12 ヒーローと六月の花嫁
意外に思われるかも知れないが、任侠道を極める者は社会的な礼儀や常識を重んじる。
それを【仁義】と言う。
特にコレを組織のトップが守らないと、誰もついてこない。
だから、礼儀を軽んじる者を力ずくで潰す。
街中を見ていると分かるが、【一般人】と呼ばれる人達の方が礼儀や決まりを守らないのが現状だ。
急いでもいないのに、車の来ないからと横断歩道の赤信号を無視して渡る者やエスカレーターを歩く者。
近いからと関係の無い工事現場を突っ切る者。
閉まる電車のドアに手や物をはさみ抉じ開ける者。
店員だからと、身勝手な話に延々と付き合わせる客。
雨の日に傘をさして自転車に乗る者。
他にも厳密には犯罪に該当する行為や、他人に対する礼節に欠けた行為をする【身勝手な者】は、町に溢れている。
誰も咎めず、誰も罰しないので『誰に迷惑をかけてないんだからいいじゃないか』と自由宣言をする者で溢れているのだ。
警察の法も細かい所までは決められていないし、迷惑行為は訓告止りだ。
礼儀を守らない者、法の目を掻い潜る者、口で言っても治らない者、それらを力で正そうと【正】しい【義】を行おうとする者を、社会では【暴力団】と称している。
本当に性根が汚れているのは彼等なのか?一般人と呼ばれている多数派の者達の考え方なのか?意見の別れるところだ。
社会的に極道が犯罪者扱いされるのは、社会から異端者扱いされた者達がマトモな仕事につけない為に、犯罪に走って生活費を賄う事が少なくないからだ。
家へ帰った昴は、同行していた神埼達と刺青隠しのファンデーションを落とし、髪の毛の染料を洗っていた。
「今日はご苦労だったな、神埼」
「いえいえ。親分と若頭の為なら、何でもないですよ。ただ、この変装は大変ですよね」
特にファンデーションを落とすのには、シャワールームに女性陣を入れて手伝わせている。
「どんなに仁義を通そうが、俺達の存在は反社会的にしか理解されないからな」
「非合法な暴力で、悪を殺している者を【ヒーロー】って呼んでいる者達が、なんで俺達の仁義を認めてくれないんですかねえ。おかげで、こんな苦労をしなくちゃいけない」
「だから、世のヒーローは仮面をしたり変身して正体をを隠すんじゃねえのか?」
物語りのヒーローは、大半が非合法な暴力を振るう者だ。
主人公が正体を明かせば、家族が悪役に人質に取られたり、主人公が法律に罰せられるのだ。
「じゃあ、俺達も抗争の時は顔を隠しますか?」
「いや、そう言うのは卑怯者のやり方だろう!やった事の責任を取るのも任侠道だ。だが、それもアリか?」
昴は、部下である神崎の冗談を少し考えて込んだ。
化粧落としが終わり、身だしなみと着替えを始めた昴に、神崎の部下が寄ってきて、片膝をついた。
「若頭、真珠様のおっしゃっていた【真珠星】について調べていたのですが、面白い事が分かりました」
「話してみろ」
真珠が天体に詳しいと知り、神崎の部下がネットで調べていたのだ。
実は昴の父親である弥彦は星座などに詳しいのだが、昴自身は門外漢だった。
ただ、自分が牡牛座と言うのは一般常識として知っているのに加え、自分の名前の由来を聞いていた。
昴、プレアデスは、牡牛座にある星団で、小さな青い星が幾つも集まってできているのが、不出来な者が集まった組に似ている事。
牡牛座には、他にもヒアデス星団と言うものがあるが、昴が動詞「統ばる」に由来している事もあり、牙釖組の跡取りに最適とされたのだった。
