24 殺し屋
ビルから出て車に乗ろうとして足を止めた昴を、着弾音と衝撃が襲った。
その場にしゃがみ込んだ昴だったが、呼吸をしており流血も見当たらない。
発射音が無いのと、近くに射撃主が見当たらない事から、長距離からの狙撃だったことがうかがえる。
部下の組員達が駆け寄って人の壁をつくる中を、昴は護衛の一人と共に車内へと倒れ込んだ。
現実問題として世界中に軍隊がある。
日本にも自衛隊がある。
つまりは退役軍人が多数存在し、中には射撃に秀でた者も居る。
【殺し屋】とは、主にその様な者が副業として行っているものだ。
暴力団や政治結社が素人を一から訓練して射撃主に育て上げるには金がかかり過ぎるからだ。
例外的に牙釖組などは、カチコミなどで腕に覚えのある者を選抜して部隊を作っていたが。
「マジに日本にも殺し屋が居るとは思いませんでしたよ」
「プロの狙撃は実行犯が見つからないし、報道規制もされるから一般には知られないのさ。犯罪捜査は因果関係から容疑者を炙り出し、アリバイを崩して物証をあげるのが定石だからな。他人による狙撃では掴みようが無い」
「確かに殺人事件の全てが報道される訳ではありませんからね」
地域会合の帰りで車に逃げ込んだ昴と護衛の組員が身を伏せて辺りを伺いながら話した。
幸いにも弾は防弾チョッキで止まっているが、衝撃でアザができている。
組長や若頭である昴の乗る車は海外から輸入した防弾仕様だ。
だが、完璧な防弾など現実には皆無である事は、実地で知っている牙釖組だった。
人間は、とかく自分で復讐をしたがる。
また、自分でやってこそ実績として認めてもらえる。
だからこそ、任侠道では暗殺者を雇う事は皆無だった。
「おいっ、早く車を出せ」
「すいやせん兄貴!」
別の組員が運転席に乗り込み、車を走らせる。
場所を移動した事により安全と判断した昴達は後部座席で身を起こして座り直した。
「しかし、頭を狙われたら処置なしだったな」
「動く対象の頭部を狙うのは神業としか言えないほど難しいんですよ、若頭」
「そんなものなのか?」
訓練を受けた護衛は、昴よりも射撃について博識だった。
「この射撃が囮で、本命は車に仕込んだ爆弾なんてオチは無いだろうな?」
「俺が車からは目を離していないので大丈夫ですよ。その点もレクチャーされていますから」
車内を見回す昴に、護衛が笑って返す。
警護業務の組員は、海外からSP警護の専門家を呼んで訓練している。
これは逆に警護付きの標的を襲う時の訓練にも役立っている。
「この会合スケジュールを知っているって事は、参加者に暗殺の依頼主がいると思った方が良いんですかね?若頭」
「いや、ちょっと待て。『紗香か?ああ、俺だ。今、狙撃されたんだが、本家からつけていた車は無かったか?勿論、俺は大丈夫だが』」
昴は携帯電話で本家で留守番の紗香と連絡をとった。
『Nシステムによると、直近で近くから会合場所まで同じルートを通った車は二台あるわね』
「『そうか、分かった。ありがとう』。可能性は消えないが、どつやら会合の参加者だけとは限らないようだぞ」
紅蓮会では、既に警察のNシステムにハッキングをかけており、情報の隠蔽に加えて照合もできる様になっている。
インターネットに繋いでいない閉鎖系のシステムであっても、完全なスタンドアローンではなく、他部署に繋ぐ専用回線は存在する。
その専用回線の地下ケーブルにハード的に割り込む形で侵入しているのだが、この様に幾つもの専門技術者を抱えているのが経済極道紅蓮会の強みとも言える。
「プロの殺し屋なら、車の番号も書き換えているだろうな」
牙釖組も各地でやっている手法なので、他の者もやっていると考えるのが普通だ。
違いは遅いか早いかでしかなく、牙釖組がやったのも他者の二番煎じでしかないのも自覚している。
自分だけが頑張っているとか、特別だと考えるのは子供のやる事なのだ。
「それに、組織のトップが知らないうちに、ナンバー2とかが企んだ可能性もある。依頼主の特定は難しい。ここは、傘下の組に不穏分子の炙り出しを徹底させるしかないだろう」
「各組内で独自に処分するなら良し。我々が先に見付けた場合は傘下全てを潰すと回状を出しておきます」
「それで良い」
調べれば、必ず正確な答えが手に入ると言うのは現実には有り得ない。
調査しても九割ほどが不明なのが実状なのだ。
牙釖や紅蓮会の人脈や調査能力と言えど万能ではないのだ。
だが、不明ならば不明なりに打てる手というものもあるのだ。
回状を回す事により、傘下の組員に牙釖組や紅蓮会に不満を漏らす者が居れば、暗殺依頼主の濡れ衣を着せて組ごと潰す理由にする訳だ。
牙釖組が不穏分子や不満分子を潰して回らなくとも、それを恐れて、各組で内部の反牙釖を潰してくれるだろう。
その中には、本当の依頼主も含まれるかもしれないし、もし見つからなくとも動きを止める事はできる。
「国内の。いや、関東と周辺の殺し屋と連絡は取れるか?」
「依頼主を吐かせるんで?」
「依頼主を吐く様な奴は居ないだろう。殺し屋もウチの傘下に入らないか勧誘したくてな。関東では紅蓮会と牙釖組のせいでロクな仕事も無くなっただろうし、殺し屋の手口が分かれば防御にも使えるだろう?」
昴の提案を、護衛がスマホで紅蓮会のネットワークに書き込んでいく。
組員の多くは、いまだに頭よりも体を動かす方が得意な者が多い。
言われた事を忘れたりするので、スマホの録音機能を使ったり、組全体に関わる事はネットワークの掲示板に書き込んで、他者に振る様に指示してある。
「殺し屋の勧誘の件、ネットに書き込みやした」
「ああ、ありがとう」
概要と発案者を記入しておけば、詳細は発案者に質問が行くから記入者は頭を使う必要が無くなるのだ。
あとは、本家の敷地内まで車を降りる事は無い。
昴は防弾チョッキを脱いで、うっ血した箇所を押さえた。
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回状:
傘下などに関係なく、地域の任侠道に回される通達や回覧板の様な物。
組長襲名や婚姻通達、指名手配などに使われる。
例えば仁義に外れた行ないをして逃げた者を回覧に載せ、『この者を拾い上げた組織は当組に対して敵対行為有りと受け止め、相応の対応を取らせて頂く』と締めくくる場合もある。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の午前00時に次回発表となります。




