25 公認見守り隊
駐車中の車中で二人の男が覗いている画面は、車外のリアルタイム映像だ。
それは暗視モードの望遠映像で、夜中だと言うのに人の人相まで判別できる物だった。
そこには、とあるアパートのベランダ側を支柱をつたわって登る男の姿が映し出されている。
「ビデオのメモリーカードを入れ替え終わりました。録画開始してます」
「ストーカー野郎だとは思っていたが、ここまでやるとはなぁ」
「まぁ、俺達も似た様なものじゃないっすか?」
「馬鹿を言うな!俺達ゃ御家族に頼まれて、本人も承知の【見守り隊】なんだから犯罪じゃあねえよ」
彼等は、ある女性の身辺を見守る集団の一員で、女性の自宅近辺の担当だ。
巡回中の同僚から、最近その女性をストーカーしている男が、たった今、女性宅の方に向かっていると連絡が有ったのだ。
録画している者達の会話が録音されている間に、画像の男は上部のベランダにたどり着いた。
その手をアルミサッシにかけているが施錠されているらしく、開く事は無かった。
全てのサッシが開かないと分かると、諦めて干したままの洗濯物に手をかけている。
「不法侵入に下着ドロっすか?最低ですね」
「俺達に【最低】って言わせるんだから、どうしようも無いな」
ベランダの男は、干してある小さな衣類を幾つかポケットに入れて、地上へと降り始めた。
「じゃあ、現行犯逮捕と行こうか?」
「ロープで良いっすよね?」
「必要以上に殴るなよ!」
「ちゃんと、格闘技用の保護グローブを着けてるっすよ」
ビデオ画面は、多少のブレを生じながら車から出ていく様を映し続けている。
そのまま、ベランダを降りた男の元へ真っ直ぐ進んでいった。
「この変態野郎が!大人しくしろ!」
「ひっ?な、何なんだ!」
下着泥坊に襲いかかる男の後ろ姿が映るが人相までは分からない。
だが下着泥坊の顔は、ハッキリと映し出されている。
泥坊は、手早く縛り上げられ、そのポケットからは女性の下着が引き出された。
「よじ登る所から、ずっと撮影してたんだぜ!証拠映像と物証で、言い逃れは出来ないよな?8月15日午前2時11分に身柄確保だ」
「け、警察か?」
「いや違う。だが、警察には突き出す事になるだろう」
犯人以外は後ろ姿と声しか録画されていない。
翌朝、橋本真珠のアパートのインターフォンが押された。
「はい、どなたですか?」
「朝早くから失礼します。プレアデス見守り隊です」
見た事のある顔と【プレアデス】の名称に、真珠はエントランスのオートロックをリモート解除して、身仕度をしてから玄関へと向かった。
玄関ドアを開けると、先ほどのスーツ姿の男が頭をさげて挨拶する様が目に入る。
「おはようございます。実は昨夜に下着泥坊を捕まえまして」
見ると、縛られて猿轡をされているジャージ姿の男が、別のスーツ姿の男性に引きずられてやって来る。
ジャージ姿の男の頭には、真珠のショーツが被せられていた。
「・・・・・・・」
あまりの状況に目を見開き絶句する真珠に、スーツ姿の一人が声を掛けた。
「この変態野郎は俺達で処分しましょうか?それとも警察に突き出しますか?」
「処分って・・・・・」
プレアデスの正体を知っている真珠は、【処分】の意味を想像できた。
「警察に突き出す場合は、我々ではなく御嬢から通報して頂く事になります。知人の協力による現行犯逮捕として」
「そうなるでしょうね」
身元を調べられた時に、牙釖組の名が出るのは不味い。
現行犯逮捕は刑事訴訟法により、警官でなくとも逮捕拘束ができる事になっている。
「ふふべへふへ」
猿轡をされた男が叫んでいる。
「分かりました。私が警察に通報します」
「では警官には、このメモリーカードをお渡し下さい。犯行の記録と余罪が録画されていますから」
メモリーカードを差し出す手は、手袋をしていた。
カードに付く指紋も拭き取られているのだろう。
真珠がスマホで警察に電話し、しばらくしてパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「では、我々は失礼します」
パトカーが到着したのを確認して、プレアデスの二人は礼をしてからアパートの別の階に移動した。
それから縛られた男は、身動きができないまま、警察に引き渡されたのだった。
「バックアップした映像は、複数のDVDに焼いておけ」
「親をユスルんですね?」
「勿論、仕事先もな!」
以前に変態野郎がストーカー行為をした時に、その自宅と勤め先を調べてある。
若頭の妹に手を出しそうな奴は、可能な限りの身辺調査をしてあるのだ。
そして、これまでのビデオデータはノートパソコンにバックアップをとってある。
警察が帰った後に、プレアデスの二人はアパートを出て車に向かった。
「慰謝料を受け取った後は、あの変態野郎が二度と御嬢に近寄らない様に【行方不明】になってもらおうじゃないか」
「家族が捜索願いを出しませんかね?」
「状況によっては家族共々失踪だな」
「ちょうど腎臓移植のドナーを探している奴が数人が居るんですよ。適合するといいなぁ~」
「あんな奴でも誰かの役に立つって事か。腹は殴ってないんだろうな?」
「大丈夫っすよ!ボクサー時代の技でコメカミ狙って殴りましたから」
多くの意味で犯罪行為はワリに合わず、他の犯罪まで引き起こしていく。
「俺達も、誰かの役に立って死にたいものだな。人間、死ぬ時に笑って死にたいものだからな」
「そうっすね。『武士道とは死ぬ事と覚えたり』って言葉が有りますけど、死に形が重要って事っすかねえ」
「お前、なかなか学があるなぁ~俺達は武士道じゃなくて任侠道だが、通じるものがあるな」
「俺は、若頭の役に立って死にたいっすよ」
「流石だな」
車に到着したプレアデスの二人は、車中から携帯用のビデオカメラを取り出し、兄貴分がソレを胸ポケットへと挿した。
「若頭には、俺から最終報告を入れておく。お前は本家にデータを持って帰れ」
「了解っす!で、兄貴は?」
「俺は、このまま交代が来るまで【見守り隊】を続けるさ。御嬢にも顔は知れてるからな」
「それじゃあ頑張って下さい。兄貴」
私服警官が残っているかも知れないが、真珠に証言してもらえば身元を明かす必要も無い。
当然だが、身分証になる物は持ち歩いていない。
弟分の車を見送って、男はタバコに火をつけた。
近くに、警護の拠点が有るので、交代が来るのに時間は掛からないだろう。
「良い仕事の後の一服は旨いなぁ」
タバコの煙で輪を作って、男は笑みを浮かべた。




