20 現代のシノギ
任侠道・極道の者の縄張りとは、基本的に非合法な警備業の依頼者の居る地域と言える。
その【警備】の為の見廻りを【地廻り】と呼ぶ。
「お客さま、他の方への迷惑になりますので、おやめ下さい」
「客の俺が何をしようと勝手だろうがぁ~」
現実の飲食業や接客業などには、実際に家庭や職場の不満をぶつけてくる客が存在する。
更に人間は、酔うと常識やモラルが通用しない。
だが、これに対して店員や警備員を対処に当たらせると、【店対客】の争いになってしまう。
特別に防犯カメラや録音が無ければ、言った言わない、やったやらないの争いになり、店側が不利になる事が多い。
「店員でしょ!こんな客を追い出してよ!」
「そう言われましても・・・」
「お姉ちゃん達、つれないなぁ。オジさんは仲良く飲みたいって誘ってるだけじゃないか」
強引に手を引く中年に、女子大生らしい一人が必死に抵抗している。
他の客に手だしする酔っ払いほど始末に悪い物はない。
店側としては、どんな相手だろうと客の身体に触れる事はできないのだ。
「どうしたんだ?この店は何時から連れ込み茶屋になったんだ?」
「あっ、いらっしゃいませ。これはお客さま同士のトラブルで」
「なんだぁ?俺は客だぞ、神様だぞ、関係ない奴は引っ込んでろ」
「どう見たって、オッサンと女性陣も無関係にしか見えないがなぁ」
終いには「こっちは客だぞ」と代金も払っていないのに立場を悪用する者も少なくはない。
あらたに来店し、介入して来たスーツ姿の男達の言葉に対して、絡まれている女性達が同意の頷きを繰り返している。
「生憎と俺達も【御客様】って奴でなぁ。馴染みの飲み屋が風俗店に宗旨変えするのは黙って居られねぇ。オッサン、外で話そうか?ミッチー、会計を代わってやんな。これでコイツは客じゃ無くなったろう?」
「はい、あに・・先輩。おい、店員。この客の会計を済ませてくれ」
だがここに、騒ぎを聞き付けてやって来た【第三者】が力で解決を図るならば、それは【客対客】の争いとなり、店側は蚊帳の外となれるのだ。
介入した男達に両腕を捕まれ、酔っ払いは女達から引き離されていく。
「何しやがる!離せよ、警察呼ぶぞ?」
「呼んでも良いが、そちらの御嬢さんがたへの婦女暴行で捕まるのはお前だぜ」
「そうよ!警察が来たら訴えてやる」
女性客の『訴えてやる』に、男は警察を呼ぶ手を止めたが、謝る素振りもない。
酔っ払いは、抵抗しつつも、店の外へと引っ張られて行った。
店では金を払った者が【客】である。
女性客同様に、酔っ払いが騒ごうと店員は引きずり出す側の客にも触れる事は出来ない。
今回の様に【第三者】が一時的に代金を支払い、外での客同士の争いの結果によっては、騒ぎを起こした客は代金以上の損失を被る事になるのだが、それは残された客も店も預かり知らぬ事だ。
この来客は、実際には店からの連絡を受けてやって来た者だ。
【第三者】を演じているが彼等は地元の顔役に連なる者で、地廻りを行っている任侠道の者達だった。
昔と違い、現代は携帯電話の普及により依頼から到着までの時間が短い。
これは非公認の依頼だが、契約料として定期的に【上納金】を支払い、今回の様な依頼解決の報酬として【礼金】を要するが、客が店で暴れたり警察沙汰に巻き込まれるよりは結果的には安くつく。
その点は掛け捨ての保険にも似ていると言える。
これが、任侠道を歩む者の【収入源】の一つとなっている。
他には地元の不動産業を営み、夜逃げした物件や弱味に付け込んでタダ同然で手に入れた土地を、高額で転売したりと言う【土地転がし】も、比較的合法な方の収入源と言える。
「領収書はカタカナで【プレアデス】と書いてくれ」
「ぷ、プレアデスですね」
金を払い領収書を受け取った男が、出ていく直後に笑顔で女性客の方をチラ見した。
「プレアデス?」
「近くの会社かしら?」
「なかなか良い男じゃない?」
残された女性客は自分達を助けてくれた者達について話し始めたのだった。
「折角の交友会が台無しになるところだったわね」
「橋本さんも怖かったでしょ?東京は、あんな人間ばかりじゃないからね」
「え、ええ。分かってるわ。でもプレアデスって・・・・」
実は、この女性客達は橋本真珠の大学仲間の集りだったのだ。
牙釖組と紅蓮会が組んでから、地廻りの連絡システムが大きく変わった。
