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27 戸籍ロンダリング

 毎年、世界では多くの者が行方不明になっている。

 日本でも、警察が把握している令和3年中の行方不明者は、約八万人に至ると言う。


 行方不明者の中には、事故などで遺体が発見できなかった者や身元確認ができなかった者の他に、事件の関係者や目撃者として非合法に処分された者と(みずか)ら失踪した者が居る。


 そして実際には、警察が把握していない行方不明も多数あるのだ。

 これらの者は宙に浮いた戸籍となっており、運転免許証やマイナンバーカードなどの様な写真の掲載されている物との差異を調べなくては、他者が利用しても知人以外には区別がつかない。

 今後、自動の顔認証システムと警察連携の監視カメラが広く導入されれば、その正確性は上がるのだろうが、それも整形をしたと言われれば効力を失いそうだ。

 犯罪歴などが無ければ、指紋も遺伝子情報も捜査機関は入手できないからだ。


 海外では第二の人生を送る【証人保護プログラム】と言うものがあるが、この様な戸籍を使うのか、新たな戸籍を作るのかは明かされていない。

 過去を払拭するこの行為は、【戸籍ロンダリング】とも呼ばれている。


 この【浮いた戸籍】は、犯罪組織によっても売買される事があらしい。


 ただ、こう言った手段で新しい戸籍を手に入れた者は、余程のバックが居なければ、その犯罪組織に生殺与奪権を握られる事になるだろう。


 そんな戸籍ロンダリングをした者が、ここにも一人居た。


「本当に、こんな大病院で大丈夫なんでしょうね?」

「ああ。ここの理事も院長も、(うち)の協力者だ。お前の新しい履歴では、過疎の田舎で廃業して離婚して、旧友のコネで東京の総合病院に就職する事になっている。その田舎も自然災害で去年に崩壊していると言うのは資料にも書いた通りだ」


 世の中には、様々な理由で医師免許を剥奪された者が居る。

 多くは他業種に転職するが、一部には身を偽ってでも復帰を望む者も居るのだ。

 また、組などの犯罪組織が免許剥奪された者を強制的に復帰させる場合もある。


 ここでは【協力者】と呼ばれて居る彼等も、違う内容で【組】に弱味を握られている者達だったりする。

 特に病院関係者は裏口入学や代理受験にはじまり、出世争い相手の事故死や浮気の隠蔽など、裏の稼業に仕事を頼む者が存在している。


 いや、あえて裏稼業側から声をかけていたり、美人局だったりもするのだ。

 そんな案件は現実に、半世紀以上前から実在している。


 例え今は大病院の医院長でも、大学受験時の事を公表されれば、信用と資格を含めた全てを失う。


「知合いや正体を怪しむ者が出たら、医院長か俺達に連絡しろ。対応してやる。その代わり・・・・」

「分かってますよ。求められれば【訪問往診】するんでしょ。設備は整っているんでしょうね?」


 組員には、健康保険に入れない者が居たり、非合法行為による怪我で一般の病院に行けない者が居る。

 その様な場合に備えて組では、外科手術ができる環境を整えているのた。

 一部には、町医者自体を買い取っている場合もある。

 町医者の一部は、経営難な所も少なくない。

 資金貸し付けの条件に協力を要求しているのだ。

 助手が必要な場合などに、この様な組に関係のある大病院勤務の者が応援に来る事もある。


 特に整形外科などは、戸籍ロンダリングをする組織には必要不可欠な施設だ。

 できるだけ、戸籍の持主に似せる必要がある場合も少なくはない。


 そして戸籍ロンダリングの対象は、医者に限らない。

 夜逃げした会社員、事件を起こした者などは、他業種の地味な仕事場を望む。

 この場合、縄張りを持ち地回りとしての【組】の立場が役に立つ。


 この様な方法でも紅蓮会は勢力を伸ばしてきており、今日(こんにち)では牙釖組が、そのバックアップに回っている。


 紅蓮会が個々の戸籍改竄者に求める事は、決して多くはない。

 最初こそ金品を要求するが、その後は問題にならない程度のアリバイ証言や、証拠偽造の手引き。可能な範囲での情報収集や人事的な裁量などで、使用する際も協力者に影響が無い様に配慮している。


 集めた情報などは協力者の地位向上や、脅迫のネタや証拠隠滅の材料として紅蓮会の運営に役立てている。


 下手をすると、いつも通っている店の従業員が極道の手先で、客の動向や個人情報を集めているかも知れない。







 とある歓楽街のビルの地下にある和食飲み屋のカウンターで、一組のカップルが飲んでいた。


「高級レストランのフレンチも悪くはないけど、やっぱり気がねしないですむ飲み屋の方が楽しいわね」


 他には、テーブル席の客が二組居るだけだ。


「そんな御嬢の為に、今日はいつもより腕に縒りを掛けて作らせてもらいますよ」


 世話になった知人が自分の店を利用してくれた事に、店主も嬉しそうだ。


「俺はフレンチよりも日本食が好きだから、お前にソウ言ってもらうと嬉しいね。さあさあ、もっと飲めよ」

「あんたったら、女房を酔わせてどうしようって言うんだい?」


 そう言いながら、女は嬉しそうにコップを男に差し出した。

 どうやらパーティの二次会らしく、男はスーツで女はドレス姿だ。


 そんな和気藹々(わきあいあい)なカウンター席へ、不機嫌な視線を送る客の一人が席を立った。

 他の客よりも長く店に居座っていて、かなり酔いも回っている様だ。

 少しカラフルな色のスーツ姿二人組で、マトモな職業の者とは思えない。

 カウンター客の男の肩に手を掛け、力を込めてきた。


「ニイチャン、いい女連れてるじゃねえか?こっちで酌させろや」

「ちょっと、御客さん。他の御客さんの迷惑になる事は・・・」


 店主が制止に入ったが、逆に睨み返してきた。


「オヤジは黙ってろ!俺達に逆らおうてのか?」


 店主の制止をきくつもりは無い様だ。

 

