13 節目の時と受験勉強
駿河昴と紗香の結婚式が終わると、紗香の弟で二階堂家の長男である二階堂浩太郎と昴の【義兄弟分の盃】が、両親分立ち合いの元で交わされた。
「浩太郎兄貴、今後もよろしくお願い致します」
「昴さんに『兄貴』って言われるのは、何だか変な感じですね」
「今後、公の場では、『昴』と呼び捨てにして下さい」
昴と紗香の婚約が決まった段階から家族ぐるみの付き合いなので、今までは『昴さん』『浩太郎くん』と呼びあっていた。
双方が若頭で歳は昴の方が上だが、盃を交わすとなれば、組の大きさから浩太郎の方が兄貴分となる。
会社で言えば、浩太郎が社長で、昴が専務扱いとなるのだ。
ただ、紗香の方が姉なので、プライベートでは昴の方が義兄となる。
組織的には、将来的に牙釖組が、紅蓮会の傘下になる形になるのを見越しての盃だ。
武力の牙釖と、経済の紅蓮が一つになる。
こうして、一大勢力となる紅蓮会には近隣の組が傘下に入ろうとすり寄ってくるが、紅蓮会も牙釖組も無闇には盃を交わしたりしない。
世代交代と組織の改編が済むまでは、余分な贅肉を付けたくないのだ。
式が終われば、居間でくつろぐ事ができる。
「昴さん。今度、妹さんにも会わせて下さいよ。僕には【義姉さん】が増えるのかな?」
二階堂浩太郎は、高校の二年生なので、真珠より年下だ。
「真珠ちゃんは、大学受験で大変なんで、合格後まで我慢なさい」
「そうは言うけどさぁ~」
紗香が浩太郎をなだめるが、一人だけ会っていない彼は、のけ者にされた様で気分が良くないのだ。
「受験勉強があるから、3月の下旬までは俺達でさえ無理だろうなぁ」
大学の入学試験は前期日程が2月1日から中旬まで実施され、合格発表は2月中旬から下旬。
後期日程の入学試験は3月上旬から中旬にかけて行われ、合格発表は3月中旬となる。
「夏休みが有るんじゃないかな?」
「『夏休みを征する者が受験を征す』ってくらいだから、無理だろう。浩太郎くんも、来年は我が身なんだろ?俺達と違って、紅蓮会の総帥が高卒とかじゃ示しがつかないからな」
極道には高卒どころか中学中退も珍しくはない。
だが、経済界での表の顔を持つ紅蓮会の総帥が大学も出ていないのは、社会で舐められるのだ。
「姉貴が継いでくれれば良かったのに」
「この世は差別と偏見、虐待で溢れてるのよ。経済界や政界も『女のくせに』って風潮が抜けないのよねぇ」
姉である紗香が紅蓮会を継がないのは、実力が無いのではなく、外部の偏見を見越しての事だ。
ただ、その【女である事】を利用して、牙釖組と繋がりを持ち、弟の相談役としても紅蓮会に貢献している功績は大きい。
牙釖組としても、紅蓮会の経済力を後ろ楯にできる事は、人員の維持や武装の充実に役立つ。
更には、昴の子孫は紅蓮会の血筋にもなるので、分家としと将来的に紅蓮会を司る者が出るかも知れない。
この結婚は、双方に利があるものだ。
実際の人間は、誰しも要領よく生きられるとは限らない。
多くの人間は、他者と比較する事で優越感を得て、立場や精神の安定を図る。
その一般的なものが【虐め】や【差別】である。
自分にメリットが無く、異質な者を差別する事で、優位性や仲間意識を実感する。
大半の言い訳が『単なる区別だ』だが、【差別】と【区別】は、ベクトルが違うだけで同一の物だ。
子供は、そう言う点では無頓着で残酷だ。
父親の居ない橋本真珠は、両親が一緒に仕事する事が多い農村において、幼少期から近所の子供にも【区別】されてきた。
その為に、室内で一人遊びする様になり、コミュニケーションに障害のある少女に育ってしまった。
そんな彼女にも、高校2年の時に憧れていた先輩が居た。
陸上部のエースで、校内でも人気の男子生徒だ。
だが、内気で友達付き合いも出来ない彼女に交際を申し込む勇気は無く、また、彼は多くの女生徒からのアプローチも受けていたので、女同士の争いに参加する意気込みも無かったので、遠くから見守るファンに留まっていた。
勿論、地味な外観の真珠が先輩から付き合いを申し込まれる事も無い。
その先輩が運動系の大学に進学した事で、真珠の恋愛感情は一つの区切りをつけていた。
高校生時代に、彼氏彼女の関係になるのは、実質は二割前後だと言う話もある。
更には昴達の存在を知った事で、真珠の校内での人間関係が広くなる事は無かった。
寂しくはあったが、それはデメリットだけではない。
同じ様な受験生でも、誘われてしまって付き合いで、つい、カラオケなどに行ってしまう者も見掛けたからだ。
「下手な誘いが無い分だけ、受験に打ち込めるわ」
将来的に地元を離れる覚悟をしている真珠は、逆に恋愛関係が無かった事で、あきらめもついている。
もし、恋愛対象を作るとしても、それは新天地で作る方が良いと考えてもいた。
今の状況を無駄にしない為にも、新天地で新しい生き方を探す為にも、彼女を騙し続けてきた母親と離別する為にも、真珠は勉強に打ち込んだ。
近所には、今も父無し子として有らぬ噂をする人達も居る。
真珠は、無理をしてでも、その様な環境から抜け出したかったのだ。
夏休みも近づいたある日。
「この封筒は?ラブレターじゃない様だし」
教室の真珠の机の中に、見慣れぬ封筒が有った。
封筒は、ラブレターに使われる様なコジャレた物ではなく、都内の大手銀行の物だ。
中に入っていたのは、真珠名義の貯金通帳と印鑑とキャッシュカード。あと、一通の手紙だ。
『志望校の受験や交通費にお金が必要だろう。気にせず使いなさい。 昴 紗香』
「御兄様ったら・・・こんな額を」
正直、親に内緒で東京の大学を受験しようとしていた真珠にとっては、ありがたいお金ではある。
だからと言って、一千万円と言う金額は多すぎないだろうか?
まぁ、全額を使う必要も無く、参考書を貰った分だけ当初より予算に余裕が有るので、ほぼ使わずに通帳ごと返す事ができるだろう。
「でも、どうやって銀行口座を作ったのかしら?」
昨今は、銀行口座を作るのにも身分証が必要となるからだ。
まだ学生である真珠には分からない方法があるのだろうと、ポジティブに考える事にして、彼女は帰宅後にスマホのラインでお礼の連絡を入れた。
『予告も無く送り付ける様な形になって、申し訳なかった。』
〔びっくりしました。金額にも〕
『事前に話をしたら、受け取らないと思ったんだ』
〔確かに、断ったと思いますが助かります。ありがとうございます〕
彼女にとって問題となっていたのが、東京に出てからの生活費だったのだ。
お金は、とりあえず借りる形にして、働いてから返そうと彼女は思っている。
幸いにも真珠が受けようとしている都内の短大は、そんなに難しい難関校ではない。
母親達に妨害されなければ、県内の大学寮に入ると偽って都内の大学を受け、昴からのお金で近くにアパートを借りて実質の別居ができる。
「これで何の心配もなく、受験勉強に集中できるわ」
紗香からメールで、志望校を偽る方法のレクチャーを受けた後に、真珠が都内の短大に受かるのは、これから半年以上後の話である。




