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11 参考書

 19時。

 ホテルでは、班単位での点呼を取りはじめた。


「・・・次、中島班。中島居るか?」

「はい!」

「橋本」

「はい!」

「長谷川」

「ひゃいっ!」


「・・・・長谷川? 」

「ひゃいっ!ひまふ」


 変な返事に、担任が長谷川の方へ目を向けた。


「先生。長谷川さんは激辛料理の食べ過ぎで、喉の調子が悪いんです」

「なんで、そんな事に?」


 確かに長谷川の唇は、真っ赤に腫れていた。


だって(はって)超激辛なんて(へひはらはんへ)田舎で(ひなはへ)食べられない(はへはへはい)じゃない(ひゃはい)!」

「珍しい物を食べてみるのも勉強になるが、生活や学業に影響が無い様に注意しろよ」

はい(ひゃい)


 担任は、深い溜め息をついて名簿にチエックを入れ、点呼を続けた。




 点呼が終わり、ホテル内での自由時間となるが、部屋に戻ろうとしたところ、真珠だけ担任に呼び止められた。


「橋本。夕方に、お前の親戚を名告る人が荷物を届けに来たぞ。中身は参考書らしいから預かっておいたが」

「参考書ですか?」


 彼女が受け取った紙袋確認すると、確かに大学受験の問題集や、真珠の志望校の過去問題集だった。


「(御父様かな?どうして志望校を知ってるんだろう)ありがとうございます。あっちじゃ手に入りにくいんですよねぇ」


 担任教師は川越教諭の件で橋本の親戚が居る事を知っていたし、朝に車が迎えに来た事も知っていたので、受け取ったのだろう。

 一応、中身を確かめさせてもらったが、それが真珠の志望校の参考書ともなれば彼女が頼んだと考えるのが普通だ。


 ただ、真珠からしてみれば、志望校の件は親にも詳しくは話しておらず、学校の進路希望の書類に書いてあるだけだった。


 真珠は知らない事だが、学校へ転入させてある昴の部下の息子が、この日の内に残った教師の一人を買収して、彼女のクラス全員の進学希望を調べさせていたのだ。


「親切な親戚が居て良かったな」

「はい」


 手さげ袋いっぱいの参考書は、確かに真珠の役に立つ。

 この手の書籍は、意外と高額なのだ。

 志望校を知った方法は分からなかったが、真珠は素直に好意を受ける事にした。


「やっぱり、無いか!」


 ホテルの客室で手紙の類いが無いか調べたが、メモ書きすら無かった。

 恐らくだが、母親などに見つかるのを恐れたのだろう。

 代わりに『勉強頑張れ』と言うLINEが昴から入っていた。

 貰った本に、軽く目を通す。


「橋本さん、修学旅行に来てまで勉強なの?」

「違うわよ。大きな街でないと手に入りにくい本を、この機会に買ったの」


 確かに東京ならば、近隣以外の問題集も手に入る事が多い。


 この様な質問をされるのも、ホテルでの部屋はツインの相部屋で、組み合わせは出席番号順なので班編成とは違うからだ。

 親戚の事とか状況を知らない同級生に本当の事を話す必要はないので、真珠は適当な返事で誤魔化した。


「本当に、私の事を親身になって心配してくれてるんだなぁ」


 参考書をめくりながら真珠は、昴や今日会った父親の事を考えていた。


 実際には、相手を思っての嘘や、そっとしておくのも優しさなのだが、人間と言うものは目の前にぶら下げられた恩恵しか理解できない事が多い。

 本当の愛情とは、少しだけでも長く慈しむ事だと言う事が、この手の人達には分からないのだ。


 ただ今回の事で、東京での伝手(つて)がある事を確信した真珠は、東京の短大に進学する決意を固めたのだった。





「おかげで、充分に楽しめたわ、昴さん」

「前回は、顔見せだけだったからな」


 真珠達をホテルに送り終わったワンボックスカーの中で、紗香と昴は今日一日を振り返っていた。


「うちの組も男ばっかりだし、同年代の子供とショッピングに行くと、特定の一家に肩入れしているみたいにとられるから不自由していたのよ。婚約相手の実妹なら、文句の出しようも無いから安心だしね」