「まず、【真珠星】ですが、ラテン語で【小麦の穂】の意味で、乙女座である正義の女神アストライアが持つ小麦の穂として名付けられています。ただ、アラビア名はアジメクで【守られていない】の意味をもっています」
「橋本家は農家だから、【小麦の穂】と言うのは良かったんだろうな。だが、過保護過ぎて嘘で固めることが『守る』と考えていたのは間違いだな」
部下の報告に、昴が理解を示した。
これらの知識は次回、真珠に会う時の話題になるので昴には聞き逃す気配がない。
「あまり知られていない事らしいですが、青白い光を放つスピカは一つの星ではなく、実際には5つの恒星が重力的に結び付いた連星を成しているそうです」
「青い光と複数の星からできているなんて、プレアデスに似ているな」
「まさに御兄妹ですね」
離れていても似ている事を言われ、昴の口角が上がる。
「次に【乙女座】ですが、ギリシア神話の中で乙女座は、正義の女神アストレアを示す星座で、この女神は主神ゼウスの娘です」
「正義の女神かぁ。乙女座の性格もだが、真珠も潔癖症っぽい面があるからな」
人を騙したり、偽りで誤魔化そうとする行為を嫌うと事前の調査でわかっていたので、昴達は大変手の込んだ接触や言葉選びをしたのだ。
「因みに若頭の【牡牛座】は、そのゼウスが変身した姿だそうです」
「牡牛座は乙女座の父親なのか?星座でも血縁なんだな俺達は。変身して会ったのも偶然じゃないみたいに思えてきたぞ」
いつもは部下の顔を見ないで報告を受ける昴が、珍しく神崎の部下を見ながら話を聞いている。
よほど、感激しているのだろう。
「じゃあ、御嬢の護衛を【プレアデス】ってチーム名にしたらどうですか?名乗れば御嬢にだけは若頭の手下って分かるじゃないですか?」
「それは良い考えだな!」
自分に因んだ格好いい名前に、昴も賛成らしい。
「あ、あのう、若頭、神崎の兄貴、【プレアデス】は全員が女なんですが・・・」
「・・・・女装させますか?それとも女を護衛にしますか?若頭」
「・・・・いや、女装はやめとこう。子分が変態扱いされたり、変な趣味に走るのは看過できない。それに女だと力不足だろう。だが名称は採用だ。神崎、ステゴロで顔つきの良い奴を選んでくれ」
「はい、お任せ下さい」
神崎と部下の表情に安堵の色がみえた。
【ステゴロ】とは、武器を使わず素手で戦う行為や、それを戦闘スタイルにしている者の事だ。
武闘派極道である牙釖組は、武装戦闘もだが、格闘技に秀でた者も多い。
相手の組を潰す時は兎も角、力の差を思い知らせるだけの時は、武装で周囲を包囲して、防弾装備のステゴロ組員で打ちのめす。
その為、昴の組にはステゴロの者が少なくはない。
「ですが、若頭。プレアデスの前に、やるべき事が有りますので、それはまた後日って事で」
「そうだな。真珠が来るにしても来ないにしても、都内でやらなくちゃならねえ事がある」
今回の真珠歓迎計画に参加した組員は、ほんの一部だ。
大半は六月のイベントに向けて動いていた。
六月のイベント。
六月には昴と紗香の結婚式も有るが、それぞれの組で準備していたのはソレだけではない。
敵対していなくとも、近隣の者が巨大な力を持つのを嫌がる輩は多い。
今は敵対していないが、いつ利害関係がぶつかるか分からないからだ。
そうでなくとも、大きい顔をされるのを嫌がるのは人間の僻みなのか?自尊心なのか?
