33 RAとハワイ旅行
警視庁にあるサイバーテロ対策室には、赤い警報表示がプザーと共に響いていた。
「くそっ!またレッドアラートか?」
「マニュアル通りに回線を物理的カットして各システムを再起動。予備機でバックアップも再チェックしろ」
それは、ネットワークを監視しているシステムに、外部からの侵入を知らせる警報だ。
経験的にソレは、一般の通話記録を検索している時にランダムに発生している様に見える。
モニターには【プライバシー保護】という文字が、無数に羅列されはじめているのが特徴だ。
この対策室には、その手のプロが集められているが、相手を特定できないどころか未だに抗えないでいる。
ここの構成員には、コンピューターの情報漏洩やシステム破壊を行うハッカーと呼ばれるサイバーテロを行っていた側の人間も含まれている。
中には改心した者も居るが警察に逮捕されてソノ免罪として働いている者も居るので、一時期は内部犯行説も上がったが、要員を入れ換えても変わりはなかった。
対策室では、この正体不明の犯人を【RA・レッドアラート】と呼んで注視していた。
「まるで、調べられたくない履歴でも有るのか?」
この手の常套手段としては、ダミーのハッキングも有るので、目的を電話回線の使用以外に絞る事ができないでいる。
「やはり前回同様に、ダウンロードした通話・通信履歴が全て消去されています。電話会社のサーバーもハッキングを受けて、一部が消去されてますね」
「消された事は分かるが、内容までは分からないって事か!」
「範囲もあり、点在してますから、推測も困難でしょう」
警察では、事件捜査の為に電話会社からの情報を得る事がある。
だが、この犯人に関係する情報は、全く調べる事ができない様だ。
図書館の夏季休館は、長い所だと7月中旬から9月中旬にまで及ぶ。
多くの図書館は8月はじめから9月末と言った所が多い。
「また、LINEのアドレスが変わったのね」
真珠の元には、8月上旬にハワイ旅行に行くので、7月中にパスポートの取得と予定を開けておくようにとの連絡があった。
旅行のメインメンバーは、弥彦に昴と真珠。紗香と浩太郎の五名だが、他にドライバーなど数名が同行するらしい。
昴や紗香とのLINEは、不定期に消滅・制作されているので、メールによる連絡が多いのだ。
これも、真珠を極道の世界に巻き込まない為の処置だと聞いている。
「やっぱり、水着は買って行かないとマズイわよね?」
ハワイでは、日本人の体格にあった水着を探すのが大変らしいと紗香からの連絡にあった。
参考までに聞いた紗香の水着は、黒を主体にしたIバックワンピース水着だそうだ。
浩太郎はトランクスタイプだが、弥彦と昴はラッシュガードと呼ばれる長袖タイプの物らしい。
ウエットスーツの上だけみたいなタイプという話だ。
実は紗香もなのだが、刺青というものは紫外線で変色しやすく、水着はUV防止加工された黒色に限るそうだ。
紗香は真珠の水着に白ビキニを推奨。
弥彦と昴はワンピースを強く推しているらしい。
浩太郎は沈黙。
散々悩んだ結果、オレンジ色のシンプルなクロス・バックワンピースを購入した。
このタイプは、高校生時代にも着ていた馴染みのあるものだ。
「ここは、伯父さんあたりが無難よね?」
一応だが、図書館と大学と知人、更に実家の叔父には、夏休みに海外旅行に行くので二週間ほど音信不通になる旨をメールした。
これは真珠のスマホを海外仕様にはしていない為だ。
下手に捜索願いなど出されたらたまったものではない。
ハワイでの外着などは現地で買う方が良いとアドバイスされているので、愛用の入浴用品、化粧品や下着類など、荷物は最小限にしてある。
ハワイには日系人も多いので、現地の人間に合わせた方がトラブルに巻き込まれにくいとの話だった。
航空機チケットは、手紙と一緒にポストに入っていた。
成田空港には初めて行ったが、手紙に詳細な案内が書かれていたので、ロビーまで迷う事は無かった。
「あっ、御兄様・・・?」
知った姿を見付けて駆け出そうとした真珠だったが、その肩を抑える手があったのだ。
「真珠様、お待ち下さい」
「えっ?貴方はタクシーの・・・」
「はい。山本と申します。この度はハワイでの運転を任されました」
真珠を引き止めたのは、大学入学祝いの時のタクシー運転だった。
