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元カノが家族になった。そして元カノの妹とキスをしている所を元カノに見られた。

元カノが家族になった。そして元カノの妹とキスをした所を元カノに見られた。続

作者: 棘 瑞貴

前回のお話を読んで頂いた方がお楽しみ頂けると思いますm(_ _)m


完結編投稿しました↓

https://ncode.syosetu.com/n8873ht/


前編こちら↓

https://ncode.syosetu.com/n5202ht/


「七海、入るぞ」


 少し強めのノックで僕は誕生日的に義姉に当たる、竜胆 七海(りんどう なつみ)の部屋の前に立った。


 昨日、義妹の葉月(はづき)ちゃんに仲直りをするようにと言われたからな。


 僕と七海は元恋人。

 中学生の頃の子供の恋愛でも、僕らはあの頃をずっと引き摺っているみたいだ。


『……入れば』


 っと、余計な事を考えてたら部屋の奥から七海の声が。


 僕は少しだけドアノブを引くのを躊躇いながら部屋へ突入した。


 そこには──


「な、七海……!?お、お前服は!?」


 美しい漆黒の長い髪、抜群のスタイル、豊満な胸元……そのどれもが惜し気もなく今、僕の目の前に晒されている。


 中学の頃とは比べものにならない、魅惑的なその姿は現実のものとは思えない。


 唯一の救いは下着だけは着けてくれている事だな。


 僕がドアの前で固まっていると、白い四肢を見せ付ける悪魔が僕の名前を呼ぶ。

 

「……緋色……君、いつまでそんな所で突っ立ってるの……早く来たら」


 頬を赤く染めながら彼女はベッドに座る自分の隣をポンポンと叩く。


 ……いつまで見惚れてるつもりだ僕は。


「……お邪魔します」


 昨日、葉月ちゃんの部屋を訪れた時と同じようにそう言って彼女の隣に向かう。


 葉月ちゃんとは違いピンクっぽい家具が数多く置かれ、女の子よりも女の子している、そんな部屋を歩く。


 七海の所まではおよそ6歩。

 踏み締める度に心臓の鼓動が強くなる。


 どんなに頑張っても七海の体から目を離せない。


 すとん、と彼女の隣に座った時には、もう何を話そうとしてたかは全て忘れてしまっていたよ。


 だから僕はとりあえず七海の真意を探ろうとした。


「七海……一体これはどういうつもりだ」

「どうって?」

「君の格好の事だよ。服着ろよ、これじゃまともに話も出来ない」


 僕が七海の白い太ももに視線を落とした時だった。


「!?」

「……本当だ。緋色、心臓の音凄いね……」


 何のつもりか、七海は僕の心臓に耳を当てていた。

 重い胸元が僕の膝に当たっているのは何とか意識しないようにしたぞ?


 ──だがしかし。


「おわっ!?」


 七海はそのまま僕を押し倒し、馬乗りになった。


「……緋色……体、大きくなったね」


 僕の体を指でなぞりならそう呟く七海の妖艶さは、表現のしようがない程だった。


 あまりの展開に頭がパニックだ。

 だが理性を失う訳にはいかない。


「……君付け忘れてるぞ。義姉(ねえ)さん」

「っ……緋色……君……」

「……ん」


 七海の表情は見えない。

 黒いカーテンが引かれた様に長い髪が彼女を隠している。


 ……それでも、今、七海の顔なんか見なくったって僕には彼女の表情が分かる。


「……泣くなよ。こっちは訳が分からないんだから……」

「……っ……ひ、いろっ……!」

「抱き締めたりはしないぞ。僕らはもうそういう事をする関係じゃないんだ」

「……分かってる……バカ……」


 僕は七海が落ち着くまで待った。


 不思議な時間だった。


 僕の体の上で嗚咽を洩らす元カノという謎の構図は5分程続く。

 七海は泣き終わると、僕の頭の横に両手を付いて美しくなった顔を近付けて来た。


「……キスの練習、しないの?」

「……しない。僕は葉月ちゃんの頼みで君と話をしに来ただけだ」

「そう……で、今さら何を話す事があるの」


 七海はようやく僕の体から降り、先程と同じ様にベッドに腰掛けた。


 僕も体を起こし、七海の隣に座る。


 お互い目線を合わせる事はない。

 床の模様を見ながら僕は口を開いた。


「お互い不干渉の約束、止めないか?」

「! どういうつもり……?」

「勘違いするなよ。僕は君とやり直すつもりはないし、あの日の言葉を忘れた日はない」

「……あれは……緋色が……!」

「そう、それだ。僕は何故僕が悪いと思われてるか分からない。お互いそこを解消しよう。そうすれば元の……いや、本当に普通の義姉弟(きょうだい)にはなれるんじゃないかな」