「始めて娘に会えただけじゃなく、抱擁までできて、親父から紗香に御礼がしたいと言ってきてるみたいだぞ」


 昴は溜まっていたメールを確認しながら笑みを浮かべた。

 紗香にしてみれば、二人の物理的距離を縮めたいだけだったが、予期せず真珠がよろけたので、抱擁の形になったのだ。


「おじ様が倒れた時は、生きた心地がしなかったけどね」

「あのまま昇天しても、誰も紗香を恨まないさ。俺という後釜も決まっているしな」


 昴の父親が失神した時の笑顔は、配下の誰もが呆れる親バカ顔だったらしい。

 目覚めた弥彦(オヤジ)は、なぜ幸せの絶頂で死ねなかったのかと悔やんでいたと聞く。


「そう言えば、高校に入っていた山本の息子が調べたらしいが、真珠は東京の短大に進学希望だそうだ。親父が参考書と問題集を送ったらしい」

「じゃあ、また真珠ちゃんとショッピングできるのね?」

「志望校に合格できればな」


 昴は、真珠と登録したLINEにメッセージを入れる。


「問題の一つに、学費や生活費を橋本の家がどこまで出すかだな。アルバイトばかりでショッピングする時間が無いかも知れないぞ」

「そこは、実の父親が養育費を出すんじゃないの?」

「やめてくれ、親父なら借金してでもマンションを買い与えそうだ」


 本当は牙釖組の本家で養いたいくらいだが、それでは真珠の世間体が悪くなる。

 警察にマークされたり、事情聴取させたくはない。

 その為に、昴や紗香は変装までして、接触していたのだから。


「それに金銭面だけじゃなく橋本家は、親父や俺が居る東京に真珠を近付けたくないだろうし、お袋みたいに悪い男に引っ掛からないようにと、逆に北海道とかの大学にさせるんじゃないかと思うんだよ」

「それはアルわね。実の息子にアノ対応する家だから。あの子(真珠)は素直だから東京へ行く事を隠したり、納得させたりって辺りを巧くやれるかしら?」


 真珠が素直に志望校を母親達に教えたら、絶対に反対するだろう。

 彼女が母親達に巧く嘘をつけるかどうかまでは、昴も紗香も人間性を知っている訳ではない。


「そういう所は、紗香からアドレスを入れてくれないか?」

「義妹とのショッピングの為だもの、任せなさい!」


 昴は、こういった話術や根回しが得意な方ではない。

 牙釖組にも得意な者は少ないし、何より女性らしい嘘のつきかたは、女性に任すのが最適だと判断したのだ。


「大学入試センター試験・・・今は【大学入学共通テスト】って言うんでしたっけ?確か1月ですよね?6月の結婚式に呼んでも勉強の邪魔にはならないんじゃないですか?」

「いや、千島さん。結婚式には真珠を呼びませんよ。俺も紗香も呼びたいけど、組員や来賓に繋がりがバレると、こっちの世界に真珠を巻き込む事になる。アイツは半端者(ヤクザ)にしたくない」

「・・・・・そうですね」


 紗香の部下であり、今は運転をしている千島に、昴は基本方針を告げた。


 本当に極道になりたい者など居ない。

 周りに認めてもらえず、居場所の無くなった者が、自らを主張する為に力を求め、流れ着いた場所が【組】なのだ。


 誰かに認められる場所があるなら、それに越したことはない。

 真珠が図書館の司書になりたいと言うなら、その障害となる事は排除か隠蔽するのが、昴や父親である弥彦の考えだ。


 ただ、昴個人としては、橋本家は例外ではある。


「だが、実の母親や祖父までが、あそこまで人情の無い奴等とは思わなかったがな」


 父親の弥彦は兎も角、血の繋がった昴にまで、あそこまでの排斥行為をするとは、正直思わなかった。

 彼等にしてみれば、偏見と世間体を気にしての行為だろうが、他人の見ていない所でまでアレでは、どんな子供でもグレるだろう。

 確かに母親達には、真珠を巻き込まない考えも有ったのかも知れない。


 だがそれは結果的に、事実を自分で考える年頃になった真珠の反感も生んでしまった。

 【実の血縁者へ結婚の報告をする】と言う一般的な常識を行った昴達が、【嘘で体裁を繕っていた母親達】の局部的な正義とぶつかった結果が、今回の事と言えるだろう。


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