ、三笠警部。ハワイにまでツケてきていたそうですね?ストーカーとして通報させてもらいましたよ」
相手は警察なので、一応は応接室で御茶もだすが、対応は辛辣だ。
数人の組員は居るが、昴や紗香は同席していない。
「馬鹿言うなよ、捜査の一環だ。それに男相手じゃストーカー規制法は適用されねえよ。付きまといとして注意される程度さ」
実際に、同性の付きまといは、警察に通報してもストーカー規制法の適用をしてはもらえない。
「いや、通報したのは娘である紗香のストーカーとしてだがね。警官が職権濫用のストーカー行為として、マスコミにも流す予定だよ」
そう言って弥彦は、数枚の写真を三笠へと投げやった。
部下が拾って三笠へと渡すと、三笠が写真を見て顔を歪める。
そこには、顔を隠した弥彦と一緒に居る紗香を見張る三笠たちの姿が写っていた。
数枚は、弥彦の姿が無く紗香と三笠たちだけの物もある。
実際には行動監視の尾行をしていたのだが、尾行に【捜査令状】の様なものは無く、事情を知らない者にはストーカーと区別はつかない。
最近の弥彦は、外出の際に息子の嫁である紗香を同行させる事が多かった。
牙釖組トップと、紅蓮会名代としてではあるが、そちらに注意を引いて昴の行動をやりやすくする目的もある。
その外出情報は、あえてマル暴に流して注意を引き、警察の尾行を組員に盗撮させていたのだ。
無線でタイミングを合わせて、弥彦だけがカメラからフレームアウトする機会を、何度も作っての証拠写真だ。
「小狡いまねを!」
「まぁ、少なくともしばらくは外出禁止になるでしょうな」
弥彦の笑みと、三笠の歪んだ顔が対称的だ。
最悪、懲戒免職も有りうるのだから。
「何を企んでるんだ?」
「企む?言い掛かりはよしてくださいよ。一般市民としての保身行為じゃないですか?不良刑事の三笠さん」
紗香自身には前科は無い。
この会話も明確にビデオ撮影されているので、ここで警官としても実力行使もできない。
押し込み強盗扱いされてしまう。
部下も同行しているので、三笠個人ではなく警察の汚点となるのだ。
「今日の所は引き下がる。だが、警察は俺だけじゃないからな」
「最近はストーカーとか物騒ですから、三笠警部もお気をつけて」
チグハグな会話に聞こえるが、本当は『警察の総力をあげて逮捕してやる』『いつでも殺せるんだから大人しくしてろ』と言う意味が隠されている。
帰りの車の中で、三笠警部達は眉間を押さえていた。
「しかし、厄介な事になりましたね、警部」
「現場は藤堂と、お前達に任せるしかないか。それに、やりづらくなるな」
組長の弥彦に限らず、最近の牙釖組員は高確率で女性を連れて居るのだ。
これは、美人局の為と考えられていたが、ストーカーや恐喝行為を否定する要素にも使えると共に、先の様な写真を撮られる可能性が有る様だ。
下手をすると、他の捜査員も三笠同様に罠に落ちる可能性がある。
盗撮を気にしながら尾行するのは注意が散漫になり、ターゲットを見失う恐れがあるのだ。
現在では、警視庁の広域暴力団担当部署よりも、牙釖組と紅蓮会の方が組織力が有ると言えた。
「これは、捜査方法を根本的に考え直す必要があるな」
「本当に牙釖組は、大きくなりすぎですよ」
先日起きた、マル暴OBで支援してくれていた警視正の【事故死】も痛いが、牙釖組を追い続けてきた三笠が現場を離れるのも、かなりの痛手だ。
情報を集めるにも、都内には牙釖と敵対している暴力団が皆無となってしまっている。
結果的に都内では暴力団同士の抗争はメッキリ減ったが、暴力団による詐欺や恐喝が無くなっている訳ではない。
また、抗争は関東と関西の対立へと移行しつつあると警察では判断している。
戦い方も経済的封鎖や、拠点攻撃戦と地域住民を情報源とするゲリラ戦のミックスとなっている様だ。
無関係な市民には被害が無いのが幸いだが。
警部達が帰った後、牙釖組では組長の前に幹部連中が集められていた。
「三笠を抑えれば、動きやすくなりますね」
「ああ。だが、くれぐれも真っ当な一般衆には手を出すなよ」