店からの依頼が近くの紅蓮会事務所へと入ると紅蓮会の情報ネットワークに登録され、携帯の位置情報を元に近くの組員へとメールで連絡が行くのだ。
今回は、真珠のガードで近くに居たプレアデスが連絡を見て様子見で入ったら、まさに真珠たちが絡まれていたと言う訳だった。
「兄貴、今回は良い仕事でしたね」
「ああ、本家に行って組長と若頭に直接お褒めの言葉をもらえるぞ。ビデオ撮りも大丈夫だろうな?」
「モチのロンですよ。組で手配されたビデオカメラは広角仕様で胸ポケットに入るから、目立たずに撮れました。報告用にもですが、野郎の会社を脅迫るのにも使えますぜ」
真珠の危機を助け、酔っ払いの財布から現金を巻き上げたうえに、身分証と名刺を撮影して所属する会社への恐喝に使うつもりなのである。
なんと一石三鳥だった訳だ。
「これ、プレアデスとしての初仕事じゃないっすか?」
「周りの掃除や見守りもプレアデスの仕事だが、これが本命って言えば本命だよな!他のプレアデスにも胸を張れるぜ俺たち」
基本的に交代で護衛をしていた彼等の中でも、直接に真珠の前で活躍できた者は皆無だったのだ。
「報告は忘れるなよ!交代が来るまでは近くで警戒継続だ。御嬢の安否フラグも入れとけよ」
「分かりやした兄貴!」
部下の一人がスマホをいじり始めた。
連絡は高いセキュリティの専用のサーバーと、ホームページが有るので警察に知れる恐れはない。
記入方法もチェックボックスと映像の添付形式になっているので、少し練習すれば簡単だ。
「こうしてスマホに【取引先】を表示してみると、この辺りの店は、殆んどウチの【取引先】になってますね?」
スマホをいじっていた組員が表示された地域地図を見ながら口にした。
過去は記憶に頼っていた【取引先】も、いまやコンピューターに登録され、細かい地図にマーキングされる時代だ。
上納金の滞納などの情報が、簡単に表示される様になっている。
システムはセキュリティ面も強固で、指紋と顔認証に加えて、心拍数測定と前後両方のカメラを使った状況判断AIを導入している。
なので、スマホの持主を脅迫して無理矢理情報を引き出させようとしても、サーバー側で情報提供を保留して組員上層部の判断を仰ぐ様になっている。
「親分が、代々積み重ねてきた努力のお陰だ。点数稼ぎ気分で上納金を納めていない店とかに因縁付けるんじゃあないぞ!上納金の有無や額には理由があるんだからな」
小さな定食屋や八百屋など地域の生活を支える店や、利益率の悪い店は上納金無しでトラブル対応している。
地元の産業基盤が潰れては、上納金も集まらなくなるからだ。
だが、荒稼ぎしている店で組に【警備の仕事】を依頼していない所には、地区外の半グレや不良少年達に匿名で金と情報を渡して嫌がらせをさせている。
そして被害の出た店に、以後の保険として【契約】をさせてから、不良少年達を手配したのと別の組員が解決に向かうのだ。
つまりはマッチポンプによる顧客獲得である。
当然だが、この様な雇い人の場合は殴ったり金を巻き上げたりしないで、脅して引き下がらせる程度しかしない。
この方法ならば、金は前金でもらっているし治療費の掛かる事もされていないので、別口で頼むと仕事を再度受けてくれる者が大半だからだ。
「俺は、以前に担当していたヤミ金の受付よりも、こっちの方が性に合ってますよ」
「若頭が盃を交わしてからヤミ金の方は、紅蓮会に移行してるからな。でも取り立ては牙釖組が担当しているから『餅は餅屋』って感じか」
組によって得意分野は異なる。
積み重ねたノウハウのある分野と、苦手たが必要な分野。
【組】としては別れているが協調しつつ作業分担できるのが、この【傘下】とか【兄弟分】と言う関係だ。
「そう言えば、そろそろ的屋の準備も始りますね」
「あと二・三ヶ月で祭りのシーズンだからな。俺は出店やるのは嫌いじゃないが、プレアデスの仕事が有るから暫くはできねえな」
「兄貴は子供が好きですからねぇ」
神社仏閣の夏祭りで見掛ける屋台の店も、彼等の収入源の一つだ。
これ等を【的屋】と呼ぶのは、古来にオモチャの弓で的当てして景品がもらえる店があった事に由来するらしい。
現代では、オモチャの銃で棚に飾られた景品を落とすゲームとして残っている。
世間から半端者扱いされ、国からも援助を受けられない彼等には、生きていく術が限られているのだった。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。




