03 母の実家
地元極道への挨拶が終わった翌日。
田園風景の田舎道を、数台の普通車が連なって走っていく。
点在する桜の開花が、その季節を物語っていた。
そのうちの一台は白いクラウンで、後部座席には二十代の男女が乗っている。
男性は濃い茶髪にグレーの背広姿。女性は清楚な着物姿だ。
「幸治、全員居るんだろうな?」
『はい、若頭。御嬢さんと従弟君以外は農作業から帰宅して昼食を終えてます』
ハンズフリーフォンでのやり取りは、先行している部下とのものだ。
目的の家には、学生である二人を除いて全員が居る様だ。
「昴さん、本当に宜しいので?」
車を運転していた中年男性が後ろの青年に問いただした。
「ああ、千島さん。これは俺の【筋】って奴ですから」
運転手は口角を上げると、無線を飛ばして他の車から離れていく。
「しかし、この染料。ちゃんと落ちるんだろうな?」
「カタギ姿の昴さんも、なかなか素敵ですよ」
いつもの脱色した白い髪の毛を、特殊な染料で一時的に茶パツに染めた昴は、どうも感触が気に入らないらしい。
笑いと苦笑いを乗せて車は、しばらく田舎道を独走し、白いハイエースの横を通過して、山合の農家の前で停まった。
ピンポン!
「ごめんください。橋本さんのお宅はこちらでよろしいんでしょうか?」
『はい。橋本はうちですが、どなた様で?』
「はじめまして、東京から御挨拶に参りました、駿河昴と申します」
『するが?〔駿河昴?〕』
インターフォンに出たのは中年男性だったが、背後で女性の声がした。
『し、知らん!駿河なんて知らん。家を間違えたんじゃろう』
「この辺りに橋本家は、ここだけですよね?不肖とは言え孫が訪ねて来たのに、門前払いですか?」
昴達は、入念に下調べして来ている。
間違いなんて事はない。
『知らんたら、知らん!帰らんと警察を呼ぶぞ』
「呼ぶんでしたら、どうぞ。昨今は遺伝子解析で親子の判別もできるらしいので、橋本家が駿河家と繋がりがある事を知られますよ」
『ヤクザが、脅す気か?』
先ほどとは変わって年配男性の声に代わった。
恐らくは、先に出たのが叔父で、後に出たのが祖父なのだろう。
「事実を明るみに出す事が、脅しになるのですか?ああ、あれは御近所の方かな?東京の親戚が訪ねて来ただけと言えれば良いが、詳しい説明が必要になるかなぁ」
『ち、ち、ちょっと待て!』
流石に、近所にも知れるのもマズイと思ったのか、奥の玄関が開き、息を切らした老人が仁王立ちしているのが見えた。
勿論、近所の人が見えたと言うのはブラフだ。
「・・・駿河さんとやら、兎に角、中に入りなさい」
「では、お邪魔します」
昴と同年代の女性が微笑みながら、玄関を入っていった。
「橋本家の皆様方におかれましては、御健勝の御様子、お喜び申し上げます」
「ヤクザに喜ばれても困りものじゃがな。で、その不肖の孫とやらが何の用じゃい!金でも無心に来たのかのう?」
案内された居間にある襖の向こうに、人の気配がある事を昴は感じ取っていた。
目の前に出たのは祖父と叔父だけだが、他に祖母、叔母が居るのは調べがついている。
「はい。本日は、これなる二階堂紗香との婚姻が決まりましたので、その御報告に参りました」
同行した紗香が、正座のまま静かに頭を下げる。
「見も知らずの者に報告とは、酔狂ななものじゃのう?」
あくまで他人を装おうつもりらしい。
確かに血縁があるとは言え、初対面ではある。
母親に至っても、写真はあるが記憶には無い。
相手の対応は兎も角、こちらが【義】を通せば、用件は済む。
「母上、そこに居らっしゃるんでしょ?」
僅かに畳が擦れる音がしたが、返事は無かった。
「そうですか?まぁ俺達は、他者から認められなかった者達です。だから、疎まれるのには慣れっこですよ」