「お兄さんがた、その道の方々の様ですが、人の女房に手を掛けるって任侠道に反しちゃいませんか?」

「素人が知った様な口をきくな!」


 カウンター席の男もなだめようとするが、聞く耳を持たない様だ。


「いや、御客さん。こちらの方は、ある組の若頭さんなんで」


 店主が更に仲裁しようと口を出した。

 素人相手ならいざ知らず、組同士の問題にも成りかねない事を(さと)そうとしたのだ。


「若頭ぁ?何処の組だ!俺達のバックには牙釖組が付いてるんだぞ!逆らってタダで済むと思うなよ」

「牙釖組って・・・・」


 店主の視線が、カウンター客と他の客の間を何度も往復する。

 牙釖組は、この辺りのヤクザは勿論、一部のカタギの者にも知れた武闘派極道だ。

 他のテーブル席の客の一人は、カバンを両手で抱え込み、席を立とうとしている。


「牙釖組?困ったな。うちの組は牙釖組の傘下じゃないから、仲裁は無理だな」

「私の実家も、牙釖組の傘下じゃないわよ」

「逆らわないなら、黙って酌をしろ」


 酔った客は女の方に言い放つが、カウンター客の会話を聞いて店主が口に手を当てて目を見開いている。

 やがて、その顔は赤くなっていった。


「店主、無理せず笑ってもいいんだぞ」

「ブハハハハハ、昴さん、笑わせないでくださいよ。はぁ~苦しい」


 カウンター客の男の言葉に、店主は腹を押さえて大笑いを始めた。


「クソオヤジが何を笑ってやがる!」

「東京湾に沈められてぃのか?」


 絡んできた男達が、二人とも立ち上がった。


「いや、牙釖組を知ってるんなら、尚更酌はさせられねぇって事ですよ」


 カウンター客の男はソウ言って、その肩に掛けられた手の手首を抑えた。


「何が可笑しいって、その牙釖組の若頭に手を掛けて、その(あね)さんに酌をさせようってんだから、笑うしか無いでしょう?」


 店主の言葉に、男達の顔色が変わる。


 店主の言葉に、スーツ姿の二人は逃げようとしたが、一人は腕を掴まれており、もう一人は既に別のテーブル席の客が抑え込んでいる。


「いや、だって、さっきは傘下じゃないって」

「牙釖組が牙釖組の傘下な訳がないでしょ?」

「実家の紅蓮会は、牙釖組の兄貴分だしねぇ。いったい何処の組のチンピラなんだろうね?」


 カウンター客の昴と紗香が、男の疑問に答えてやった。


「先生。予定と違いますが、やっちゃってくださいよ」

「え~っ、もしもの時の応急処置用じゃなかったんですか?」


 もう一人を抑え込んでいる男に言われて、カバンを抱えていた男が、中からアンプルと注射器を取り出している。


「血液検査もしないで処方するのは危ないんですよ。万が一にもモルヒネにアレルギーがあったら、死んじゃいますしね」

「良いんじゃねえか?若頭に手を掛けた段階で、遅いか早いかの違いだけだろ?当然、こいつらの組もタダじゃ済まないがな」


 カバンを持っていたのは、少人数で外出した時に昴達が襲われた場合、応急処置ができる様にと手配しておいた医者だった。

 一緒に居たのは、身を呈して昴達を守る組員だ。


 既に昴も、自分の肩に手を掛けた男を抑え込んでいた。


「店主、この店にセキュリティカメラは?」

「そんな野暮な物は、とうにコンセントを外していますよ」


 牙釖組の者も出入りするコノ店では、店主の足元にセキュリティカメラの電源があり、テーブル席の客が立った段階で、電源コードに足を引っ掛けて切ってある。


「済まないな店主。騒ぎになっちまって」

「いいえ、こちらこそ。こんなんでも客なんで、御電話いただいた時に追い出せなくて」

「近くだったんで、急に頼んだ俺等が悪かったんだよ。聞いてはいたが、こんな出来損ない(チンピラ)とは思ってもみなかったからな」


 御互いに相手を気遣い、責任を取ろうとする昴と店主をよそに、チンピラ二人には意識を失う量のモルヒネが射たれていく。


「車を呼んだから、じきに迎えが来るわよ。折角の結婚記念日を台無しにされて気分が悪いわね。飲み直しましょうよ」

「昴さん、紗香さん。店は閉店(かんばん)にしましたから、ゆっくりしていって下さい」


 店主が、ドアの表示を切り替えて帰ってきた。


 やがて、数人の男達が店に入ってきて、昴達に礼をした後に倒れた二人を運び出していく。

 店の外にも、ビルのセキュリティカメラは有るが、酔い潰れた仲間を迎えに来た様にしか見えないだろう。


 元より、店の店主も医者も、この事を公表する事はない。

 この者達も過去を捨て、紅蓮会や牙釖組のお陰で第二の人生を送っている者達なのだから。


 さてさて、このチンピラ二人は身元を調べられたうえで、どうなるのやら?

 東京湾に沈められるのか?違法臓器移植のドナーとなって生涯を終えるのか?


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