31 集団の力
単体で【最強】を望むのは、社会を知らない者や子供にありがちな事だ。
物語りのスーパーヒーロー物に憧れ、準備や協力もせず戦術や犠牲も無しに、自分だけの特殊な能力や武器だけに頼って【無双】をしたい彼等のソレは、まさに【夢想】でしかない。
日本の特撮ヒーロー物には、『相手は一人だ。皆は手を出すな』などとは言わず、五人で一人の敵を殺すなど、実に現実的合理的で卑怯な者も例外的に存在はするが。
『自分だけが特別』とか『自分だけが頑張っている』、『自分だけが努力をしている』と考えるくせに、悪い事は『どうして自分だけが?』と掌を反すのは周囲が見えないエゴイストで社会適応性を疑わざるをえない。
現実的な一時的【最強】は、集団を作ったりソレに加わって、数の暴力で蹂躙するのが歴史的に認められたてきた事実だ。
軍隊や暴動、多数決に民主主義。
その【数の暴力】は、非合法組織や犯罪組織にも言える。
多くは、自分の所属する組織の力を笠に着て無理を通そうとするものだが、中にはソウでないものもある。
仮に、【単体での最強】を手にしたとても、至る未来は皆に称えられたり尊敬されたりではなく、恐れられたり恨まれたりや、利用されたりでしかないのだから。
ある日、山手線の駅ホームで転落死亡事故が発生した。
駅はホームドアの工事中で、時期が悪かったとも言える。
電車を止めてまで行われた遺体回収作業は既に終え、関係者の身元調査や事情聴取も終了して構内撮影していたビデオの検証をしている最中だ。
「状況としては、朝帰りの酔っ払いが始発待ちの行列にぶつかった。倒れた客かまドミノ倒し風に連鎖して最前列の仲川修一さんを押し出してしまい、電車の入ってきた線路上に転落した様にしか見えませんね?」
「直接に仲川を押した形になっている田辺健吾は前科者ですが、彼は元々が前から三人目で、前の二人組がトイレに行った為に繰り上がった様です。特に脅迫や会話などの形跡は有りませんし、当人の証言でも問題なしです」
関係者は仲川を含めて15人。
今回の捜査に、警官以外に刑事が加わっているのは、この田辺と言う前科者が居る為だ。
「怨恨の線は?」
「仲川は大手企業のエンジニアです。田辺を含めて接点は見つかりません」
仲川修一は、某大手企業のシステムエンジニアだ。
他社を出し抜く新製品の基幹システムを開発しているが、それも完成に近かかった様だ。
多くの企業所属エンジニアが体験する様に、彼が独自に開発したシステムを企業は既存の給料だけで入手しようとしていた。
だが、自宅での勤務時間以外を用いて基礎システムを開発してきた彼は、会社に採用はされたが、この企業方針に納得がいくはずもない。
こう言った利権案件は、近年だと青色発光ダイオードの開発特許の裁判沙汰が記憶に新しい。
仲川修一は基幹システムを暗号化し、現在は自らの所属する企業と交渉中であった。
この争いは企業内でも噂になり、漏れた情報により他企業からのヘッドハンティングも申し込まれている。
会社のライバル企業ならば、こんな仲川の命を狙うのだろうが、そこと今回の関係者との接点が、どうしても見つからない。
田辺が殺害依頼を受けていたとしても、状況があまりにできすぎているのだ。
仲川以外は地元住民か、飲み屋の馴染み客であり、仲川は勿論だが相互の人間関係すら見出だせなかった。
「他の14人は兎も角、仲川は何故、この駅に居たんだ?」
「残ったスマホの履歴から察するに、出会い系サイトでの待ち合わせでスッポカされた様ですね」
この仲川修一の趣味は、ネットで知り合う女性との逢瀬だったりする。
後腐れない関係に限ってきた彼は、それが問題には成らなかった。
今までは・・・・
「最容疑者である田辺の身柄は確保してあるのか?」
「確保と言うか、転倒して手首の捻挫に加えて頭を打った形跡も有るので、検査入院の形をとっています。勿論、私服警官も配置済みです」