警察内部に暴力団協力者が居る段階で不利だ。
牙釖組や紅蓮会は協力者を脅すたけではなく、何らかのメリットも与えているので、告発も難しい。
彼等は、後ろめたい事のない一般人には手出しをしていないので、彼等の正義感にも火がつきにくいと言える。
原則的に警察は、現場を押さえるか被害届が無くては動けないのだから。
「昴よ、必要の無い勢力拡大は止めるんだぞ。日本一とか統一とか考え始めたら外道に堕ちるのが関の山だ」
「わかってるよ親父。別に関東以外に攻めこんじゃあいないだろ?近場だって兄弟分の盃を拒否されても敵対してこないうちは潰してないじゃないか?組の目的は縄張り内の平穏なんだからよぉ」
「判ってるなら良いんだ」
この席には、若頭である昴も同席している。
都内での平穏が、真珠の平穏にも繋がると、この親子は考えているのだ。
都内では、地元の組との抗争は無くなっている。
だが実際には、これまで牙釖組と紅蓮会が都内の組を潰していったことにより、空いた縄張りができたと勘違いした周辺の組が、進出してきたりしているのだ。
「しかし、三笠警部は災難でしたね」
「奴等も仕事だからな。三笠に限らず、牙釖組の担当になった奴が不幸なのさ。もっとも、警察や社会が【社会に馴染めない奴】の居場所を作ったり、【法で裁けない犯罪】を撲滅できれば、【組】なんてものは要らないんだがなぁ」
楽をしたい、分からない、我慢できない、ついついやってしまう。
確かに半グレや暴力団になる者には、本人にも悪い所はあるのだろう。
だがしかし、客観的に見れば【社会に馴染めない者】が爪弾きにされ、生活に困って【犯罪者】として処罰されていると見えなくもない。
また、犯罪を犯してしまう方も、生きる為に監視や法を掻い潜る事に必死だ。
ある意味で【社会に馴染めない者】を集め、暴力で抑制しているのが【組】と言える。
それ故に彼等は、礼儀と仁義を重視する。
組の内部でも【落とし前】として処分される者が居るくらいだ。
三笠警部が牙釖組に出向いていた時、本庁で留守を任されていた藤堂警部は、近くのファミレスで食事をしていた。
「これで、あんたの天下になるな?」
「奴は上からの評判も良く、出世の邪魔だったんだよ」
口元を隠しながら話している相手は、隣のボックスシートに居るサラリーマン風の男だ。
その男は携帯電話を掛けている様だが、通話状態にはなっていない。
「料理と一緒に配膳させたメモリーには、濱道組の麻薬取り引きの情報が入っている。検挙して出世の役にたてろ」
「濱道組?古株の幹部じゃねえのか!」
「ああ。上納金も多く発言権も大きい。だが、大親分の言い付けを守らず、隠れて麻薬に手を出しやがった。それにカタギだけじゃなく組員にまで広げてやがる。検挙してくれれば、あとは身内で処分する」
任侠道では身内を大切にするが、限度を越えれば処罰される。
ただ、それには明確な【名目】が必要と言える。
藤堂警部は、料理のトレーに乗せられていたメモリーをポケットにしまった。
「俺の邪魔者を片付けたから、今度はコッチを手伝えってか?」
「同時にお前の手柄にもなるじゃねえか!」
「確かに悪い話じゃないし、リスクも無いしな」
両者の口元に笑みが浮かぶ。
「詳しくはメモリーにあるが、濱道組の内通者からネットの掲示板に随時情報が入る。【情報屋】として目溢ししてやってくれ」
「保証はできないが善処しよう」
食事を終えた藤堂が席を立って、店を後にした。
残された男は、電話を切ったふりをして、再びダイヤルしはじめる。
「若頭ですか?情報を渡し終わりました。・・・・・・はい、大丈夫です。そちらは?・・・・・・そうですか!これから幹部会?では、予定通りに」
電話を切って残ったコーヒーを飲み干し、周りを見回した。
「(今、動くと藤堂との繋がりを気付かれるか?もう少し時間を調整するか!)」
テーブルに設置された注文用のパッドを手に取り、男は軽食のメニューを開いた。
次回は、第一部の最終回です。
どんでん返しもクライマックスも意外な事実も出ません(笑)