昴と紗香の婚姻を表向きは祝っていても、裏で妨害行為をしている者が、組織の内外に幾つか居たのだ。
具体的な方法としては、昴や紗香の暗殺が試みられていた。
「若頭には、四月の御母堂達への報告、五月の修学旅行案内と御多忙続きではありましたが、六月の結婚式へ向けて更なる御活躍を願いたく」
「分かっている。一斉に潰すからついてこい」
「へいっ!若頭」
この数ヶ月間、牙釖組も紅蓮会も個々に組織内の粛清を続けてきた。
昴にも紗香にも、常時十名以上の舎弟が付き添い、普段とは違う姿に変装していた事もあって、暗殺は未然に防いでいた。
組内の不純物を削ぎ落とした次は、組織外の反対勢力を潰す番だ。
組織内では他者の力を借りる事はできなかったが、この婚姻を邪魔すると言う事は、牙釖組と紅蓮会の両方を敵に回すと言う事だ。
幸いにも、橋本家と真珠への対応で、両家の新郎新婦に近い者は連携の訓練ができていた。
戦闘と武器の手配を牙釖組が、資金と情報管理を紅蓮会が行う分担も話がついている。
極道の収入源には、祭りの出店や店舗経営、交渉代行、用心棒なとが定番だ。
一部の半端者仕事として、詐欺や麻薬売買、誘拐や窃盗などがある。
経済極道の紅蓮会は、少し違った収入源を持っている。
非合法では有るが、武器や金品の密輸と売買、盗聴による個人や企業の脅迫などだ。
建設業相手などだと、大規模工事の入札などの時に、依頼主の邪魔になる企業を排除する。
相手企業の社会的に不利な失態情報や、責任者や重役の個人的弱味を探りだし、入札から手を引かせる様な事をやっている。
つまりは、盗聴や情報収集は御手の物なのが紅蓮会なのだ。
「若頭を暗殺しようとした証拠は押さえてあります。地域の会合でも文句は出ないでしょう。若頭と紗香さんは指揮車で御観覧ください」
「分かった。充分に注意する様に」
計画は、日が落ちてから行われる。
主を最前線に出すのは愚策の極みだが、現場近くで見ていると分かるのは部下の士気があがるものだ。
昴達は指揮車として用意された車の中で、これから襲うビルを眺めていた。
『既に、周囲の敵組員と拠点は押さえています』
先ずは事前に先駆けを送って使者の訪問を告げ、伏兵や拠点の下調べをしてある。
次に使者が敵対組織の事務所を訪れて、若頭暗殺の物証となる録音などを披露する。
相手が外道でも、こちらは仁義と礼儀を通すのが極道だ。
暗殺未遂が知られていないと思う者も、知れたのではないかと勘繰る者も、武器も持たない、たった一人の使者を拒否したりはできない。
当然だが、先駆けを送られているので、組長不在などという事もできない。
「この落とし前は、つけてもらいますよ」
「糞ったれがぁ~!先ずは貴様が血祭りじゃあ」
大抵の場合はコウなり、殴り掛かってくる。
いきなり斬りかかってきたり、銃で撃ってくる事もある。
勿論、この使者には防弾防刃ベストと通信機が備えられ、会話の全てが傍受と録音録画されているのだ。
『ステップ2、実行』
敵対組事務所内での会話を無線で聞いていた指揮車から合図が飛ぶと、辺り一帯が停電した。
町の送電は複数の系統があり、予備や相互補助のシステムにより安定供給されているが、その全てが一度に計画的に遮断、破壊されては為す術がない。
『ステップ3、突入!』
真っ暗になった事務所ビルの窓ガラスを散弾銃が撃ち抜き、投げ込まれた催涙弾に続いて、残った窓ガラスを蹴破って黒ずくめの男達が乱入してきた。
ヘルメットをかぶり顔には暗視スコープをつけている。
暗闇の中でも確実に射撃していく。
口もともマスクをつけている為に、人相をうかがい知る事はできない。
「クソッ!何処の組の者じゃい?」
「やめろ、闇雲に射つな!」
適当に撃った銃弾が、何発か襲撃者に当たった様だが、防弾装備の為か動きが止まる事はない。
