19 流れる果て
健全な肉体に健全な精神は宿ると言われている。
だが、肉体が健全であれば、必ず精神も健全である訳ではない。
その健全さ故に、他者をいたぶったり見下して楽しむ不健全な精神の持ち主の方が多い。
また、スポーツ選手の殆んどは、限界を超えようとする故に発生する病気や怪我を負う。
誰かに勝とうと無理をする肉体は結果的にも健全とは言えず不健全な精神しか宿らない。
そもそも他者を倒して獲る地位や評価など、略奪者以外の何者でもない。
それは『健全な精神』と言えるだろうか?
スポーツ選手の多くが【勝つ事】を望む。
殆んどが、それにより得られる評価や地位で安心感を得たい為だ。
例え頂点に到達しても、それは生涯続く訳ではない。
負けた者は再び返り咲こうと足掻くか、諦めて別の道へ進む。
スポーツ関係の指導員になる者。
一般の会社員になる者。
芸能界など他者の脚光をあびる業界へ進む者。
自分で異種の起業をする者。
だが、勝つ事だけを求めていた者の全てが、転職できる器用さを持っている訳ではない。
他の多くを切り捨てて進んできた彼等には、その鍛えた肉体を用いて戦う事しかできなくなった者も少なくはな無いのだ。
負けた彼等は、今まで居た環境からは廃絶され、知人にも見離され、肉親にも方針の転換を求められ、居場所と存在意味を失っていく。
こうして、現実にも一部の元スポーツ選手が暴力団へと流れていくのだ。
これは彼等が悪いのか?幼い頃から勝利を推奨していた環境が悪いのか?人間という生物の業なのか?
そして流れ着いた力がモノを言う世界でも、その様な者達が頂点に立てるとは限らない。
だが意外と、想像して居なかった新たな転職を果す者も出るかも知れない。
「ねぇねぇ、彼女たちは女子高生かな?大学生にしては若いけど」
「未成年じゃあないわよ!警察の人?」
「違う違う。ポリ公なんかじゃ無いよ。男ばっかりで飲むのもつまらないって思ってたら、可愛い子が居たから誘っちゃおうかなってね。ねぇ、おごるから一緒にどう?」
深夜の繁華街を歩く三人の女性に、五人の青年達が声を掛けている。
「えぇ~っ、どうしよっか?」
「ドンペリのゴールド飲めるよ」
「ウッソー!信じられない」
「ゴールドは珍しいわね。いっちゃう?」
女性の方も夜の街で幾らか遊び慣れている様で、そんなに警戒もしていない。
男達に連れられて少し歩いた所で裏通りに入り、周りを囲まれた女達は明らかに店舗でない入り口へと導かれていく。
「ちょっとぉ、何なのよココは?」
「いいから入るんだよ。中で楽しませてやるからよぉ」
「ドンペリなんて嘘なの?お店は?」
「代わりにゴールドな気分にしてくれるシャブペリを御馳走してやるよ」
流石に、この状況は阿呆でも分かる。
男達は抵抗する女達の腕を掴み、力ずくで押し込んでいく。
最後の一人を押し込んで、扉を閉めようとした男の腕を、叩き伏せる者が居た。
「イテッ!何しやがるんだ」
男が睨み付けた先には、牡丹柄の黒い着物を着た女が立っていた。
「ここいらで、ヤクを使った婦女暴行やソープ送りが起きてるって聞いてみれば、半グレが残ってたんだねぇ」
「なんだテメエは?ソープ送りになりてぇのか?」
騒ぎを聞き付け、奥で女達を縛り終わった者達が出入り口に集まってきた。
「何言ってるんだか。外道には仁義ってもんを教えないとねぇ」
着物女の後ろから、数人の女が乗り出して来た。
いや、確かに顔は細くドレスを着ているが背は高く、その肩幅は女性にしては広い。
「なんだオカマかぁ?御呼びじゃ無いんだよ!俺達のバックには牙釖組が付いてるんだぞ!」
