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28 図書館と祝い事

 マトモな生活をしていれば、よほどの事がない限りはヤクザな人達のお世話になる事はない。

 ヤクザな人達に利用されたり、弱味を握られている人達の大半は、その人自身の言動に原因がある場合がほとんどだ。


 オレオレ詐欺にしても、息子だとか孫と十分な連絡や交流が有れば、防げる事が多い。

 昭和中期ごろからの核家族化が根底の原因とも言われている。




 大学に通いはじめてから二ヶ月後に真珠は、昴の手配した御手伝いに聞いていた求人募集の方法で図書館の仕事をメインに、幾つかの求人に応募していたのだった。


「頑張って簿記資格をとっておいたおかげかしら?」


 真珠の元には、応募した幾つかの図書館から合格通知がきていた。

 都内では、図書館でのアルバイトは多くある。

 地区の施設図書館をはじめ、学校にも図書館があるからだ。

 中には司書資格取得支援や、正社員への登用を優遇してくれるものもある。


 実際は、アパートと大学の近くの図書館には紅蓮会のテコ入れも有ったのだが、本人には知らされていない。

 彼女が下見に行ったのを、プレアデスが報告しての手まわしだ。


 図書館では、どんなに有能でも、アルバイトにお金に関わる事をさせられないので、真珠の仕事は本の返却受付と棚への収納、本の修理補佐だ。

 最初は教育係りが付いていたが、仕事ぶりを見て早々に教育は不要と判断された。

 今は、正社員に言われた仕事を、独りで黙々と続けている。


 返却された本の痛み具合を確認し、本棚に返している真珠の元に、本を手に近づく青年が居る。


「すみません、読み終わったんですが、本の有った場所が分からなくなってしまったので、戻しておいてもらえませんか?」

「承知しました。お預かりします」


 広いテーブルまで本を持って行って読む図書館ではアルアル案件だ。

 カウンターの職員と同じ制服と名札、棚への収納作業をしていれば、図書館の職員である事は一目瞭然なのだろう。


 星座の本を手渡した後の青年の視線が、顔を動かさないまま左右へと何度か動いた。

 その奇妙な動きに真珠の呼吸が、一瞬だけ止まる。


「あと、近日中にスピカ姫へプレアデス様から御誘いが有るそうですよ」

「プレアデス・・・・」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で告げたあと、青年は図書館の出口へと向かった。

 返されたのが【星座と神話】の本だけあって、あまり矛盾する会話ではない。


 だが、


「御兄様の遣いよね?学生っぽかったけど、組員とかじゃ無いわね?確かに、この伝言だと他人には分からないでしょうけど。未定だけと予定を開けとけって事かしら」


 スピカは【真珠星】と言う和名を持ち、プレアデスは【昴】と言う和名を持っている。

 プレアデス/プレイアデスも神話的には【姫達】なのだが、あえて付けられなかった意味を彼女は理解していた。


 つまりは兄から彼女への伝言と言う訳だろう。

 アルバイト先は、就職が決まった時点で昴達に報せてあるので、この様な連絡があるとは思っていた彼女ではあるが、少し予想外の形だった。


 だが、こうして牙釖組関係の者が接触してくると、周りを見る目も変わってくる。

 改めて真珠は、図書館の中にいる人間を見回すが、どれも普通の人に見える。


「この来客の中に、御兄様の関係者が居るのかしら?」


 牙釖組の者が見守ってくれているのは知っているが、ほとんどは先の学生みたいに区別がつかない。




 真珠が勤める図書館の職員用トイレで、一人の女性が旧式の電話機で話をしていた。

 一人づつしか入れない小さなトイレだ。

 この女性は図書館の人事担当の正社員だった。


「はい。来週と再来週は、スピカ姫が何時(いつ)休みを取ってもいい様に、勤務シフトを調整してあります。はい、大丈夫です。ですから、取り立ての方はもう少し・・・はい、ありがとうございます」


