02 挨拶回り
時は、昴が真珠と対面する前日に遡る。
橋本真珠の高校がある街の、とあるビルに、数台の黒ベンツと純白のベンツが向かっていた。
「準備は大丈夫なんだな?」
「はい、若頭。先触れも送り、先方に話もついていやす。警察無線の方も傍受中です」
白いベンツの中で、昴と運転手が最終確認をする。
「数ヶ月かけた予定が、ここで崩れたら、水の泡だぞ」
「心配性ね昴さんは。もし、問題が起きたら、潰せばいいじゃない?」
物騒な言葉で笑うのは、二階堂紗香と言う、昴と同年代の女性だ。
昴は青みがかった白髪にサングラス、黒シャツに白スーツと言う目立つ出で立ちだ。
紗香は、結い上げた黒髪に、キツ目のメイク、黒に牡丹の着物姿で、完全に極道の姉さん姿だ。
「いや、カタギの真珠には迷惑をかけたくない」
「あら、妬けちゃうわね」
「嫉妬して、どうするつもりだ?真珠への思いと紗香への愛は種類が違うって」
昴は、紗香の背後に手を回し、その頬を優しく撫でる。
そうしている間にも、合計五台のベンツがビルの前に到着した。
『状況はオールグリーンっす!若頭』
周辺で監視させている者から連絡が入る。
ここは、この辺りを牛耳る【中里組】の事務所ビルだ。
まず、黒ベンツから降りた黒服達が辺りを確認してから、白ベンツのドアが開かれる。
二人の男が左右を守る様な形のまま、昴と紗香がビルへと入っていった。
「中里です。遠路遙々、ようこそいらっしゃいました、牙釖の若頭さん」
「駿河昴と申します。突然の訪問にも関わらず熱いお出迎え、感謝の意にたえません中里先生」
事務所の応接セットに案内された昴達は立ち止まって、待ち構えていた組長に一礼をした。
中里組長を【先生】と呼ぶのは、地元の名士としての顔を持つ、中里組長の顔を立てる為だ。
組単位の格では、牙釖組が吹けば、飛んでしまう様な小さな中里組だが、役職は組長と若頭だ。礼節は守らなければならない。
まず、中里組長が席に座り、促されてから昴と紗香が応接椅子に腰を降ろす。
「で、本日は何用でしょうか?」
先触れから概要は聞いているが、若頭から直接聞くのとでは重みが違う。
「はい。実は当地には私の知人が居りまして、交友を深める為に、しばらく滞在したいと思い、先ずは名士の中里先生に御挨拶に参りました」
「その【知人】と言うのは、(任侠)道の御方で?」
もし、牙釖組に敵対している者が、中里組のシマに潜伏しているとなると、ひと騒ぎ起きるのは間違いない。
「いえいえ、以前に世話になったカタギの方なので、騒ぎにしたくないと思いまして」
紗香が、そっと包みを差し出した。
例え抗争でなくとも、よその組員が無断でウロウロしていたら、不必要な騒ぎが起きる。
事前に挨拶をして、要らぬトラブルを避けようという訳だった。
これで、殺傷事が起きれば、起こした組の顔は丸潰れとなる。
「分かりました。何も無い田舎街ですが、ゆっくりなさって下さい」
組長が目配せして、組員が包みを受けとる。
現金ならば数百万円は有るだろう。
実質、格上の組に仁義を通されては断れない。
「何かありましたら、何でも御相談ください」
「御配慮、痛み入ります」
中里組長は昴と握手を交わして、この日の挨拶は終わった。
「ふう~っ、やっと帰ったか?」
中里組長は、仰向けになる勢いで椅子に身を委ねた。
「親父、どえらい奴が来ましたね?」
「ああ、それに見たか?横に居た娘っ子」
名乗らなかったが、昴の横に居た女性を組長は見逃さなかった。
「なかなか良い女でしたが、色ですかね?」
「バカ野郎!ありゃあ、東京の【紅蓮会】の娘だ。横に【血祭りの千島】が居たから間違いねえ!牙釖組と紅蓮会が縁組みするとは聞いていたが、こりゃあ、凶悪になっていくな」
「武闘派極道の牙釖と、経済極道の紅蓮が手を組むって事ですかい?」
「敵に回すと命はねえぞ!組員に通達を急げ」
「へい!」
組員は電話を掛けまくり、組長は眉間を押さえた。
恩をきせられるのは組の為になるが、こちらが問題を引き起こせば潰されるのは目に見えていたからだ。
昴達のベンツは、挨拶の直後に街を離れ、再びコノ街に戻ってくる事は無かった。
後から、不審な車が中里組に立ち寄った事を突き止めた地元警察も、単なる挨拶回りだと判断して、一時は広げた警戒網を数日で解く事となる。
ベンツのナンバーが、隣接する組の物だと判明したからだ。
これが東京ナンバーで、東京拠点を持つ牙釖組が出張ったと知れると、こうも早く警戒解除されなかっただろう。
「近隣の車を手配するなんて、うちの組ならば御手の物ですから」
「お陰で、ステージ1は無事に終わりそうです。紅蓮会には足を向けられませんな?」
「他人行儀はやめてくださいよ、昴さん」
その日の夕方には、地味な普通車に乗り換え、カタギの服装に着替えた昴達の姿が、中里の街に帰っていた。
「ホテルも、実在する名前で予約を入れています。当人にも話を通して有りますので、問題はありません」
「一般人に見える様に、メイクと衣装係りも用意してます」
人は外見で相手を判断する。
運送用箱トラックの内部に用意されたメイク室で彼等は、サングラスを外し髪の毛を染め、刺青をファンデーションで隠して、スーツを市販服に着替えていく。
まさに用意周到な彼等だが、これも全て次期組長である昴と、その彼と婚姻を結ぶ紗香の為の計画だ。
「じゃあ、ステージ2に掛かろうか。手順を再確認するぞ」
ホテルに着くまでの時間、昴と紗香は【ステージ2】と書かれた書類に目を通すのだった。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。




