34 ハワイの休日
ホテルに泊まった翌朝、ビーチでは真珠と紗香、浩太郎の三人がビーチバレーをしていた。
近くのパラソルの下で、サングラスをしてビーチベッドに横たわる弥彦と昴は、そんな真珠達を眺めている。
昴は髪を白く戻していた。
「御義父様は兎も角、昴も来なさいよ。三人だと試合もできないわ」
「いや、俺も親父同様に見ている方が楽しい。つい本気を出して嫌われる方が怖いからな」
武闘派の二人は、勝負事となると人が変わる性格である事を自覚している。
そんな鬼気迫る姿を真珠には見せたくないのだ。
明らかにニヤケ顔の親子二人に、アロハシャツの男がトロピカルジュースを差し出す。
アロハの下は、昴達と同様にラッシュガードと呼ばれる水着を着ている。
「若頭、コンテナ船と取引先の到着を確認しました。今晩の取引は予定通りです」
「分かった。だが・・・ビールは無いのか?」
「すいやせん、ビーチは禁煙の上に禁酒らしくて」
ハワイでは州法により、ビーチや公園、路上、高速道路、市バスの中など公共の場所での飲酒は禁じられている。
また、個人宅以外ではホテルの様な建物内でも、【リカーライセンス】という資格をとった場所以外でお酒を飲むことはできない。
喫煙に関しても、ハワイの路上や建物、公園やビーチは多くが禁煙だ。
建物の喫煙ルームは日本人観光客で溢れかえっている。
喫煙率が高く、どこでも酒を飲んできた日本人男性にはツラい環境だった。
日本人同士と言う事で下手に話し掛けられないように、昴達は移動用の車の中で空気清浄機を回しながら、吸っているくらいだ。
観光地であるハワイは勿論、アメリカ本土の都市部でも、禁煙傾向は高い。
「銃はOKでもタバコはダメってか?よく分からん国だな」
「個々が身を守るって国ですからね。身を守る銃、身体を害するタバコって事なんでしょう」
「【身を守る】って、正当防衛より犯罪の方に銃が多く使われてるのは、何処も同じじゃねえか?」
そんな二人の会話を、弥彦が睨み始めた。
「おいっ、昴。せっかく真珠の笑顔が見れてるのに、汚い話はやめろ」
「す、すまない親父」
「申し訳ありません、組長」
三人は気を取り直して、真珠達の健康的な遊戯を眺めて心を静めた。
人間は、年中発情する希有な生物だ。
つまりは、いつでも何処にでも、ナンパ野郎は存在する。
若い女二人と男が一人の組み合わせが有れば、溢れる女が出ると考えて声を掛ける者が出てくるのだろう。
四人組の男達が真珠達に話し掛けてきた。
最悪、数を活かして浩太郎を殴り飛ばし、二人をお持ち帰りする雰囲気だ。
「俺の妹と妻に手を出すな」
「ああ、兄貴」
タオルを左手に掛けた昴が叫びながら近付き、浩太郎が声をあげた。
言葉は穏やかで顔は笑っているが、タオルの端からは少し銃口が見えている。
「畜生!」
動揺したナンパ野郎達は、回りに助けを求めようとみまわしたが、逆にコッソリと銃口を向けている複数の男達が居る事に気付いてしまった。
「クソッ!ヤベエナ」
数で何とかしようとしたが、相手の方が勝っていると知ると、逃げる様に立ち去ってしまった。
例え相手だけが銃を持っていたとしても、それを正当化する様な有りもしない証言を、周りの者がするかも知れないのだ。
「クズ共が!」
「ありがとうございました、昴義兄さん。でも、なんか興醒めしちゃいましたね。そろそろ買い物に行きませんか?姉さん方」
昴のボヤキに浩太郎が溜め息をついた。
空気を変える為に実姉と義姉に新たな提案をしてみる。
「そうね。昼も過ぎたし、食事もしたいわね。発情した豚が来ると五月蠅いしね。良いでしょう?真珠ちゃん」
実際、水着姿で男を挑発する女も居るので、一概に男性側だけを責めるわけにもいかない。
ビーチと飲み屋は出逢いの場でもあるのだから。
浩太郎に急かされて、真珠と紗香は着替えの為にホテルへと向かった。
「親父。ちゃんとセイフティ掛けておけよ」
「・・・・・・」
昴に言われて駿河弥彦は無言で、タオルの中に隠していたサブマシンガンのセキュリティを掛けた。