「組長達は、ビジネススーツ姿とは言え、警察に顔が知られています。空港には監視カメラも多数有るので、真珠様との接触はハワイに着くまで控えるべきだと指示されているのです」
昴達四人は、ビジネススーツに身を包み、周りには黒服の男も数人見える。
昴は茶髪にしているし、弥彦も髪を七三に分けて眼鏡を掛けているが、そんな所に飛び込んだら、知っている者には関係を察知されるだろう。
昴達は、代わる代わるに真珠に対してアイコンタクトをとり、彼女の到着を確認すると搭乗手続きへと向かった。
「あちらは、ビジネスクラスですが、こちらはエコノミークラスです。この山本が同行しますので、御安心ください」
「そうですか。では、よろしくお願いいたします」
兄たちと話せると思っていたが真珠はソレをあきらめ、山本にエスコートされて、搭乗手続きへと向かうのだった。
飛行機での真珠の座席は山本の隣だった。
成田からハワイのホノルル(現在はダニエル・K・イノウエ国際空港)までは7~8時間のフライトだ。
あまり昴達の仕事や近況は話せないらしいが、ハワイに着いてからの予定を幾つか聞くことができた。
もて余す時間は映画を見たり、二三時間くらいの仮眠をとっていた真珠と山本だった。
夕方に到着したホノルル空港ではロビーで騒ぎがあった様だが、英語も堪能な山本が居たお陰で、問題なく空港を出る事ができた。
真珠は、そのまま山本に背を押されて地元のタクシーに乗り込んだ。
何か急いでいる様だ。
山本が車内でスマホをチェックしている。
山本の成すがままの真珠は、タクシーに乗り込むまでに、山本の手荷物が一つ増えている事に、気付く事はなかった。
数人の男達に連れられて、昴達は空港の駐車場へと向かっていた。
駐車していた白いワンボックスカーに乗り込むと、待っていた女が飲み物を差し出してくる。
助手席の男がスマホから目を離すと、弥彦に向かって頭を下げた。
「お疲れ様です親分。現在、手空きのプレアデスは全員がホテルに集結中です。山本にはスマホとサブマシンガンを渡してあります」
「真珠達に随伴は付けてるんだろうな?」
「勿論です。尾行の警官は、地元の奴に足止めさせました。山本のLINE既読も確認しています」
先にハワイ入りしたプレアデス達が色々と用意をしており、真珠の乗ったタクシーの近くにもプレアデスの運転している車が走っている。
現状を書き込んだLINEを山本が読んだ事も確かめてある。
山本が急いでいたのは、日本から尾行の警官が居た事に気付いていたからだ。
昴達と違うルートでホテル入りする関係上、少しでも出発時間をずらしたかった様だ。
「こちらは、囮として遠回りしてホテルに向かいます。警官達を尾行するプレアデスの連絡次第で、到着時間が変わりますが」
「分かってる。だが、どうしても巻けない時は・・・」
「承知しております。では、そろそろ車を出します」
空港駐車場から、白いワンボックスカーは走り出した。
真珠の乗ったタクシーとは逆方向へと。
「畜生、お陰で見失ったか!どっちに行った?」
「空港の駐車場へ向かったと思いますが・・・空港のセキュリティに監視カメラのビデオを見せてもらういますか?」
「車種とナンバー、方向が分かれば追えるからな」
身分証明を終えて、ようやくセキュリティから解放された警官達は、再びセキュリティルームへと駆け込んだ。
予期せぬトラブルに巻き込まれ、昴達を見失った警官は平静を失い、様子をうかがう者達に気付いてはいなかった。
「警官達は、再びセキュリティに入った。どうやら情報を得るらしい。準備は良いか?」
『尾行用の盗難車3台と拳銃、マスクと金髪。廃棄する目立つ表着と準備は万端だ。』
監視するプレアデスと無線で話しているのは、車で待機している仲間だ。
「親父を追いかけ出したら、次の町辺りで襲うぞ。まぁ、この国じゃあ、あからさまな旅行客が襲われるなんて日常茶飯だからな」
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【ダニエル・K・イノウエ国際空港】を、本作では旧名称の【ホノルル空港】で呼ばせていただきます。
成田発ホノルル行きの場合、約6時間30分?7時間45分の所要時間
ホノルル発成田行きの場合、約8時間0分?9時間55分の所要時間




