43 スノーボード
とある日曜日、都内のマンションに宅配業者によって荷物が届けられた。
「こんちわ~宅急便でぇす」
「あらっ、ご苦労様」
180センチ近くある縦長の箱の様な梱包物には、【スノーボード】と書かれた送り状が貼られている。
「あんた、スノーボードなんて始めるの?」
「い、いや。知人に頼まれて、ネットオークションの品を受け取っただけだよ。明日には取りに来るから開けるなよ」
荷物を受け取った女房が、居間で新聞を読んでいた夫に説明を受けていた。
事前に言わなかった為か、夫の目は少し宙を泳いでいる。
受け取り日を夫が休みの日にしていなければ、女房が勝手に開封していたかも知れない。
荷物が届いてから急に無口になった夫に違和感を覚えたが、代引きでもなかったので特に気にはしなかった。
スノボーには時期外れではあるが、シーズンオフにやり取りするのは確かにトラブルが少ない。
近年では駅などで、この様な縦長のバッグを背負う若者を目にする事がある。
高さはあるが場所はとらないし、明日には取りに来るらしので、荷物は玄関に放置される事となった。
翌日の昼前に、この家に来訪者があった。
「スミマセン!スノボ、取リ来マシタ」
「あらっ、外人さんだったのね?」
現れたのは想像していなかった白人男性だったが、月曜には取りに来ると聞いていた妻は、疑う事もなくマンションロビーのドアをリモートで開けた。
「ドモ、アリガトゴザイマス。コレ、オ礼デス」
「あらあら、済まないわね」
荷物を渡した後に、お菓子の手土産まで渡されては、悪い気はしない。
不馴れなお辞儀をしてエレベーターホールへ向かう外人さんを、妻は笑顔で見送った。
エレベーターに乗った外人が向かったのは、ロビーのある一階では無く五階だった。
その五階では、数人の男性が待っていた。
服装は作業員の様だが、目つきが完全に違う。
五階の一室へ鍵を開けて入ると、梱包された荷物をほどきはじめた。
ここは、ドラマ撮影の為と称して不動産屋から借りた空き部屋だ。
部屋には既に、三脚で固定されたビデオ付きの望遠鏡が設置されており、パソコンモニターに小料理屋の出入り口が写し出されている。
ターゲットが、ここから出入りする情報を既に手に入れているらしい。
「ターゲットは、この男だ。距離は3,000フィート。この近くで爆竹の音がするから、紛れて撃て」
「イエス、ボス!まあまあの距離だな」
先程からマンション近くで不定期に爆竹が鳴っていたのを、男も気が付いていたが、依頼者が手配したものらしい。
現在、確認されている遠距離狙撃の世界記録は、2017年にカナダ軍の特殊部隊所属のスナイパーがイラクでイスラム国(IS)の兵士を射殺した3540メートルだそうだ。
しかし、実際の米軍のスナイパーが狙撃を行う距離はたいてい600~1200メートルであり、それ以上は銃の仕様の限界を超えた能力を引き出すしかないので現実的ではない。
今回の1km弱は、プロには難しい距離ではないのだ。
このクライアントが爆竹を手配しているのは、隠密性の為だと彼には理解できた。
遠距離狙撃は、ターゲットに居場所を知られる事が皆無だ。
だが、射手の近くに居る者には発射音を知られてしまう。
この銃にも消音器は付けているものの、全くの無音と言う訳にはいかない。
人気のない場所から撃てれば良いが都会では難しい話だし、騒音の激しい所や周囲の騒音のタイミングに合わせたい所だが、わざと起こさない限りは都合よく狙撃ポイントに有ったりはしないのだ。
「日本語ができるとは聞いていたが、流暢だな」
「那覇キャンプに5年居たからな」
日本語が下手だったのは演技にすぎない。
写真を受け取った白人男性は、スノボーのバッグから狙撃用の銃を取り出した。
ライフル銃は発泡スチロールで守られており、組み立てたままの姿で分解されずにバッグに収まっている。
多くのライフル銃は分解して持ち運ぶ事が可能だ。
フィクションの暗殺者は銃を分解し、小さくして持ち運ぶ事が多い。
そして、ターゲットから離れた高い塔に登り、信じられないような距離から組み立てた銃で相手を射殺している。
確かに、登場人物の腕が良いのだろう。
だが、組み立て直した銃は弾道が微妙にズレてしまい、一発勝負の精密射撃には向かない。
機械生産される銃ではあるが、それぞれに癖や組立て直した時の誤差が存在するのだから。
狙撃手の男が取り出したのは、レミントンM24。
第2次世界大戦後、改良されて米軍の遠距離狙撃に配備された狙撃銃だ。
M24は全長1092ミリ、重量4.7キロ。
それに短い二脚スタンドを付けて、キッチンの床からベランダの外を狙っている。
スコープから覗いて、モニターに映し出されている小料理屋の出入り口を探す。
フィクションでは、建物の窓から銃口がのぞいているシーンが有るが、その様な第三者に発見されやすい事は現実にはしない。
窓を開けているはいるが、スノボーケースを半開きにして伏せ、テントの様にしている。
銃をそのテントに隠し、窓のカーテンの下を潜る様にしてある。
灯りは消し、銃自体は完全に室内に収まっている。
ベランダから見ても、カーテンの下に黒い三角形が見えるだけで、銃の姿を認識する事はできない。
最近はドローンを使った偵察も有りうるので、以前にも増して用心が必要だ。
「ターゲットが出てくるのは、一時間以上先だ」
「昼食後って事か?了解」
おおよそのセッティングが終わった段階で、競技用7.62ミリ×51弾がセットされた。
「試し射ちするか?」
「出来るのか?」
銃のコンディション、風向きや気温によって、弾道がズレる事は一般的だ。
試射できるとできないでは、遠距離狙撃の成功率が格段に変わる。
「ああ、右に50m程ずれた所に、赤い丸が有るだろう?近くにウチの者が居る筈だ」
スコープを覗いて銃身を僅かに動かすと、10cmくらいの赤い丸が見えた。
「クラッカーが鳴るぞ。3、2、1、0・・・」
バババババッ
スコープの向こうでも、僅かな煙が見えている。
無線に合わせて、ターゲット付近とマンション前で、同時に爆竹が爆ぜているのだろう。
マトにあいた穴に指を突っ込む男が居るので、スコープとの誤差を認識する事ができた。
「実際に撃つ時は、お前のカウントでクラッカーを鳴らす」
「サンキュー、ボス」
色々と御膳立てしてくれて、ありがたい依頼者だ。
サンドイッチとコーヒーは薄味だが悪くはない。
ターゲットの詳細は知らされていないが、この国の大統領でないのは写真で分かる。
依頼料も安くはない。
必要以上の事を聞くのは野暮というものだ。
暫くは、まったりとした時間を過ごし、そろそろ出てくると言う無線が入った。
狙撃手は、床にうつ伏せになる様な格好で銃を構える。
街路樹の枝の動きは、午前中と大差ない。
「風向きが変わってはいないな」
男は写真を再確認してからスコープを覗き込み、息を吐いてゆっくりと引き金に指を掛けた。




