15 警部と組長と事故
「よう!ヤッチャン家の息子が結婚したのは知ってるが、紅蓮会と組んで何をやってるんだ?」
牙釖組の本家に乗り込んできたのは、警視庁の広域暴力団担当刑事の三笠と部下だ。
紅蓮会の現総帥は仕事で動き回っているので、比較的動きが少ない牙釖組組長である駿河弥彦の元へと出向いたのだ。
因みに『ヤッチャン』とは【弥彦】と【ヤクザちゃん】を掛けているらしい。
極道と警察は、馴れ合う立場ではないが、古くからの担当や顔見知りの者同士ならば、それなりに話はしている。
警察の活動情報を流す事で、比較的優良な極道を残し、組の方も敵対する悪辣な組の情報を流す事で敵対者を潰しやすくできるのだ。
警察としても、犯罪者予備軍の受け皿ともなっている組を全て潰すつもりはない。
集まっている方が統制が取れているし、動きが読みやすい。
居場所の無いバラバラの素行不審者の方が、見つけにくいし逃げられやすい為に、必要悪として、この様な組を残している。
「早く孫の顔が見たいんで、結婚を急がせたんですが?」
「そんな与太話じゃねえよ!海外からも色々と仕入れたり、若い奴等をアッチコッチに行かせている様じゃねえか?戦争でもおっ始めるつもりか?」
「いや、全くのデタラメでも無いんですが・・・」
弥彦の言う建前に、三笠は本題を持ち込んだ。
「まぁ、そっちですか?何ね、昨今は外国からの御客さんが増えたんで、接客の準備をしているんですよ。カタギの方に迷惑をかけるつもりは有りませんが、一般人にも関係者が多いんで困ってるんですよねぇ」
「外国の?・・・・アレか!」
警察の方でも、海外マフィアの流入と日本の組が潰されている事は知っているのだろう。
「そう言う訳か?アッチには、俺達も手を焼いているが、あまり目立つ事はするなよ」
警察も物証がなくては取り締まれず、物証は民間人である同国人が隠蔽している。
下手に捜査すると、大使館からの文句もあって十分に動けないでいる。
一部の共産圏では、資本主義国での実質的勢力を広げる為に、国が海外に出たマフィアを支援する傾向すらあるのが現状だ。
「海外からの御客さんが、道に迷って行方不明になったり、事故に巻き込まれないと良いんですがねぇ」
弥彦の言葉に、三笠が渋い顔をする。
行方不明や事故扱いになると、彼等の担当から外れるからだ。
海外のマフィアは、その構成員を警視庁の方でも十分に把握していないので、暴力団の抗争であるかの推測すら困難になるためだ。
弥彦は、あくまで言質を取られない対応しかしないが、その意図は三笠にも伝わった様だ。
外国人の全てが悪い訳ではないが、マフィアの一員で無くとも多くの理由で手を貸す者が居るのも事実だ。
「息子の方の足取りは?」
「それが、新潟の方でまかれたそうです」
「じゅあ、当面は牙釖組と紅蓮会の組長を見張るしかないか。地方は管轄外だしな」
三笠警部は全国の暴力団対策室に、海外のマフィアが抗争の対象になる恐れがある事を連絡するしか無かった。
「警察が探りに来ましたね、親分」
「ああ、問題ない。双方に利益のある内容だからな。昴には、くれぐれも事故扱いになる様に伝えろ」
「承知しやした」
三笠と部下が帰った後に、組長の弥彦は組員に指示を出した。
不慮の事故なら暴力団対策室は動けない。
マフィアの事務所が丸ごと行方不明になっても、捜索願いを出す者が居なければ、夜逃げとして扱われる。
マフィアの多くは密入国や不法滞在者なので、行方不明になっても調べようがない。
今回の抗争は、昴に全てを任せ、父親である弥彦はバックアップに徹している。
今回の様な警察対応も、弥彦の役目だ。
その昴は、山陽自動車道を西に走っている車の中に居た。
「三台前に白いプリウスが見えると思いますが、あれが大阪トップ5の一人である【黄】の乗っている車です」
「プリウス?普通車か?加賀」
昴の乗るジープの前方に、その車は見えている。
左の走行車線を走っているし、特に目立つ車両ではない。
「はい。家族旅行を装っていますが、その合間に九州のマフィアと会合をする様です。周りに同行者のクラウン2台とワンボックスカー3台が固めています」
「家族も一緒か。【親の因果が子に報い】って奴だな。親がやった事を棚にあげて『親の仇』とか言ってくるんだろうな」
比較的に目立つ車の昴達は、あからさまにブロックされて近寄れない。
まぁ、それは囮も兼ねている彼等には計画通りなのだが。
「周辺の救急隊員にも手は回しています。事故で命が助かっても救急車内で全員を仕留めます」
特に公務員は身元を調べられる。暴力団やマフィアに入っている者は排除されるが、隊員の身内が暴力団に拉致されているかどうかは、リアルタイムでは知りようがない。
家族の命か?死にそうな他人の命か?
