18 掃除と地廻り
元々は、人足などの人材派遣や、警護、仲介などを引き受けていた任侠道の者を正しく見る為には、現在の暴力団の概念を捨てて【清水 次郎長】などの時代劇を見るのが良いだろう。
任侠道の長は、その発言力と行動力などを買われて、江戸時代には警察の協力者【十手持ち】に任命された者も居る。
時代劇の【岡っ引き】などは、それである。
そして【地廻り】とは本来、縄張り内の見回り行為の事だと言われている。
真珠のアパートを出た昴達は、少し歩いて通りに停めてある車に乗り込んだ。
「もう、掃除は終わってるんだろうな?」
「はい、若頭。この付近の半グレも変質者も、今頃は太平洋の底です。プレアデスによる巡回と警察無線傍受も行っています。警護も三人一組の交代制で詰め所もアパートの近くに確保しました」
プレアデスの行動は、既に要人警護に近いものになっている。
元より任侠道の者は暴行や恐喝の前科者が多いが、特にプレアデスや特殊任務につく者達は過酷な訓練により『命令は絶対』『敵対者=物』という思考回路が出来上がっているので、殺人に関しても容赦なく行う。
それに、ここ一年で昴達の周りは慌ただしく変化したので、その火の粉が真珠に掛からないようにとの配慮だ。
真珠が短大に在学する間、ずっと続く訳ではない予定だが。
昴の心根は優しい兄なのだが、やり方は完全に暴力団だった。
これも環境故と言うか、業と言うか。
だが、表向き治安がよくなった地域には、裏事情を知らない者達が流れ込んでくる事が珍しくない。
これを機会にと勢力拡大を謀る、空気が読めない奴は何処にでも居る様だ。
大学生くらいだろうか?二人の若者が、駅前の広場でスケボーに乗り、我が物顔でアクロバティックな動きを続けていた。
その広場で携帯を使って電話をかけていた男が、電話を切ると若者二人に歩み寄っていく。
「ニイチャン、ニイチャン。ここはスケボー禁止って書いてあるだろうがぁ?場所をわきまえろや」
「うっせーなぁオッサン。警察かよ?俺らが何やろうと勝手だろうが」
駅前派出所は、ちょうど駅の反対側にある為に警官がくる事は希だ。
注意を促したのは背広姿の中年男性だった。
自分達が複数で相手が一人なら、多少言葉づかいが荒くても、軽く見て力で押し通すのが数の暴力、民主主義というものだ。
「お前ら、この辺りのガキじゃねえだろう?この辺りはモラルが厳しいんだ。危ねえし、ウルセエし、迷惑なんだよ!」
「じゃあ、オッサンが他所へ行けよ」
モラルや正義などは、数の暴力の前では意味がない。
スケボーに乗った青年達が、身体をぶつけてくる。
威圧程度の勢いだったが、サラリーマン姿の男は、後ろに倒れて腕をついた。
「ケッ!ヘタレが」
力なく倒れた男を、二人の若者は見下していた。
「おい、今のは撮れたか?」
「はい、兄貴。バッチリです。暴行の現場を動画で録りました」
近くに居た遊び人風の若者がスマホでゲームをやっている振りをして、一部始終を撮影していた様だ。
ニヤケながら、おもむろに男は立ちあがり、ネクタイを外し始める。
実のところ彼は、衝撃で倒れたのではなく、ぷつかったタイミングで自ら倒れ込んだのだ。
「じゃあ、ちょっと【教育的指導】って奴をしようか。ドライブに・・・・行くよな?」
ネクタイを外してシャツのボタンを幾つか外すと、下からは胸元に刺青が見えている。
彼等は巡回中のプレアデスだった。
営業のサラリーマンに偽装している彼等は、ちょっと見には極道に見えない。
「け、警察を呼ぶぞぉ」
相手の正体を知ると、急に弱腰になるのは、信念の無い者共通の行動だ。
「呼ぶのか?暴行の証拠もあるし、うちには腕利きの弁護士だって付いてる。警察で厳重注意に終わっても、後で家が燃えても知らねえからな」
「兄貴、手首が腫れてませんか?」
「ああ、本当だ。手首が痛くてしかたねぇなぁ。これは明確な傷害罪だ」
警察や弁護士など法律関係の仕事につく者の次に法律に詳しいのは、彼等かも知れない。
「くそっ!汚えぞ」
「おっと、犯罪者に名誉毀損も追加だな?逃げられると思うなよ」
気が付くと、回りで複数の男達が立ち上がって若者達を睨んでいる。
事にあたる前に、この男は電話で仲間を呼んでいたのだ。
数の暴力を振るう者に、数の暴力ほど合理的な抑止力は無い。
「じゃあ事務所まで来て、御両親に電話を掛けてもらおうか?嫌なら嫌で良いんだよ。専属の業者に内臓とかバラ売りして貰うから。勿論、麻酔無しで」
二人の若者は抵抗もせず、力なく下がった両腕を掴まれて、駅前に到着した車に引きずり込まれていく。
警察を呼べば、前科付きになって家が焼け落ちる。
頑なに完全黙秘したら自分の人生終了。
家に電話したら、慰謝料をふんだくられて家族崩壊。
若者達は、三番目を選択した様だ。
世間では、オレオレ詐欺が横行しているが、これは本人なので詐欺ではない。
その後に実家へは、禁止事項を注意した男が突き飛ばされて、倒れるまでの音声付き映像がメールとして送り込まれている。
「兄貴、いい仕事を回してくれて、ありがとうございます」
「いや、俺等は地廻りの仕事が有るから後は頼むな、道雄。奴も【身から出た錆】って言うか、【因果応報】だからな。言われたら素直にやめればいいものを」
若頭から命じられたプレアデスとしての仕事を中断してシノギをしていたのでは面目が立たない。
真珠の住む、この地域は清く保たねばならないのだ。
今回の事は、組としては一挙両得だったと言えよう。
「兄貴、お嬢が出掛けるみたいです」
プレアデスの相方が、電話を受けて声を掛けてきた。
「わかった。じゃあ、俺達は俺達の仕事に戻るが、道雄も頑張れよ」
「了解っす。兄貴も気を付けて」
立ち去るプレアデス二人に頭を下げる組員達は、その姿が見えなくなるまで微動だにしなかった。
「あれ、暁さんっすよね?」
道雄と呼ばれた男が、後ろに居た舎弟に疑問を投げ掛けられた。
「ああ。若頭の懐刀と言われているうちの一人の暁さんだ。以前に会った事あるだろう?」
「はい。でも、まるで別人で」
鋭い眼光を眼鏡で抑え、グレーのスーツに営業鞄という姿に、かつて見た面影は無い。
「あれは、若頭からの【特務】って奴らしい。町で見掛けても、向こうから声を掛けられない限り他人の振りをしろよ」
「あれが、紅蓮会からも集められた精鋭で組まれた噂の・・」
この場には、八人の牙釖組組員が居るが、気が付いたのは数人の様だった。
「さて、うちの身内に暴力を働いた奴のオシオキをしなきゃあな。テメエら、兄貴が譲ってくれた仕事で手え抜くんじゃねえぞ」
「へいっ!」
八人のうち五人が車に乗り、三人が町中へと消えていった。
今回の件は、一見ではユスリタカリの類いの様ではあるが、彼等が餌食にしているのは、『誰も見ていない、何も言わないから』とか『これくらいなら』とか、『みんながやってるから』とかで、禁止されているのを承知で行う者達だ。
つまりは、付け入る隙のある者や邪な者。
真っ当に、素直に行動している者は、余程の事がない限り彼等の餌食にはならないのだ。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。