だが、その顔は苦虫を噛み砕いた様に歪み、真っ赤にそまった顔面では血管がピクピクと波打っている。
「真珠が見てるぜ。顔を隠せよ」
「・・・・・そうだな。真珠の前で荒事は無しだ。真珠の前では・・・・」
弥彦は固い物が入ったタオルで顔を隠しす。
そのまま視線を部下の何人かに向けると周囲に居た数人が姿を消した。
「夜には取引が有って、俺と浩太郎は居ない。動くんなら深夜にしろよ!」
「分かってる。お前は流石だな。少し冷やしてくるから、買い物は若い者だけで行ってこい」
「分かった。目立つ事はするなよ、親父」
昴は、先にホテルへ向かった真珠達の後を追った。
横に居た部下が、弥彦の持っていたタオルを彼の手から引き剥がし、しばらく動きを止めていた弥彦がサイドテーブルにあったトロピカルジュースを一気に飲み干した。
「本当に凄い息子だよ。俺の息子にしておくには惜しい程だ」
「親分?」
「いや、そう言う意味じゃない。昴になら、真珠を嫁にやっても良いと思えるくらいだって事さ」
無線を聞いていた部下のうち、紅蓮会から来たプレアデスである者が、複雑な笑いを堪えている。
「若頭は確かに凄いですよ。紅蓮会との盃、真珠お嬢さんとの再開、組織の強化。もう牙釖組を【狂犬】だの【放火魔】なんて呼ぶ奴は居ませんからね」
「そうだな。ただ、今日は焼き菓子がたべたい気分なんだよ」
空になったグラスを片付けながら、部下が目を宙に游がす。
「承知しております。白豚を使ったものとなると、【豚せんべい】と言う物があるらしいですよ。厳密には揚げ物ですが」
「お前、料理に詳しいな?」
「はい。組の賄いをやってた時にハマりまして」
ゆっくりと立ち上がった弥彦は、アロハシャツを脱いで海へと歩みだした。
「言われた通り、頭を冷やしてくる。お楽しみは夜だからな」
弥彦の姿は、そのまま海へと消えた。
「派手じゃないかしら?」
「そんな事は無いわ。ハワイじゃあ、これくらいじゃないと逆に目立つわよ」
タンクトップとショートパンツ。髪をポニーテイルにした姿を鏡で見て、真珠は顔を赤らめていた。
色違いで同じレイアウトの紗香とツーショットの姿は、外国人から見れば姉妹に見えるかも知れない。
ジーンズ生地のウエストポーチに財布などを入れて、軽装になっている。
「すまねえな、山本」
「いえいえ、女性の買い物で男が荷物持ちになるのは当然ですから。でも、距離を取りすぎると危険ですよ。的確にほめてやらないと」
「そういうもんなんだな?妻子持ちの先輩は勉強になるぜ」
真珠の側に居るのは、紗香と昴と山本だけだった。
浩太郎は、仕事の手配でホテルに居残りだ。
普段は弟分の組員が側に居る昴だが、身内だけで目立たない様にと少人数で買い物するは初めてだった。
真珠の修学旅行の時は、彼女の友人が居る事もあり、各自が荷物を持っていたからだ。
真珠達から少し離れた場所で、両手に荷物を下げて立っている昴と山本は、彼女達とは違う世界に浸っていたが、山本の助言に従い、真珠達の方に注視した。
「ねえ、昴さん。どうかしら?」
「ん~!親父には刺激が強いと思うが似合ってるし、紗香の言う通りに、観光客と侮られないのには良いんじゃないか?俺個人としては、女房や妹の太腿を他人に見せるのは嫌だが、ハワイに居る間は我慢するしかないな」
「昴さんったら」
昴か嫉妬ぎみなのを感じて、紗香は少し頬を染めて嬉しそうだった。
昴達男性陣も野球帽とラフなシャツに短パン姿となり、近くに控えていた部下に着替えと買い物を預けて食べ歩きへと移っていく。
山本は少し離れて荷物持ちと警備へと回り、仕事にカタがついた浩太郎も途中で合流した。
「うわっ!アイスで舌が真っ青だよ」
「うわっ、キモっ!」
「次は何を食べようか?」
「量が多くて食べきれませんよ~」
こうして四人は、楽しい時間を過ごしていった。
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豚を使ったお菓子には、フィリピンの豚の皮揚げ菓子【チッチャロン |(英語名:Pork rinds)】や、豚肉チップスなどがある。




