32 国内生産
東京の下町にある小さな鋳造工場に、ユニックと呼ばれるクレーン付き中型トラックが停まっている。
商品の積み込み作業をしている横で、営業マンらしき男が工場長と書類のやり取りをしていた。
「では、確かに今月分をお預かりしました。三ヶ月後には別の商品をお願いする予定になっていますので、よろしくお願いします」
「承知しました。毎度ありがとうございます」
営業マンを乗せたユニックは工場を後にして、彼方へと姿を消していく。
「親父、この仕事は大丈夫なのか?」
「指定納品総数から見れば金型の寿命はギリギリだな。なんとか騙し騙し使うしかないだろう」
鋳造工場では、取引先によって用意された金型に溶鉄を流し込み、指定された金属部品を作っている。
金型は使う度に磨耗や変形が生じて、使用できる回数に限界が有るのだ。
下町の鋳造工場では、大きい物や万単位の大量生産はできないが、特注品などを作る時に融通がきく。
「いや、そうじゃなくて製品の事さ。モデルガンやサバゲー用って言ったって、材質の品質レベルが高過ぎないか?」
「これまでも、ちゃんと入金されてるし、先の受注まで貰ってるんだ、文句を言うな。お前も子供の学費が要るんだろう?」
作っている製品は、ゲームなどに使う自動小銃のボディ部分と言う話だ。
確かに最近はプラスチック製ではなく、リアルな金属製のモデルガンやエアーガンが流行ってはいるらしい。
モデルであるサブマシンガンは軍用品である為に、設計図が手に入らない下町工場では、それが本物なのかニセ物なのかは区別が出来ない。
「いいか?俺達は玩具の部品を注文されて作っているだけだ。紅興業さんに仕事をもらえなきゃ、他の注文だけじゃ工場は潰れるんだよ」
部品の梱包材からパレットまで全てを準備してくれる取引先は希だ。
紅興業の場合、その全てがプラスチックやビニールだと言うのも特殊ではあるが。
工業製品を作る際、問題になる点の一つが土地代や税金、人件費などだ。
それ故に近代日本では、生産拠点を人件費などの安い海外に移す企業が増えている。
ただ、日本国内に比べて品質的に劣ったり、輸送コストが掛かる点、少数ロット生産では割高になるなどの欠点もなくなはない。
実際に、日本で開発しているロケットや人工衛星などの一点物は、融通のきく町工場などで部品を作っていたりする。
技術力を必要とする製品は、大手でも国内工場で作っているほどだ。
この様に技術力のある日本の工場だが、主にコストダウンにより、町工場などは先に述べた海外工場に仕事を奪われて、存続の危機にあるところは少なくはないのだ。
総合商社である【紅興業】の敷地内では、ユニックから20フィートコンテナへと荷物の積み替えが行われていた。
下町にある複数の工場に注文した部品をコンテナに詰めて、組立て工場へと運ぶ為だ。
通常は、個々の部品を直接に組立て工場へと運ぶ事が多いが、この商品は都内で作業する事ができない。
この【紅興業】は【紅蓮会】の枝組織の一つだ。
事務所内から作業を見ている組員が、リストをチェックしていた。
物資の仕入れ先は、海外のマフィアをはじめ、地元の鋳造工場や鉄工所、塗装会社や金属加工、プラスチック成形工場から食品マーケットまで複数多岐に渡る。
「この手の仕事は、これからも増えるんですかねぇ?兄貴」
「ああ。半年以上は、こんな感じらしい。最近は輸入品のシリアル番号から入手先を調べる捜査もされてるって言うからな。だから、弾倉一つすら残していけなくなるって話だ。それでコピー商品を自前で作っみるんだとよ」
「でも、兄貴。輸入品も無くならないんでしょ?」
「ああ、銃弾や組で使う分はな。国内生産は高くつくから主に他の組への販売用だとさ」
暴力団の抗争で、銃弾や薬莢は現場に残るが、それから銃や製造元が割れる事は少ない。
問題は、何かの拍子に使用した銃器を警察に入手された場合に流通経路を調べられた場合だ。
流通経路に査察が入れば、最悪は販売元がバレるし、少なくとも流通が止まる。
それ故に今回、国内生産を試しているのは、拳銃とサブマシンガンで、拳銃は販売用。サブマシンガンは牙釖組が使用する事になっている。
販売用ならば価格は幾らでも引き上げられるからコストはペイできるし、サブマシンガンは金を積んでも入手が困難な為にコピーを作っているわけだ。
拳銃は、個々の客が手に入れたり、まとまった数を入手するには、輸入品の価格に引き合わないリスクが伴うから高値販売が可能だ。
安い銃を大量に販売する売人は、牙釖組が組織的に潰している。
「で、この部品は洋上のコンテナ船内で組み立てるんでしょ?」
「そう言う話だ。行き場を失った奴や、不法滞在者を閉じ込めて使ってるらしい。怠けたりミスをしたら、失敗作と一緒に太平洋に沈められるんだとよ」
「苛酷っすねえ。監獄の方が、よっぽどマシじゃないですか!」
銃の模造品となれば、警察もアジア圏からの輸入品を考えて荷降ろしする物を調べるが、荷上げする物は調べない。
そこで国内で部品生産し、コンテナ船に積み込んで洋上の船内で組み立てているのだ。
コンテナ船の荷物は半分以上が、ちゃんとした仕事のコンテナで、残りの一部が連結されて工場や居住区と化している。
コンテナは一つの港で全てを降ろす事が無いので、複数の港を転々とするコンテナ船には、常に残るコンテナが有り、怪しまれることはない。
コンテナ船内で組み立てられた銃器は、テストの末に日本近海で漁船などに積み替えられて日本入りしていく。
梱包材を含む部品よりも、製品の方が体積は小さくなるので漁船レベルでの搬出が可能なのだ。
この梱包材なども、下町の町工場で作られている物だ。
空になったコンテナには、作業員の生活ゴミと部品の梱包材などが、海外へのプラスチックゴミ処理委託として詰め込まれて海外へと納品される。
海外へのプラスチックゴミ輸出は、現在も社会問題となっているが、それに便乗しているのだ。
「あとな、組を裏切った奴や、不祥事起こした組員も、コンテナ船送りらしいぜ」
「しぃえ~っ!他人事じゃないじゃないですか?」
極道は決して楽なものでは無い。
だがこれで、紅蓮会と牙釖組の縄張りの産業は潤い、地方暴力団への武器販売によって経費の一部を補填している。
そして、武装強化と組の勢力拡大により、他の収入源の利益を大きくして収支を賄っているのだ。
奪うだけでは、地域は潤わず、地域が寂れれば組は衰退するのだから。