 本当に今さらだ。

 だけどこれは葉月ちゃんの為にやらなくちゃいけない。


 じゃないと聞けないからな。


 ──葉月ちゃんのキスの意味に。


「七海、あの日の事を精算しよう。それで納得出来るかは別にして、いい加減この歪な関係は止めよう」

「……あなたからそんな事言うなんて、一体何を葉月に吹き込まれたのかしら?」


 吹き込まれたのは葉月ちゃんの粘膜──うぉ、キモいな僕。


 あぁ真面目になれ僕。いつまで七海の体に惑わせれてるつもりだ。


「別に。約一年半、うんざりしてきただけだよ。それと七海……そろそろ服を着てくれないか?」

「ふふ、嫌。あなたのいやらしい視線は割と心地好いもの。昔の女に欲情して、このケダモノ」

「……急に元気になりやがって」


 結局七海は服を着るつもりがないらしく、僕達はそのまま話をする事になった。


 さて、前置きが長くなってしまったがそろそろ語ろうか。


 中学3年の冬、僕らの間に何があったのかを──





 12月23日。

 クリスマスイブの前日、あたしはいつもの様に家で緋色を待っていた。


 以前は葉月と3人で過ごす事もあったけど、お願いをしてからは葉月はあまり顔を出さなくなった。


 ……少し悪い気もしてる。


 だけど葉月はたぶん……緋色の事が──


 ──ブブッ。


 あたしのスマホに緋色からメッセージが入る。

 どうやら家の前に着いたみたいね。


 あたしは一瞬考えかけた事を頭から消し、緋色を迎えに行った。


「お待たせ、七海」

「待ったわよ緋色のバカ。会いたかった!」

「わっ、抱き付いてくるなこけるって!」


 時間的には全然待ってなんかない。

 だけどあたしが緋色を待っている間に感じる時間は酷く長い。


 だから飛び付いたって許される筈だ、うん。


 あたし達は付き合って一年が経とうかというのにラブラブだったの。


 そう、クリスマスイブまでは。


「七海、明日どうする?」

「そうだね……あたし行きたい所があるの!ここなんだけど──」


 あたし達はいつも通りリビングで話をしていた。

 明日は付き合って初めてのクリスマスイブだからね。ちゃんと決めておかないと。


 話し合いはスムーズに進み、緋色が立ち上がる。


「そろそろ葉月ちゃんに挨拶してくるよ」

「……う、うん」


 緋色はマメな男だ。


 3人で話す事がほとんど無くなっても、家に来ればきちんと葉月に一度は顔を見せる。


 あたしはその時2人がどんな会話をしているかは知らない。

 見に行くのは何となく葉月に悪い気がしたから。


 あたしはいつもこの時間が嫌い。

 そしてこんな心の狭い自分も大嫌いだった。





「葉月ちゃん、お邪魔してるけど今日はお話するかい?」

『……お兄さん?は、はい!入って良いですよ!』

「それじゃ遠慮なく」


 僕はいつもの様に葉月ちゃんに声を掛けてから部屋に入った。


「あれ、葉月ちゃんもしかして風邪引いてるの?」


 物の少ない部屋の中、目に入って来たのはベッドで横になってマスクをしている葉月ちゃんだった。


「そ、そうなんです……お見苦しい所をお見せしてすみません……」

「いや、それよりも大丈夫?何か買って来ようか?」


 僕は葉月ちゃんが寝ているベッドの下に座る。


 葉月ちゃんはそれを横目で見ながら顔を赤くしている。

 どうやら結構熱がありそうだ。


「だ、大丈夫です。姉さんが色々用意してくれましたから」

「そうか。七海も妹には優しいんだな」

「姉さん、お兄さんには甘々じゃないですか」

「……どうだか。まぁ可愛い女なのは間違いないけどね」

「……そうですか」


 葉月ちゃんは短くそう言った後、天井を見上げた。


「あの、お兄さん……無理して私に顔を見せに来なくても良いんですよ。姉さんが心配しますよ」

「心配ってなんの?あぁ、僕が葉月ちゃんに手を出さないかって?」

「……お兄さんは女心の勉強が足りませんね。中途半端な優しさは残酷ですよ……」

「え?」


 僕が聞き返すと、葉月ちゃんは再び僕の方を見て寂しそうに笑った。


「……一つ、お願いをしても良いですか?」

「あ、あぁ大丈夫だよ」


 いきなりそんな事を言うもんだから少し言葉に詰まってしまった。


「お兄さん、明日クリスマスイブですよね……」

「そうだね。それがどうかしたの?」

「私……お兄さんとデートしたいです」

「え!?」


 葉月ちゃんの唐突なお願いに少し大きな声を出してしまう。

 熱で冷静な判断が出来なくなってるのか……?


「……姉さんとデートするのは分かってます。だけど少しだけ、ほんの5分でも良いんです。私、お兄さんとイルミネーションを見たいんです……」

「そ、それは……」


 このお願い、叶えようと思えば叶えられる。


 七海が行きたいと言ったのもイルミネーションだったし、葉月ちゃんも一緒に来れば良いだけだ。


 だが言い方からして、僕と2人でって事だよな。


 5分……出来ない事はない。

 

 けれど葉月ちゃんは病人だ。


「葉月ちゃん、その体で来れるの?」

「は、はい……お薬も飲みましたし明日には良くなってますよ。お兄さんと会う時だけ外に出るくらいなら問題ありません」

「そう……」


 どうする……?葉月ちゃんの表情は至って真剣だ。マスク越しでも分かる。


 それだけイルミネーションを見たいなら叶えてあげたいしなぁ……


「良し、なら葉月ちゃん。5分だけイルミネーションを一緒に見よう。場所はまたメールするから明日おいで」

「! ほ、本当ですか!」

「嬉しそうだね。そんなにイルミネーションが好きなんだね」

「……お兄さんは本当に女心を勉強した方が良いです」

「へ?」


 思わずすっとんきょうな声を出しても葉月ちゃんは答えてくれなかった。

 代わりに布団で顔を隠し、風邪で辛そうな声で言った。


「あの、この話……姉さんには秘密にしてくれませんか?」

「それは構わないけど……言った方がすぐ来れると思うよ?」


 七海はデート中、僕がトイレに行くだけでむくれる女だからな。

 理由を聞いたら「……少しでも離れたくないの。面倒くさくてごめん」だってさ。可愛いすぎない?


