41 土竜(もぐら)
山本純一郎がハワイから帰って、数日が経過した。
「お帰り、親父。夜食もできてるよ」
「いつも済まないな」
「車の掃除はやっとくから食べちゃいなよ」
田舎の終電客を拾い終わって、山本純一郎は深夜に帰宅する。
早朝は地域バスが有るので、タクシーの稼ぎ時は昼近くになってからだ。
それまで寝ている彼に、息子は簡単な朝食も作りおきしてくれている。
中学生の頃からの事だが、そんな生活の父親に車内の掃除をし、食事を用意してくれる息子には頭が下がる。
車内の灰皿やゴミを片付けてから掃除機をかけ、シートやカバーを替える息子・剛は、掃除を終えてチラリと父親の方に視線を向けた。
「・・・・・・・」
純一郎が、夜食に舌鼓を打っているのを確認すると、助手席シートに隠していた盗聴機を取り出し、別の物と入れ替える。
これは、音が聴こえてから自動で録音するタイプで、12時間以上の記録ができる物だ。
剛は、回収した盗聴機をポケットにしまうと、タクシーの扉を閉めて鍵をかけた。
食卓に戻ると、父親が美味しそうに食事を頬張っている。
「剛、この生姜焼きなんて定食屋並みじゃないか?腕をあげたな」
「味付けを変えたんだ。最近じゃあ、ネットでも料理解説が有るから勉強になるよ」
「学校の勉強も忘れるなよ」
「そっちは、留年しない程度にね」
大学進学をする気のない剛には、必要以上に学業に専念する必要が無い。
就職も、採用試験のある様な大手企業では無いのだ。
「じゃあ、俺は先に寝るから。風呂の火を消し忘れるなよ、親父」
「大丈夫だ。おやすみ」
軽く手をあげて、返事する純一郎に、剛は自室へと帰って床についた。
翌朝は、父親が寝ている早朝から、昨晩に下拵えしておいた食材を使って、朝食と自分の弁当を作るのが剛の日課だ。
父親の分は、昼の外食までの腹ごなし程度の物だ。
朝食を終えて制服に着替え、剛は学校に向かう。
他の子供同様にイヤホンを付けているが、剛が聞いているのはスマホに保存した音楽ではない。
昨夜に回収した盗聴機の録音だ。
彼が、タクシーに盗聴機を仕掛けだしたのは、夏休みに牙釖本家から帰ってからだった。
その内容を聞き、問題がある様なら牙釖組へ連絡する使命を受けていたのだ。
幾つかの録音を聞き、学校へと向かう剛の耳に、今までにない音が飛び込んだ。
「この曲は『ペルシャの市場にて』?」
In a Persian Market『ペルシャの市場にて』は、イギリスの作曲家アルバート・ケテルビーが1920年に作曲した合唱付きの管弦楽曲で、クラシック音楽の入門編として有名だ。
学校や音楽会では耳にしても、町中で聞く事は皆無な曲だ。
その後に録音されていた会話を聞いて、彼は立ち止まってしまった。
「まさか、親父が本当に土竜だったなんて・・・・・」
暫く立ち止まった後に、ポケットからスマホを出して、通話を始めた。
「もしもし、千島さんですか?山本剛です。今晩、音声データを送ります。はい、おっしゃる通りでした。とても残念ですが・・・」
剛は、しばらく通話をしてから、再び学校へと向かった。
その夜から剛の口数は、いつも以上に少なくなった。
「おい、剛。何か有ったのか?」
「ああ、ごめん。学校で・・・知人に裏切られたみたいで・・・今、調べてる最中なんだけど信じたくなくて・・・」
「友人だったのか?人間、子供でも色んな柵があるからな」
「うん、そうだね」
息子の顔は暗いままだが、この手の話は時間が解決するしかないと、純一郎はソレ以上の話をやめた。
数日後、剛は牙釖組の千島と再び連絡をとっていた。
「千島さん、メールを読みました。二十年も盃をもらえなかったのは、そういう事だったんですね?」
『そうだ。元科捜研の医者で、今も繋がりがある。今回もらった音声データで、思いきって拉致して自白させた内容がソレだ。客の方も突き止めて、準備している段階だ』
「ここまで調べてもらっても、まだ信じられません」
『そうだろうな。今回は妥当な人材が居なかったから関わらせたが、まだ、御嬢の情報が拡散してないのが幸いだ。しかし、今週末にはカタをつける』
「分かりました。こっちも合わせます」
『道具は送ったが、本当に御前がやるのか?』
「俺は、仁侠道を極めます。自分の父親、【山本純一郎】の為ですから・・・」
電話を切って、剛は溜め息をついた。
「親父を解放する為に、外道を殺す!」
何度も自分に言い聞かせる剛だった。
その夜、食事中の純一郎に剛は声をかけた。
「親父、そろそろ御袋に会いに行かないか?次の日曜日辺りに」
「そう言えば、そろそろ盆か!分かった。休みをとろう」
亡き妻の墓参りには、毎年息子と一緒に行っていた。
「親父、また御袋の前では泣くのか?」
「どうした急に?女房の墓前で泣く父親は情けないか?」
「いや、山本純一郎の息子で良かったなと思ったんだ」
「毎年の事なのに今さらか?」
「今さらで悪いか?」
「いや。やっとお前にも分かってもらえたかと思ってな」
苦笑いで見合わせながら、親子はカレンダーを見上げた。
墓参りの前日、夜食は豪勢だった。
「おいおい、今日は何かのパーティか?」
「牙釖組に入ったら、俺も墓参りに行けないかも知れないから、一つの区切りに豪勢にしたんだよ。俺も一緒に食べるから」
「休み以外で一緒に食べるのは久しぶりだな」
時間が合わず、ここ十年以上は休日以外は別々に食事をしていた親子だ。
「今日は、御袋の話をしたいな」
「親の馴れ初めを聞くなよ?」
「子供の頃に三人で行った遊園地の話くらいからで良いよ。それ以前は余り記憶にないし」
「じゃあ、剛が寝小便を何歳までしていたかを話してやろう」
「やめろよ!だから、御袋の話だってば・・・」
疲れていたのか、いつもより長く話していた為か?それとも、多く酒が入った事が原因か、いつしか純一郎は寝落ちした様だ。
テーブルに伏した父親を見た剛は、ポケットからイヤホンを取り出し、ボイスレコーダーをリピート再生した。
明朝の準備をしながら、何度も何度もリピート再生をしていた。