どう見ても事故なのだが、万が一を考えての配備だった。
もし、企業ヤクザの接触が有れば、全てが引っくり返るかもしれない。
田辺が担ぎ込まれた病院では、看護婦が彼の湿布を替えに病室を訪れていた。
病院関係者は刑事の事を聞いていたので、軽くアイコンタクトをとってから病室に入っていく。
「看護婦さんよぉ~退院させてくれよぉ~。入院費なんて払えないぜ」
「何を言ってるんですか!捻挫は初期の処置が重要だし、頭だって打ってるんですよ」
ひと悶着しながら、看護婦は病室の扉を閉めた。
扉を閉めた看護婦は医療品の乗ったワゴンから手を離し、ポケットからスマホを取りだした。
アドレスから発信をしてソレを田辺へと差し出しす。
医者や看護婦は、病院専用のPHSを首から下げているが、それとは別の物だ。
「何だよ、看護婦もなのかよ」
スマホを受けとる田辺の言葉を看護婦は苦々しい顔で聞き流し、捻挫した腕の湿布を取り換えだした。
『よう!田辺さん。重症らしいじゃねえか?』
『あぁ、あんたか。たいした事はねえよ。それより仕事はアレで大丈夫なんだよな?」
『ああ、重畳だ。金は女に渡してある』
病室に盗聴機が仕掛けられている可能性を考えて、田辺の方は言葉を選んでいる。
「なんか、事故の関係者は皆が地元らしくてな」
『何だ?詳細を【知りたいのか?】』
「いや、別に構わないんだが・・」
電話の相手の【知りたいのか?】が、【死にたいのか?】の前フリである事に気付いて、田辺は詮索を諦めた。
彼の印象では、関係者は全員がグルな様に感じたのだ。
電話の相手の反応からするに、それは的外れではない様だった。
実際、担ぎ込まれた近くの救急病院の看護婦すら、この様にグルなのだから。
『半年たったら本家まで来い。親分が盃を交わしてくれる』
「俺も出世できるんですね?」
『当然、最初は下っ端からだがな。牙釖組はヤクザじゃなく極道だ。約束は守るさ』
「その割に、今回の仕事に仁義は見えませんけどね」
『我々にも金は必要だ。それに誰かの正義は、誰かの悪なんだよ。俺達は交渉や仲介をしているのさ』
相手は、そう言って電話を切った。
極道は、昔から交渉や仲介をしてきた存在だ。
その手段の一つに荒事があるので、そちらの方がメインに思われ勝ちだが。
暗殺も、暴力団を通しての依頼が多い。
田辺は、牙釖組傘下の小さな組で、鉄砲玉として殴り込みし、|(刑)務所から帰ったばかりの男だ。
彼に声をかけた男は、名乗りもしないで今回の事を持ちかけた。
組の名前はカタリかも知れないが、具体的に個人名を名乗らなかったのは、警察への内通に対する用心だろう。
偽名は、後々面倒な点もある。
今回の仕事は条件も良く、前金も高額だったので引き受けたが、かなり組織的な行動だった様だ。
牙釖か、紅蓮の様な大きな組だったのは確かだ。
「看護婦さん、ありがとうな」
田辺は、そう言うと捻挫の湿布交換を終えた看護婦にスマホを返した。
看護婦は無表情にソレを受け取り、ポケットにしまう。
「御大事に・・・」
看護婦は何事も無かった様に、病室を出ていった。
開いたドアの向こうに、こちらを覗く姿がある。
「やっぱり警察が張り付いてやがるか!」
病室を抜け出す事は無理な様だ。
さりとて、警察に協力すれば、病院食に毒を盛られかねないのは田辺にも予想はつくし、外でも牙釖組とかの手が伸びるだろう。
「(最近の牙釖は紅蓮と組んで資金力を使った軍隊化してるって聞いたが、これじゃあまるでCIAとかの諜報機関じゃねえか)」
声を潜めて田辺が感じた事は、的を得ていると言える。
今回の様に、企業にまで手を伸ばしている以上に、彼等は政治にまでも手を伸ばしていたのだった。
田辺は自分の選んだ選択肢の先を考えるのを諦めて、病室のベッドに身と意識を沈めた。