「……姉さん、たぶん言ったらお兄さんを行かせてくれませんよ」

「そうかな?自分の妹に会わせるくらい大丈夫でしょ。今もしてるんだし」

「お兄さん……私はお兄さんがそれ程とは思ってませんでした」

「馬鹿にしてるって事だけは分かったよ」

「ふふふ、それは正解です」

「むっ……」


 隠していた顔を少しだけ見せて笑う葉月ちゃんはとても幸せそうに見えた。


 ったく、どんだけイルミネーションが好きなんだよ……


「まぁとにかく分かったよ。何とか抜け出してみるからまた明日ね」


 僕は少し長居してしまったなと思いつつ腰を上げる。


「はい。お兄さん、本当にありがとうございます。私のワガママを叶えてくれて」

「僕は葉月ちゃんのお願いなら何だって聞くさ。妹みたいなものだからね」

「……妹……ですか」

「違うかな?」

「……いえ……お兄さん、明日楽しみにしてます」

「う、うん。それじゃ」

「……はい……」


 葉月ちゃんに手を振ってそっと部屋を出た。

 扉を閉める前、葉月ちゃんは酷く悲しそうな顔をしているように見えた。





「緋色、見て見て!超綺麗だね!」

「そうだな」


 クリスマスイブ当日。

 僕と七海は予定通り繁華街を彩るイルミネーションを見に来ていた。


 全長1キロの大通りの木々に飾り付けられるイルミネーションの数々は、薄暗くなった街を華やかに映している。


 隣を歩く七海は雪が降っている事もあり、厚めの白いコートを着ている。

 タイツにミニスカートを合わせる事でいつもよりも大人っぽく見える。


「緋色、手……繋がない……?」


 少し鼻先が赤い彼女は僕にそっと手を伸ばす。


 だが僕はそれを避けた。


「悪い、ちょっと待ってくれ」

「え!?」

「すまん、トイレだ」


 しまった。

 これ、タイミングとしては最悪な気がする。


「むむむむむーーー……!!」


 あーあー……めっちゃむくれてる。

 まぁそんな顔も可愛いんだけど。


「ごめんってば。帰ってきたらちゃんと繋ぐから」

「……約束だかんね。破ったらあたし泣くから」


 僕に何かするんじゃなくて七海が泣くのかよ。

 本当、面倒な女だよ。


「ぷっ、七海の泣き顔をなんてごめんだよ」

「なっ!どうしてよ!」

「決まってるだろ?」


 僕は右手を伸ばし、七海の頭に乗せて撫でてやる。


「僕は七海の笑顔が好きだからね」

「も、もう……バカ……!」

「悪いな、それじゃちょっと待っててくれ」

「ちゃんと手、洗って来なさいよ」

「分かってる」


 そうして僕は七海を置いて約束の場所へ向かった。

 葉月ちゃんの待つ所へ──





「お兄さん!」


 寒空の下、七海よりもしっかり着込んだ葉月ちゃんが僕を見付けて手を振っている。


「葉月ちゃん!お待たせ、体調は大丈夫かい?」

「……こほっ……せ、咳は出ますが大丈夫です!」

「無理しないでね?」

「ふふ、心配しすぎですよお兄さん」


 頬が赤いのは寒いからか……?

 まぁ良い……来たからには短い時間だけど楽しんで貰おう。


「行こうか、葉月ちゃん」

「はい……!」


 そうして僕達は雪の降る街の中を歩き出した。


 イルミネーションを見上げながら、七海とは鉢合わせない道を歩く。


「……」

「……」


 僕らは何も喋らずただ歩いた。

 