 この女性は、何者かに弱味を握られているらしく、職権を乱用して【スピカ姫】とやらのスケジュールを融通しているらしい。


 短い会話の後で、この職員は旧式電話機の電源を切り、後ろのバッテリーを外して小さなポーチに入れた。


 取りあえずは便座の水を流し、手を洗ってからハンカチで手を拭いてトイレを出ていく。


「さて、もうひと頑張りしますかぁ」


 女性は、一回だけ大きく背伸びと深呼吸をしてから、何事も無かったかの様に自分のデスクに腰を下ろした。




 真珠の元に昴からメールが来たのは、その三日後だった。

 来週の日曜日に図書館への就職祝いをしたいからと、時間と待ち合わせ場所、車の車種が送られて来ている。


 日曜日は、大学も図書館も休みなので、真珠は特に休暇願いなどを出す事もなく済んだ。


「えっと、緑色の個人タクシーだったわよね?」


 待ち合わせ場所は、東京駅近くにある有名デパート前の一般道だった。

 いく分は人通りのある道で、主に女性の通行人が多い。


 通りすぎる車達を横目に、スマホでメールの内容を確認していると、手を上げていた訳でもないのに一台のタクシーが彼女の前で止り、ドアを開けた。


「御客さん、乗ってくんでしょ?」

「えっ?」


 まだ、約束の時間には早いので驚いてタクシーを見ると、緑色の屋根に【個人】とかかれた社名表示灯(ランタン)が乗っていた。


「あのぅ、この車は?」

「まだ指定時間には早いですが、スピカ姫を無用心に立たせておくと、うちの組長(オヤジ)に叱られるのでね」


 真珠は、一応は周りを見回してから、そのタクシーに乗り込んだ。

 日頃から、昴の用意した【見守り隊(プレアデス)】が見張っているはずなので、真珠が間違ったタクシーに乗る様ならば、何らかの動きがあると思ったのだ。

 だが、周囲では何の動きも無かったので、この運転手の言う通りなのだと判断しての乗車だ。


 最近では、スマホで呼び出すタクシーも有るので、特に手を上げずにタクシーに乗る姿も珍しくはない。

 ただ、これが個人タクシーである点を除けば。

 

 タクシーが走り去った後、反対側の歩道を歩いていた老婆が、スマホを見ながらハンズフリーフォンをつかって小さく呟いていた。


「たった今、スピカ姫は指定のタクシーに乗車しました」


 老婆は、電話をかけ終えた後、スマホのデータから本人確認の為の真珠の写真を消去した。







 高級ホテルの最上階レストランには、見晴らしの良い個室が存在する。

 VIPの接待などに用いられる場所で、よほどのコネがなくては見る事も出来ない。


 今回、この部屋をリザーブできたのは、大物政治家の口利きが有っての事だった。


 外には、目立たない所に数十人の部下が警備に当たっているが、部屋の中に居るのは牙釖組組長を務めている駿河(するが)弥彦(やひこ)と、組長の息子で同若頭(わかがしら)(すばる)若頭姐(わかがしらあね)紗香(さやか)。更には、その紗香の実弟である紅蓮会若頭の二階堂(にかいどう)浩太郎(こうたろう)という四人だけだ。


「お前の事だから抜かりはないと思うが、真珠の周辺は大丈夫なんだろうな?」

「心配するなよ親父。昔から夜逃げの移住先に使っている練馬のアノ地区に、真珠のアパートは有る」

「あそこか?あの区画はウチの事務所も縄張り(シマ)も無いが、入り込もうとする組や犯罪者を(ことごとく)く始末してきた空白地帯だ。住民の全員がカタギだが、ウチが弱味を握っている手駒が多い」

義父様(おとさま)。それに今はプレアデス達を配置していますから、御心配には及びませんわ」


 戸籍ロンダリングなどで新生活を始めた者を受け入れる場所を探すのは、容易な事ではない。

 だが、同じ様に戸籍ロンダリングをして牙釖組の息が掛かった者が多数居る地域なら、住民に拒否権は無い。

 過去の詮索などもせず、ろくな身元調査もせずに、仕事の斡旋もしてくれる。


 牙釖組では数世代に及んで、この様な地区を複数つくってきていた。


「やっと真珠姉さんに会えるのかぁ~楽しみだなぁ」


 真珠と初顔合わせとなる浩太郎もワクワクしている。


 この四人。橋本真珠の実父、実兄、義姉、義弟と言う関係だ。

 今日は真珠の大学合格祝いとアルバイト就職祝いと言う事で、縁者を集めての食事会を行う事になっている。


 牙釖組との関係を隠す為に、昴達の結婚式にも呼べず、真珠の大学入学祝いも今回の様に日延べになっていた。


 部下からは、真珠も無事に迎えの車に乗ったと知らせが入っており、じきにホテルの地下駐車場に到着するのだろう。


「真珠に会うのは一年ぶり以上だな。大きくなっただろうか?」

「義父様、あの歳の女の子は、そうそう伸びるものではありませんのよ」

「ああ。だが、髪型なども変えて、かなり大人びた感じに成ってる様だぜ。もう彼氏もできてるかも知れないな、親父」


 昴の冗談に弥彦の両目が見開かれ、顔が赤く染まっていく。


「男ができてるのか?許せん!真珠は嫁にやらんぞ!手を出した奴は沈めてやる」

「そんな事言ってると、娘に嫌われるぜ」

「娘に対する親馬鹿は、何処もたいして変わらないわね」

「ほんと、姉さんの時も大変だったしね」


 駿河弥彦を除いて、笑いの溢れる室内だった。


この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。

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