30 紅蓮会の仕事
とある町角のタバコ屋を、年老いたお婆ちゃんが店番をしていた。
最近はコンビニや自販機の進出で減ってはいるが、無くなった訳ではない。
めったに客の来ないコノ店に来ている男は、実は某大臣の秘書をしている者だ。
タバコを切らしたらしく、移動途中で見つけたタバコ屋に立ち寄った様に見えるが、その実は違っていた。
「封筒を預かっているそうだが?」
「茶封筒かい?」
「違う。白い封筒だ」
何かの合言葉らしい会話の後に店番の老婆から差し出されたのは、真新しい白封筒だ。
大臣秘書は周りを気にしながらタバコ屋から少し離れ、その封筒からスマホを取り出した。
何処かで彼の動向を見ていたのだろうか?直ぐに鳴り出した呼び出し音に、秘書は急いで出る。
『不良娘の父親は大変だなぁ?』
「娘は、娘は無事なんだろうな?」
『今、声を聞かせてやる「お父さん、ごめんなさい」』
「美香、大丈夫か?」
『「大丈夫だけど、沢山の男の人に囲まれて」おっと、ここまでだ。約束通り、手荒な真似はしていない。オマエは指示した物を持ってきたんだろうな?』
「ああ、ちゃんと持ってきた」
「分かってると思うが、警察に通報してもオマエの娘の不祥事が明るみに出るだけだぞ。娘にも見せたが店内セキュリティカメラの映像も確保して、マスコミに流す準備はできている。娘の一生を台無しにするか、オマエが今の大臣を裏切って転職するかの二択だからな」
昨日あった連絡では、友人と夜遊びしていた未成年の娘が酔って、店の従業員に大怪我をさせたそうだ。
被害者は、今も生死の境をさ迷っているらしい。
これを有耶無耶にする為に出された条件が、彼女の父が秘書を務める大臣の贈収賄やら人間関係の、大臣が失脚する程の証拠を押さえて流す事だった。
大臣が失脚した後の彼は、第三者的立場の議員が引き取る話まで持ちかけられている。
大臣に相談したところで、秘書の首切りで見放されるのがオチだと言うのはさんざん見てきた。
それに父親としては、自分の身よりも娘の将来の方が心配ではある。
彼は、秘書にしか知らされていない書類のコピーや、それを入手するまでのビデオ映像をUSBメモリーに入れて持参してきた。
ビデオ映像を入れているのは偽造資料でない証拠とする為で、相手側の指示でもある。
『そのスマホと資料を封筒に入れて、タバコ屋の婆さんに返しておけ。内容が十分なら娘は返してやる。不十分なら追加も有るがな』
「その点は大丈夫だ。政治生命どころか、夜逃げするレベルの物まで入っている。だから娘には手を出さないでくれ」
そう言って通話を切ると、大臣秘書は指示通りにスマホとメモリーを封筒に入れて、タバコの婆さんに差し出した。
「相手に返しておいてくれ」
「おや、もう良いのかい?」
老婆は、少し首を捻りながらも、白い封筒を受け取った。
恐らくは、封筒を渡す所までしか聞いていないのだろう。
大臣秘書は項垂れながらも、そのタバコ屋をあとにした。
その後、封筒の主である男が現れたのは夕方の事だった。
「面倒事を頼んで済まなかったな、婆さん」
「なんて事ないさ、お得意さんの頼みだしねぇ。ただ、封筒は返されたよ」
「ああ、問題ないんだ。本当にありがとうな。あと、いつもの頼むよ」
「あいよ!準備できてるさね」
男が出した数枚の万札と引き換えに、店番の老婆が差し出したのはタバコが満載の手さげ紙袋だ。
その上には、茶封筒と白封筒が乗っている。
「ツリは要らねえからな」
「いつもすまないねぇ」
手さげ袋を持った男は軽く挨拶をして、タバコ屋を去っていった。
因みに茶封筒に入ったスマホには、店員に怪我を負わせた娘の映像が入っている。
警察が介入しても、大臣秘書の首が締まるだけの話となっていた。
離れた大通りに停めてあった黒ベンツには、タバコを口にした男が乗って待っていた。
「御苦労だったな。さぁ、乗れよ」
「へい、兄貴。警察の張り込みも、尾行も無い様ですね」
「有ったらあったで、楽しみなんだがな」
タバコの手さげ袋を持った男は、そのまま車に乗り込んだ。
「しかし大臣も、あの地区の再開発に手を出さなければ、任期を満了できたんでしょうね?」
「縄張りの再開発は牙釖組にも利益をもたらすが、あの地区は牙釖組の若頭と姐さんに加えて、紅蓮会の若頭も関係している地区らしくてな。手間を掛けて調整した区画らしい。お前も関わっちゃあならねえぞ!」
「俺は親分が率先してるって聞いてますよ。勿論、立ち入りもしやせんぜ。しかし、これで再開発計画とかも白紙なんでしょう?」
「ああ。反対派には紅蓮会の支援が入ってるからな」
車で暫く走った後に、男は白封筒からメモリーを出して兄貴分に渡したのだった。
件のタバコ屋の近くにある木造アパートでは、二人の警官が身を潜めていた。
警察も無能ではない。
あのタバコ屋は、牙釖組の人間が定期的に接触している店である事は掴んでいたが、ここ数週間は回数が増えていた為に用心しての張り込みだった。
開いたカーテンの隙間からは、ビデオカメラの望遠レンズが覗いている。
「今日のは、明らかに何らかの接触じゃないですか!職務質問すれば、証拠が掴めますよ」
「そうかも知れないが今回のは相手が悪い。牙釖が紅蓮と組んだのは知っていたが、これはヤバイ案件だ」
「奴等は単にヤクザでしょう?何を躊躇する必要が有るんですか?」
「お前は、何も分かってないな」
マル暴の新人を、先輩警官がなだめた。
「あの相手は確か現在の大臣秘書だ。それからすると、今回の件は紅蓮会が絡んでいるだろうから、大臣が揺すられているにしろ大臣とヤクザが組んでいるにしろ、これは政治的スキャンダルになる。それを警官が主導で暴いたとなると、当の大臣がどうなろうと、その親派閥から警視庁が圧力を受ける事になるんだよ」
「政治に干渉される事なく、法を守って執行するのが警官じゃあないんですか?」
「確かにソウだが、警視庁の上層部が、その騒ぎを引き起こした奴を放っておくと思うか?俺は北海道や地方の島の駐在所に転勤するのは嫌だからな。俺と組んでいる【今】は、断固として職質などを行わせるわけにはいかない。第一、状況証拠だけで持ち物まで調べるのは越権行為だろ。それで有力な物証が出るとは限らない」
警官と言えども人間なのだ。
正義も大切だが、自分や家族の生活も大切なのだ。
相手が犯罪者だけなら警察が家族を守ってくれるが、警察と言う組織が敵に回ると話は変わってくる。
「では、このまま見逃すんですか?」
「いや、接触があったらしい事を上に報告はする。餅は餅屋だ。我々【マル暴】が対応しないだけだ」
確たる証拠も無いのだ。報告さえすれば彼等の責任は回避できる。
警官にも処世術は必要だったりするわけだ。
後日、任期中の某大臣の汚職や横領がマスコミにより公表され、件の大臣は辞任に追い込まれた事がテレビでも報道される事となる。
しかし、その後釜になったのが、紅蓮会に支援された者である事や、某大臣が推進しようとした都内の再開発地域に、橋本真珠が住んでいた事などとの因果関係を知る者は少なかった。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。