 だけどそれは苦痛な時間なんかじゃなく、心安らぐ慈しむべき時間だった。


 葉月ちゃんも同じ様に感じてくれているだろうか。


 気になった僕は沈黙を破った。


「葉月ちゃん、どう?頑張って来た甲斐はあった?」

「……はい!ですが……少しだけ物足りません」

「え、な、なに?」


 僕がそう訊くと、葉月ちゃんは僕の冷たくなった手を取った。


「……今日くらい……許されますよね……」

「葉月ちゃん……?」


 ぽつりと呟いたものだから良く聞こえなかった。

 だけど葉月ちゃんはそれから僕の手を離す事はなかった。


 そして僕らはまた無言でゆっくりと歩く。


 イルミネーションの下、降り積もる雪を踏み締めながら。


 だがそれはすぐに終わりを迎える。

 約束の時間だ。


「葉月ちゃん……そろそろ……」

「はい……分かってます……分かってるんです……」


 葉月ちゃんは一向に僕の手を離す気配がない。


「お兄さん……もう少しだけワガママを聞いて貰えませんか?」

「そ、それは構わないけど……葉月ちゃんの体が……」


 葉月ちゃんの手は外の気温とは正反対に驚く程に熱い。

 僕の手が冷たい事を引いてもかなりの熱だ。


「……お願いです……私……もう少しでお兄さんを……」

「え?」

「……いえ……何でもありません。ごめんなさい……お兄さんを困らせてしまいましたね……」

「そ、そんな事は無いけど……」


 僕がそれ以上何も言えずにいると、葉月ちゃんは僕の手を離した。


「お兄さん……姉さんの所に戻ってあげて下さい。私はもう少しだけイルミネーションを楽しんでから帰ります」

「あ、あぁ……葉月ちゃん、ちゃんと帰れるかい?」

「心配しないで下さい。大丈夫ですよ……」

「……なら良いけど」


 とは言ったものの、心配は心配だ。

 だけど放っておいてしまっている七海も心配だ。


 悩んだ挙げ句、僕は葉月ちゃんに自分の着ていたコートを渡し、別れを告げた。


「お、お兄さん、これ……!」

「もっと着込んだ方が良いよ。僕なら大丈夫、それじゃね葉月ちゃん」

「お兄さん!」

「ん?」


 僕は既に駆け出していた為、少し離れた所から葉月ちゃんに振り返る。


「……風邪、引かないで下さいよ……ずるい人なんですから」

「病人に言われたくないね。ほら、ちゃんと帰るんだよ!」

「もう……」


 そして僕は七海の元まで走った。

 

 ……やっぱりちょっと寒い……





「……緋色、全然帰って来ないじゃない」


 あたしはイルミネーションが巻かれた木に寄り添って、愛しい彼氏を待っていた。


 男の人ってトイレにそんな時間掛からないんじゃないの?

 ま、まぁまだ5分も経ってないんだけどさ。


「待ってる時間は長いんだよ……緋色のバカ」


 さすがに暇だったので、あたしは何の気なしにスマホを手に取った。


 すると、すぐに連絡が入る。


 見てみるとそこには仲の良いクラスメートからだった。


 あたしは返事をしようと思って開けてみると、そこには『ヤバイよ』のメッセージと共に、一つの画像が添付されていた。


「……なにこれ」


 はっきりとは分からない。

 だけどそこに映っている人物が誰か、一人だけは分かった。


 自分の着ているコートを顔の分からない女に着せている男、あたしの大好きな彼氏がそこには映っていた。


 



