17 プレアデスと独り暮らし
【プレアデス】。
その名前はギリシャ神話に登場するプレイアデス7姉妹に由来する。
天体学的には牡牛座に存在する星団を指し、日本語では【昴】と呼ばれている。
月日は流れ、既に三月。
橋本真珠は高校を卒業し、母親と決別する様な形で東京に出てきた。
ただ、祖父達は生活費を出すと言って聞かず、真珠に銀行の通帳とキャッシュカードを押し付けてきたが。
これで無理矢理に生活費を仕送りするつもりなのだろう。
橋本家の者達に、昴達との関係は未だに秘密のままである。
その手は、既に昴達の二番煎じだった。
「御兄様と御姉様のお陰で、アパートが見つかって助かりました」
「ここは、組とは無縁の物件だから、組のトラブルに巻き込まれる事もない。安心してキャンパスライフを楽しんでくれ」
昴達が真珠に案内したのは、個人経営の鉄筋コンクリート製三階建てアパートの二階だ。
学生寮のある大学を選んだが、そこの入試には落ちてしまい、第二希望の大学には受かったが学生寮が無かったのだ。
昴達は過度に干渉するでもなく、見守ってくれる姿勢が真珠は嬉しかった。
「でも、何か問題があれば直ぐに相談するのよ!弁護士だって手配するし、近所のトラブルにも駆け付けるから」
「終電を逃したからとかで足がわりに呼んでくれてもいいぞ!うちには人手が多いからな。一応は、スマホの位置情報確認の認可をくれないか?」
「昴さん、それじゃあデートもできないわよ。真珠ちゃん、それは要らないからね」
「いいえ、御姉様。良いんです。むしろお願いします。実家の者に無理矢理って事も有りますから」
真珠は、自分のスマホを昴に差し出した。
「万が一、俺達が駆け付けられなかった時は、詳細を知った部下が行くかも知れないが、【プレアデス】を名告らせるので、信用してやってくれ」
「【プレアデス】って、そのままなんですね?」
「ああ。でも、意外と【プレアデス星団】の和名を知らない人が多いらしいから、隠語にはモッテコイなんじゃないかな」
そもそも、一般人が若頭である昴の名前を知らないし、組員の方は天文学に精通した者を探す方が難しい。
「当然だが橋本家の事も、乙女座と真珠星の事もプレアデス達には教えているので、怪しいと思ったらソノ辺りでカマを掛けて確かめてくれ」
真珠との接触は十分に注意を払っているが、敵対勢力が牙釖組や駿河家との関係から、組員を名告って真珠に接触をとってくるかも知れないと、昴は考えているのだ。
「もし、本当の牙釖組や紅蓮会の者でも、プレアデス以外は信用しなくて良いからね。プレアデス以外には、真珠ちゃんが家族だと言う事を伏せておいた方が良いから無関係を装おってよ」
「わかりました。御姉様」
情報は、何処から漏れるか分からない。
その為に選抜された【プレアデス】でもある。
「あっ、でも今度、弟の浩太郎を紹介しないといけないんだった」
「浩太郎君も長い間、我慢してたからねぇ」
「御姉様の弟さんですか?」
「そうよ。真珠ちゃんの義理の弟にもあたるわ」
橋本家でも従弟と姉弟同様に育ったが、仲は悪くなかった。
その為、祖父や叔父、母親と喧嘩別れした事は伏せているが、感づいているかも知れない。
「だが、極力は接触を避けた方が真珠の為だな。この渡世には相手の弱味につけ込む外道も少なくはない。だから、こうして変装もしている訳だが」
昴は自分の携帯で、一枚の写真を見せた。
白く脱色した髪にサングラス、白スーツの男が、濃いメイクでキツい目付きの女と写っている。
どう見ても、因縁をつけてくる暴力団関係の二人だ。
「誰ですか?この人達は」
「俺達だよ。今は髪を茶色く染めているが、普段はこんな感じだ」
真珠は、何度も写真と昴達を見比べた。
「だから極道姿の時に人前では、他人の振りをするが合わせてくれよ」
「そうなんですねぇ。分かっていても、ちょっと引いちゃいそうですけど」
極道には敵が多いらしい。
これは、最終的には真珠を守る為である事が、真珠にも理解できた。