「へぇー、牙釖がねぇ?」
その筋の者ならば、【牙釖】の名を聞いて多少は驚くところだが、この女も周りの者も口元を押さえて笑いはじめたのだ。
「何がおかしい?牙釖組を知らねぇのかぁ?」
「いや、何ね。牙釖傘下の者が、姐である私の顔も知らないとは、笑わずに居られるかね?」
そう。この女こそ、二階堂紗香。いや、今は駿河紗香本人だったのだ。
【姐】とは、通常は組長の妻を指して呼ぶ。
だが、牙釖組組長には妻が居ない為に、若頭であり次期組長決定の昴に嫁いだ紗香を【姐】と呼び、組員にも御披露目をしている。
「兄貴、裏口も固められてるぜ」
「|(げっ、本物かよ?裏口もダメか)いや、俺達は紅蓮会からの移転組だから、姐さんの顔は知らなくて」
牙釖組と紅蓮会が組んだのは半グレ達にも知れ渡っていた。
その情報を元に、万が一の時に備えて偽の理論武装をしていたのだろう。
だが、その関係が婚姻である事までは知らなかったのと、今回は相手が悪かった。
「姉さん、紅蓮会の御嬢様に喧嘩を売った組員は、沈めちゃって良いんでしたよね?」
中でも小柄な者が、紗香に確認をとりながら、髪を束ねていたシュシュを左手に巻いている。
状況は良く分からないが、兎に角マズイと判断したリーダー格の一人が、紗香を押し退けてコノ場から逃げようとした。
「遅い!」
ズバッ!
逃げようとした男の行く先に、フットワークを利かせて移動した一人の左ストレートが打ち込まれた。
その打ち込まれた顔の鼻は、完全に潰れている。
元ライト級プロボクサーのパンチは、いまだに健在らしい。
「大丈夫よぉ。女好きの貴殿方は、産みの親でも分からないくらい立派な女にしてあげるわ」
「顔は気にしなくて大丈夫。整形も超一流の先生を用意してあるから。そして、思う存分【女】である事を楽しむと良いわ」
どうやら他のオカマ達も、元格闘家らしい。
建物の中に押し入ると、次々と男達を薙ぎ倒していく。
「関節と内臓は潰しちゃあダメよ!整形しても使えない子はバラして売るんだから」
紗香は、着物のお太鼓から匕首を出すと、女達を縛っていた結束バンドを切っていった。
「今回は、運が良かったわね。あまり自由に遊び過ぎると、一生を台無しにするわよ」
「あ、ありがとうございます」
目の前で袋叩きにされている男達を見て怯えながら、女達は紗香に礼を言った。
紗香が目で合図すると、開けられた扉から彼女達は逃げる様に出ていく。
「ユ、ユルジデグダジャイ」
鼻を潰された者が、紗香へ嘆願の目を向けている。
「貴方達は今まで、歯向かう者を許してきたのかしら?さて、うちの縄張りで外道働きした上に、牙釖と紅蓮を騙った落とし前は、しっかり働いて付けてもらうからね」
意識は有るが、動けない男達に紗香は言い放った。
牙釖組は勿論、紅蓮会も人間を使えなくする麻薬の扱いは固く禁じているのだ。
西日本などで武器を売ったりした収益も有るが、今回の組員訓練や勢力拡大に使った費用は、まだまだ補完しきっていない。
「今回は、ニューハーフにする基準を少し高めに設定しましょうか。整形手術代やリハビリ生活費もバカにできないから、利益率の良い内臓売買の方に重点をおきましょう」
「そ、そんな酷い」
「見も知らないカタギの女の子を無理矢理喰い物にしてきた人達が、何を言ってるのよ?」
勝手に売られて、借金のカタに売春も強要された女達の中には、自殺した者も居る。
「使えない貴方達の臓器が、真っ当な人の生活を支えるのよ。偉いわね」
紗香の言葉には、充分な皮肉が込められていた。