「七海ごめん、遅くなった!」


 僕はかなり頑張って走ってきた為、上着が無くても寒さを感じる事は無くなっていた。


 そんな僕を見て、七海は暗く笑った。


「……ハハッ……何でコート着てないの……こんなのもう確定じゃん……」

「……七海……?」


 僕は様子のおかしい七海に手を伸ばした。


「触らないで……!」

「な、七海……?ご、ごめん待たせてしまって……」

「それは良い……ねぇ緋色、ちょっとお話しよっか。家に帰るよ」

「え?イルミネーションはもう良いのか?」

「……あんたはもう十分楽しんだんでしょ。良いから早く」

「あ、あぁ……」


 僕は訳も分からないまま、七海の家に向かった。

 道中、僕らは何も話す言葉は無く、葉月ちゃんの時とは違う居心地の悪さに包まれていた。


 本来なら今日はこのまま七海の家に泊まり、初めての夜を迎える筈だった。

 クリスマスだと言うのに彼女達の母親は泊まり掛けで仕事があるらしく、これはチャンスと見た七海の提案だったのだが……


「さ、入って」

「……」


 家に着いた僕はリビングへと向かい、いつもなら隣に座る七海は僕の向かい側に座った。


 僕達はしばらくそのまま固まって5分程が過ぎた。

 さすがに痺れを切らして、僕から切り込む。


「そ、それで話ってのは……?」

「あたしから言わないといけない訳?」

「は、はぁ?」

「……っ、もう良い。あなたが話す気がないならそれで」

「……?」


 七海は立ち上がり、今にも泣きそうな顔をして僕を見下ろした。


「……緋色、あたしの事どう思ってるの?」

「そ、そりゃ勿論大好きだぞ?」

「……あんたは結構嘘つくからね……口では何とでも言える」

「な、何だよその言い方……」


 さすがにそろそろ僕もムカついてきた。

 何なんださっきからいきなり……


「な、なぁ七海。僕には君がそこまで怒ってる理由が分からないんだが」

「そうでしょうね。分かってるけど分からないフリをするのが緋色だもの」

「……何なんだよ……いい加減にしろよ」

「何?逆ギレ?自分の胸に手を当ててよく考えてみたらすぐ分かる事でしょう」


 こいつっ……もう良い。

 何だか知らないが喧嘩を売ってるのは確かだ。


「僕にはお前が怒ってる理由が本当に分からない。寒いのに待たせてしまった事は謝る。だけどそれ以外の理由ならさっぱりだ」

「……本当に分からないの?あたしは緋色の事を信じてたって言うのに……!」


 な、何だよ……

 僕が消えた5分ちょいの間に何があったんだよ。


 もし葉月ちゃんと居たことがバレたってここまで怒らないだろうし……


 ──あ。


「……葉月ちゃんは?」

「はぁ?葉月なら部屋に居るでしょ。話を逸らさないで」

「……靴は無かったぞ。待て、嫌な予感がする──」

「ちょ、緋色!話はまだ終わってないよ!?」


 僕は冷や汗で濡れる背中の感触を感じながら、葉月ちゃんの部屋に向かった。


 ノックもせずに彼女の部屋を開けると、そこには誰も居なかった。


「……まさか……まだ帰っていないのか……?」

「緋色!逃げないでよ!あたしは──」