昴は、母が任侠の世界に耐えられず、彼が一歳の時に姿を消したのを聞いていた。
母は昴を息子として見捨てたが、昴は彼女を母として認めているからこそ、ここに来ている。
「母上にとって、俺は忌まわしい過去なのかも知れませんが、この挨拶は、俺にとって欠く事のできない【義】なんですよ」
昴本人の気持ちを別にしても、礼儀を欠く事は任侠道にある者にとって禁忌とも言える。
特に、組のトップに立つ事になる昴は、例え縁を切られていても、冠婚葬祭の報告はしなくては配下への示しがつかない。
「私は貴方を捨てたのよ。【母】なんて言える存在じゃないわ」
やっと母の声を聞けた昴は、その内容に関係なく笑みを浮かべていた。
「それに、ヤクザに立ち寄られては、こちらも迷惑じゃ」
この母親は、実家に黙って昴を産んだのだ。祖父の反応はカタギとしては普通なのだろう。
実家に帰ってから真珠を身籠ったことが分り、全てを家人に話したのが、ここまでの反応で推測できる。
「迷惑なんだろうが、あんたのお陰で今の俺は生まれてこれた。だから、その礼だけは言わせてくれ」
昴は、【迷惑】と言われたので佇まいを崩し、普段のドスがきいた話し方に戻した。
「本性を現したか?」
「そこは、他人行儀じゃ無くなったと誉めるべきなんじゃないですか?まぁ、手土産でも受け取って下さい」
横に居た紗香が、風呂敷に包まれた物を差し出した。
突然に押し寄せたのだ。手土産の一つも無いのは一般人でも非常識だろう。
「見ず知らずの方に物を貰うのは、後が恐い。お持ち帰り願いたいが?」
「御迷惑とあれば、致し方ありません」
中身は分からないが、金品物品の受けとりが、どんな結果をもたらすか想像ができなかったのだろう。
紗香が押し出した包みを手元に下げた。
「では、御不在の方々にも宜しく御伝え下さい」
「うむ!駿河と言う珍客が訪ねてきたと言う事は、伝えるとしよう」
昴達は一礼をして、玄関から出ていった。
「紗香、よく耐えたな」
車が走り出してから、土産を握り潰している紗香に、昴は優しく声をかけた。
「す、昴さんが『喋るな、事を荒立てるな』と仰ったので我慢しましたが、何なんですか、あの対応は?」
「そんなに怒らないでくれ。御袋の声を聞けただけでも収穫だし、紗香の綺麗な顔が台無しじゃないか」
『綺麗』と言われて、紗香の顔が、若干ほころび、昴の肩に頭を傾けた。
昴は、後部座席に置かれたファイルから、母親の望遠写真を眺めて、笑みを浮かべている。
「じゃあ、千島さん。予定通り、街に向かって下さい」
「分かりました、昴さん。ステージ2も終了して、ステージ3にかかるんですね」
分散していた車が再び連なり、一同は農村を離れていった。
一方で、残された橋本家では、家人が一堂に会していた。
「とんだ過去がやって来たもんじゃな!会わなくて良かったのか?」
「今さら、どの面を下げて会えと言うの?」
離乳期までは頑張ったが結局、橋本八重子は昴を捨てて逃げ帰ったのだ。
「しかし、およそ20年ぶりか?姉さんの事を、よく調べられたね?」
「たぶん、ここからの手紙を駿河家に転送処置してたから、家の人が差出人住所を控えていたか、あっちを出た後の到着便で分かったのだと思うわ」
「これまでは、音沙汰無しじゃったんじゃがなぁ」
恐らくは、昴の父である駿河弥彦が、八重子を任侠界に関わらない様に、接触を控えさせていたのだろう。
「で、この事は真珠には話すのか?」
「向こうは、真珠の事は知らない筈だし、真珠には話したくないわ」
「そうだな。駿河が知らないなら下手に話すのはヤブヘビになるしな」
親の汚点は、知らない方が子供の為だ。
橋本家としては、今回の訪問は闇へと葬ることになった。