並みの精神の持ち主ならば躊躇いながらも、救急車で搬送中の死にそうな患者の心臓に、筋肉弛緩剤を射つだろう。
「で、どの様な方法を使うんだ?」
「若頭も御存知かも知れませんが、最近のラジコンは時速二百キロほど出ます。それを改造した物に電磁石と高性能爆弾をセットしたもので、元は軍の暗殺用です。高速道路で片方の車軸に取り付いて、崖や橋などのカーブの時に爆発します」
「カーブで車軸が折れて、崖に落ちる訳か?」
「その通りです」
高速道路は登りになり、運送会社の箱トラックが右車線から左の登坂車線へ向かって車線変更を始めた。
坂の多い日本の高速道路では有りがちな風景だ。
「あのトラックです」
銀色のトラックが、割り込みはじめて件のプリウスの真後ろを横切る。
登坂車線は、殆どが高速道路の直線部分にに配置されている。
「真後ろに付いた時に、トラックの下部からラジコンが走りだし、目標の車に取り付きます。よほど真横から見ないと、死角になってラジコンは見えません」
「よほど練習をしたんだろうなぁ?」
「今なら、日本代表としてラジコンの世界大会にも出れると、元日本代表にも言われましたよ」
後ろから見る限りでは、たいした違和感もなく、トラックは車線変更をしていく。
加賀の持つ情報パッドには地面に近付く映像が写し出されている。
恐らくはラジコンのカメラだろう。
車線のラインを横切り、多少のスリップをしてから、前方のプリウスの下へ潜り込んでいく。
僅かな画面の揺れと共に、カメラは錆びた金属部品のアップになって変化しなくなった。
「じゃあ、登坂車線が終わったら、一気に追い抜きますよ。カーブはもう少し先ですが、事故に巻き込まれない様にしないといけませんから」
登坂車線を抜けて、箱トラックも昴達のジープも、追い越し車線に移動し、目標の車を追い抜いていく。
やかて、陸橋に差し掛かり、道は大きくカーブを描いていった。
車載の無線機から通信が入ってきた。
『こちら地上班。目標が橋に掛かります。5、4、3、2、1。何時でもどうぞ』
バックミラーに、煙が上がるのが見えた。
『状況はコンプリート!繰り返す、状況はコンプリート』
「無事に【事故】は起きた様ですね。ラジコンカーは、可燃性のプラスチックで出来ているので、証拠は溶けてしまうそうです」
加賀が、地上班からの映像を昴に見せる。
車は崖に落ちなかったが、ガードレールと縁石にぶつかって横転し、漏れたガソリンに引火している。
「一部の地域で、そうそう同じ方法は使えませんので幾つかの方法を用意していますが、他でなら同様な【事故】は使えます」
「なかなか見事じゃないか。期待しているぞ」
「お任せ下さい。若頭」
ライフルなどの重火器を積んだトラック数台が、サービスエリアから合流して昴の乗った車に追随する。
「じゃあ、我々も九州の組と商談をしようじゃないか」
昴達は、そのまま熊本へと進んだ。