 後からやって来た七海の肩を掴む。


「七海!葉月ちゃんに電話を掛けろ、今すぐだ!」

「な、何よそんなに心配して。あの子だってもう子供じゃないのに……」


 僕は七海に電話を掛けさせながら、外へ出る準備をした。


「繋がったか!?」

「い、いや……でもいくら何でも心配しすぎじゃない?あたし達が居ない間に欲しい物でも買いに行ったんでしょ」

「あの子、凄い熱だったんだぞ!悠長な事は言ってられない!」

「……ってよ」

「あ!?」


 今すぐにでも駆け出したいのに、何かを言おうとする七海に声を荒げてしまう。


 七海は僕の腕を掴みながら涙を流し始めた。


「……待ってよ……今、話し合わないとあたし達……終わっちゃうかも知れないんだよ……?」


 そんなの葉月ちゃんの安全を確認してからでも良い。

 

 そう思う自分も居るが、七海の言う事も理解出来る。


 たぶん、今なんだ。


 今じゃないと伝えられない気持ちがある。


 今じゃないと交わらない想いがある。


「七海、僕はそれでも葉月ちゃんを迎えにいく」

「……!」


 葉月ちゃんの安全よりも大切なものなんて、この場において何一つ無かった。


 そして僕は絶対に言ってはならなかったであろう、決定的な言葉を言ってしまう。


「……今しか交わらない想いなら、きっとその程度の気持ちなんだよ。七海、これで終わるならそれでも良い。僕は葉月ちゃんを探してくる」

「……緋……色……」


 そして僕は玄関のドアを開けた。


 葉月ちゃんはすぐに見付かったよ。

 僕らが待ち合わせした場所に座って動けなくなってたみたいだった。


 葉月ちゃんは朦朧とする意識の中「ごめんなさいお兄さん……」としきりに洩らしていたよ。


 葉月ちゃんが謝る事なんか何一つない。


 おんぶをして葉月ちゃんを家に連れ帰ると、部屋には誰もおらず、15分程遅れて七海が帰ってきた。


 どうやら僕と同じように葉月ちゃんを心配して探しに行ってたみたいだ。


 だが、葉月ちゃんを寝かし付けて落ち着いてからも僕らが話し合う事はなかった。


 何をどう話して良いか分からなかったんだ。


 タイミングを逃した。

 あの瞬間、誤解を解くしか無かったんだ。


 だから僕はクリスマスイブの日付が変わる前に、リビングで七海にこう告げた。


「七海……僕の事が信じられないならそれも良い。僕達はここまでだって事だろ」

「……簡単に言うのね。あたしが間違ってるかも知れないのに……」


 簡単なんかじゃない。

 諦めてしまっただけだ。


「……緋色……あたしはあなたを疑ってる、今でも。だけどそれが誤解だと言うなら……まだ話し合えるなら──」

「……話し合って、何が変わる?君が僕を疑った事実は消えない。そして僕も君に失望した。それが全てだよ」

「……っ……」


 そして僕はもう二度と触れる事はないであろうドアノブに手を掛けた。


「七海、今まで楽しかった。幸せだった。もう話す事はないと思う……葉月ちゃんと仲良くしろよ」

「……緋色……!」

「……じゃあな」

「待っ──」

 