一部の突入者が、赤外線ライトと紫外線ライトを灯しているので、使者の身に付けている蛍光色のネクタイだけが暗闇でオレンジ色に浮かび上がっている。
この襲撃者達は、近隣のビルから事務所ビルの屋上に忍び込み、ロープで外壁を下ってきたのだ。
監視カメラの多くは、上方からの侵入に対応していない。
彼等が撃っているのは消音器付きの硬質ゴム弾だが、動きを止めるのには充分だ。
更にステゴロを得意とする者が腕力で叩きのめし、倒れた者達に片っ端から二種類の薬剤を注射していく。
二度手間を防ぐ為に、注射が終わった者には緑色の蛍光スプレーが振りかけられている。
ビルの一階からも同様な者達が侵入し、ビルの人間を組員であろうとなかろうと、銃撃して薬剤で昏睡させていく。
『一階と地下階クリア』
『二階三階クリア』
『四階屋上クリア』
『警察無線は問題なし』
『了解、オールクリア!ステップ4へ移行する』
一階からタンクを背負った男達が各フロアへと広がっていき、入れ替わる様に使者と突入班が出ていった。
背中のタンクから伸びたホースから、何かの液体を撒いていた。
体格のせいか、薬の効き目が弱かった者が意識を取り戻して異様さを感じた。
「き、貴様等、何をし、している」
「動けまい?牙釖組に敵対したんだ。うちの名物を味わってもらおうと思ってな」
「名ぶ・・・つ?」
必死に体を動かそうとするが、足が思うように動かない。
麻酔薬と、下半身に射たれた筋肉弛緩剤の一種の為に、呼吸などはできるが歩けない。
「名物は焼き菓子だよ」
その言葉を聞いて組事務所の者は、撒かれている液体が灯油かガソリンである事に気が付いた。
射たれた薬品の為か、嗅覚も麻痺していたのだ。
実際に撒かれているのは灯油に近いものだ。
放火の可燃物としてはガソリンが有名だが、ガソリンは気化して爆発しやすいので破壊には向くが、実は放火には向かない。
『散布班撤収』
「じゃあ、コンガリと焼けてくれ」
「ま、待て、俺は・・・」
今回の暗殺に反対していた組員も居たのだろうが、既に何を言っても遅すぎた。
『ステップ5、点火』
灯油を撒いている者達が消えてから直ぐ様、煙が立ち込めてきた。
「ゴハッ、ゴフッ、ゴフッ」
そこかしこから、咳払いが聞こえてくる。
やがて、オレンジ色の炎が見えてきたが、男も他の者も動けないでいる。
「ごふっ、ごふっ!なぜ、一思いに殺さない?」
答えは簡単だ。
銃撃で死ぬよりも、炎や煙に巻かれて死んだ方が苦しい。
更には鎮火後の検死で、死んでから燃やされたのか、火災で死んだのかが分かるし、体内から銃弾が発見されると殺人である事が分かり、警察の動きも変わらざるをえない。
火元は特に激しく炭化するし、部分的に火力が変わって金属が溶けていれば灯油などの使用も見えてくるが、全体的に散布されていては判断が難しい。
離れた場所に停まっていた指揮車からも、ビルが燃える様が見てとれている。
そろそろ野次馬も集まりだした。
『アルファチーム各員、散開して予定時間まで潜伏。その後集合地点へ』
『『『了解』』』
彼等の素人らしからぬ行動は、外国の退役軍人を雇ってレクチャーを受けて訓練してきたからだ。
装備も、海外からの輸入物が多い。
「では、指揮車移動します。『指揮車移動。ブラボーチームスタンバイ』」
『ブラボーチーム、了解』
この日だけでも、三件の停電と不審火による建物火災が発生し、彼等の行動は一週間も続いたのだが、年間三千件前後も発生している都内の建物火災の中では、誤差の範囲でしかなかった。
「これで、安心して結婚式が迎えられますね」
都内を拠点にする極道としては最大級となる紅蓮会と牙釖組の連合体は、この後に更なる拡大をみせる事となる。
この作品は、5日、10日、15日、20日、25日、30日(または月初)の00時に次回発表となります。