「プレアデスには、遠巻きに警護させるけど、東京にも独り暮らしにも不馴れな真珠ちゃんの為に、助っ人を手配しました。森さん」
「はい」
玄関で待っていた数人の中から、一人の女性が近付いて来た。
40代なかぱで、体格は小柄。ワイシャツにジーンズ姿のスーパーに買い物に行く様な、普通のオバサンだ。
「彼女は森 洋子さん。この近くの料亭で仲居をやってる普通の人なんだけど、真珠ちゃんの為に一週間ほと借りてきたわ」
「二階堂様には、日頃よりお世話になっております。女将からも尽力するようにと仰せつかっております。何でもお申し付け下さい」
その女性は、深々と頭を下げた。
「えっと、いったい彼女は何を?」
「そうね。先ずは電気ガス水道の開通と料金自動引き落としの手配。住民票の移動、家具や衣類、食品などのお店確認と購入から始めて、渋谷や原宿、秋葉原とかの案内かな。自分で探すのも楽しいけど、時間も掛かるし、地元の人が付いていれば安心でしょ?」
「基本的な事を教えてもらってから、自分好みの店とか開拓すれば良いんじゃないかな?真珠」
紗香の手配した女性は、そう言った生活に必要なものを教えたり手配したりする為のものらしい。
昴も、妹を一人でウロウロさせるのが心配なのだが、男ばかりのプレアデスとでは、真珠がゆっくりできないと思ったのだ。
「私の為に、ありがとうございます」
「他人行儀な事を言うな。本当なら俺達が手伝いたいんだが、地元で彷徨いては面割れしてしまう恐れがある。それじゃあ、カタギの真珠に迷惑が掛かるからな」
紅蓮会の組員も、他の組に顔がバレている可能性があるので、真珠と同行はさせられない。
プレアデスは、あくまで町の見回りをしていた振りで、真珠の身辺警護をするのだ。
それ故に、身の回りに対しては、組員ではなく一般人の森を手配した。
「では、森さん。後は任せましたよ」
「はい、お嬢様」
真珠と森を置いて、昴達は帰っていった。
「森さん、でしたっけ?橋本真珠と申します。お手数お掛けします」
「紗香さんの御親戚と、うかがっていますが、大学生に成られたんですよね?そんなに気を張らないで下さい。私も有給扱いで買い物三昧できるのが楽しみなんですから」
組員ではなく一般人と聞いてはいるが、森は礼儀を忘れず、なおかつ、気を紛らわせる配慮をしてくれた。
「じゃあ先ずは、電気ガス水道の開通の手紙を出して、銀行に生活費をおろしに行きましょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
森は地元で仕事をしているだけあって、近所の店にも精通していた。
また、家電や家具などは、少し離れた量販店で安い物を探すのを手伝ってくれる。
「百均って、何でも安く揃うんですね?」
「地元には無かったの?」
「ありましたけど、こんなに大きくなくて・・・」
「まぁ、百均に無い物もあるから、色々と店を廻るしかないんだけど、若い人はドンキが好きよね。車が有れば、食料品とか大量安売り店が使えるんだけど」
郊外型の量販店には、車対応の店舗が多いので、電車しか移動手段の無い真珠には向かないのだ。
「特に家具は直ぐに買わずに見て回って、めぼしい物のサイズを測り、アパートの間取りと相談してから選び直さないと、後悔するわよ」
「勉強になります」
家電も、店員に薦められるままスペースに入らない物を買って後悔するのが、独り暮らし初心者のアルアルだ。
良識のある店員にあたっても、スペースのサイズを答えられないと、二度手間三度手間となってしまう。
「あと、色々と欲しくなるけど、アパートに入りきれなく成るから、必要最低限の物だけにしておく事ね。生活スタイルによって必要な物は変わるけど、アルバイトはするの?」
「近くで探すつもりなんですが、まだ決めてなくて」
大学の講義は、高校の様に毎日長時間有る訳ではない。
多くの大学生が、バイトや倶楽部、研究室通いに時間の大半を費やしている。
「色々と自分でやって、自分で決めていかなくちゃいけないんですね」
橋本真珠の独り暮らしは、始まったばかりである。