 僕はドアを開けた。


 泣きじゃくる愛しかった人を置いて。


 これで良いんだ。

 一度口にした言葉は消せないからな。


 帰り道、積もった雪の足跡を振り返る事はしなかった。

 思い出してしまうと思ったから。


 この想いを、いつか消せるだろうか。


 僕ならきっと消せる。消さないといけない。


 そう決意して気付く。


「……諦めるのって簡単じゃないんだな……」


 雪は降り続く。

 積もり積もった幸せな記憶に蓋をするように──





 時は再び現在に巻き戻る。


 思い出を振り返ってつくづく思うが、本当七海は成長したな。

 

 ……長い事お互いの記憶を語っていたのに、いつまでも半裸の七海を見てしまう。胸、触ってみたいなぁ。はぁ……死ねよ僕。


「……これで全部か?」


 邪な視線を取り繕うように僕は七海に確認をする。


 七海の知らない空白の時間に葉月ちゃんと会ってた事。

 友人から送られてきたメッセージは本当に誤解だった事。


 七海が未だに画像を持っていたので再確認したが、やはりあの女の子は葉月ちゃんで間違いない。


 七海も色々合点がいったんだろう。

 何も言わずただ僕の指摘に頷いていた。


「……結局、あたしの早とちりだったのね」

「どうかな。僕がもう少し冷静だったら葉月ちゃんを迎えに行く前に君の言う事を分析出来たかも知れない」

「それ、本気で言ってる?」


 ……さすが元カノ。


「本当は勝手に決め付けやがってこのクソ女って思ってるって言ったら信じるか?」

「超信じる」

「……やっぱり七海なんか嫌いだよ」

「ふふ、奇遇ね。あたしもよ」


 本当いい性格してるなこいつ。


 まぁだがこれが本来の僕達の会話なんだ。

 両親の前で見せる取り繕った会話なんか変だったんだろうな。特に葉月ちゃんは。


 一応、仲直りは成功って事で良いか?

 お互いにもう誤解は無いわけだしな。


「七海、もう言いたい事はないか?」

「はぁ?あるに決まってるでしょ。あんたには文句やら何やら沢山あるわよ」

「……今の内に言っとけよ」

「ふふ、そうね──」


 七海は口角を上げてニヤっと笑った後、僕の体に抱き付いて耳元に口を近付けた。


 震える声で七海は噛み締める様に告げる。


「……ごめんなさい……!いっぱいいっぱい……本当にっ……!!」

「……止めろ……」

「……あたしがバカだった……ずっと後悔してた……!」

「……七海……もう良いから……」

「……あたし……怖かったのっ、葉月に緋色を取られるかもって……!本当は、葉月を思ったらすぐに探しに行かないといけないのにっ……でも緋色を諦められなくて……!!」

「……七海……」


 彼女の涙は僕の肩を肌に浸透するくらい濡らしている。

 

 これは七海の懺悔だ。

 僕にはそれを聞き届ける義務がある。


 元カレ、だからな。


 だけど聞きたくはない。


 だって──


「緋色……家族になってからもずっと辛かったのっ、ずっとあなたと話したかった……前みたいに……!」

「……分かったから」

「……全部あたしが悪いの。本当なら幸せだった未来を捨てたから……!だから、本当にごめんなさい……!」

「……馬鹿野郎」


 ──そんなの聞いてしまったら涙が止まらなくなるだろ。



「! 緋色……泣かないでよ……!あながが泣いたらあたし、あたし……!」

「ははっ……君のせいだろ、ったく……泣けよ。思いっきり……僕も……そうするから」

「バカ……バカァ……!!」

「七海……!」

「緋色ぉ……!!」


 僕達は抱き合って沢山の涙を流した。

 

 雪で閉ざされた記憶を、ゆっくりと溶かしていくように──





「……目が痛い」

「僕もだよ……」


 あれから小一時間程が経過した。

 僕達の顔はパンパンに腫れ上がり、とても人に見せられるものじゃなくなっていた。


「……葉月ちゃんに聞かれてないかな」

「別に聞かれても良いでしょ」

「駄目だろ。秘密にしろって言われた事を──あ」

「? なによ?」


 七海はまだ気付いてないのか?

 これ、葉月ちゃんからしたら僕らが別れたのは、葉月ちゃんのせいって思うかも知れないって事に。


「七海、葉月ちゃんの為だ。僕らがどんな話し合いをしたかは秘密だぞ」

「良いけど……はぁ……緋色って本当に葉月に甘いわよね」

「当たり前だ。あんな可愛い義妹(いもうと)、溺愛しないでどうする」

「……緋色は残酷ね」

「は?」


 そう言えば葉月ちゃんにも似たような事を言われたような。


「なぁそれってどういう意味だ?」

「女心を勉強しろって意味。まぁあなたには一生分からないかもね」

「馬鹿にしてるな……」

「ふふ、正解よ」


 もう良い、とにかくこれで目的達成した訳だ。

 葉月ちゃんにも報告してやらないと。


 きちんと話し合って仲直りしたぞって。


「それじゃそろそろ僕は行くよ。七海、これからは"普通"で居ような」

「……」

「七海?」


 七海は僕の問い掛けに何も答えず、ただじっと僕の目を見つめていた。


「……緋色はあたしとやり直したくないの?」


 ……それを聞くのはずるいだろ。

 

 大体、葉月ちゃんからのお願いにそれは含まれていない。


「僕らは今義姉弟だ。彼氏彼女にはなれないよ」

「……そうやってすぐはぐらかす。何の為に脱いだと思ってるのよ……」

「そうだよ、なんで脱いでんだよ」

「言わなきゃ分からない?」

「え?うん」


 そりゃそうだろ、言わなきゃ分からないだろ。


「言ったって理解出来ない癖に」

「……僕を何だと思ってるんだ」

「今日の目的も忘れたおバカさんよ」

「それならもう終わったって。仲直──」


 僕が結論を言ってドヤってやろうとした時だった。


「!?」


 懐かしいあの感覚が、僕の唇に強く押し当てられた。

 葉月ちゃんと似てるのに、合っている(・・・・・)感覚は段違いだ。


 ……本当に懐かしい。


「っ……」

「……あたしは今日、襲われる覚悟だったのに……これで気付かないなら仲直りなんてしてあげない」

「……」


 唇を離した彼女の顔は耳まで赤く、僕の心臓の鼓動を加速させる。


 

「……その顔、やっと分かった?どこの女とするのか知らないけど、練習ならいくらでも付き合ってあげる。その女じゃ満足出来なくしてやるんだから……!」


 赤い顔で口角を上げる七海は立ち上がり、僕に人差し指を向ける。


「緋色、元カノなめんなよ!」

「……冗談きついよ……」


 僕は自信満々な七海から視線を外し、ベッドから降りた。


「こ、こら!まだまだ足りない──」

「葉月ちゃんが心配してるって言ったろ?そ、その……練習はまた今度で……」

「こ、この……ヘタレ……!!」

「地味に傷付く事言うなよ」

「ふんっ、知らない!勝手に帰れバーーーカ!!」


 七海は可愛げなく、ベッと舌を出して僕を追い払った。


 ……ったく、中身は本当に子供だな。


 僕は部屋のノブに触れ、振り返る事なくドアを開けた。

 今回はまたこのドアに触れる気がする。そんな予感を感じながら。


 去り際、七海が僕の名前を呼んだ。


「緋色!!」


 返事はしない。

 振り返ったら泣いてしまいそうだったから。


 七海も同じだろ?

 僕を呼んだ声が震えてたぞ。


 だけど、続く彼女の言葉に震えは無く、僕の心を激しく揺さぶった。


「──大好き♡」


 ……不意打ちが過ぎる。


 なぁ葉月ちゃん、君の姉はつくづく恐ろしい女だよ。

お読み下さりありがとうございます!


前回の続編と言う形でのお届けになりました今作ですが、~完~と言う形で最終話も構想しているのですが……必要だったりするでしょうか……笑


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― 新着の感想 ―
[一言] 何度か読み返して見たけど、男の方がタダのクソ野郎なお話だったなぁ・・・ これからも彼は無自覚に浮気としか見えない行為を繰り返すのでしょうね
[一言] 構想が有るのなら続きも読んでみたいてすね。
[気になる点] 人によってどこからが浮気かは違うけど、内緒で他の女に会うのは浮気と言われてもおかしくないし、内緒にしたのは良くないよね。 普通に教えておけばよかったのに。 [一言] 最終回ほしいですね…
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