虎
いつからだろう、通学路の途中の突き当たりの家に虎が来たのは。
そいつはいつもその家の木の下で座っている。雨の日も、風の日も。
ある日僕はその虎に話しかけてみたんだ。
「こんにちは」
「君はどこから来たんだい?」
虎は片目をうっすらと開け、僕たちを確認した後、また眠りについてしまった。
一緒にいた友人は
「やっぱ何にも反応しない」
「動くわけないだろ」
「帰ろーぜ」
と僕を急かした。
でも今日の僕はこの虎を見ていたくなったんだ。
「僕はもう少し残るよ」
そう言った僕に友人は
「物好きだな」と言い残し帰って行った。
あたりに静寂が戻る。虎はまだ動かない。僕は虎を観察していた。まるで生き物じゃないみたいに見えてくる。
そうしているうちにすっかりと暗くなってしまっていた。そろそろ帰ろうかと思い、立ち上がる。後ろを向いて帰ろうとした時、
「坊主、もう帰るのか」
という嗄れ声が聞こえた。
僕は驚き振り向く。そこには虎がいたんだ。
昼間は小さかったはずのそいつは正真正銘の虎だった。さっきまで脈動していなかったように見えた
背中は荒く上下し、開いた口からは大きな牙がのぞいている。
「坊主、口が空いているぞ」
虎は低く、嗄れた声で僕に話しかけてくる。
僕は震えながらも
「どうして昼間は答えてくれなかったの?」
と聞く。
「人と関わるのは苦手でな。大勢に見られるのは好かんのだ。」
虎は大きくあくびをしながら答える。
「なんで僕に答えてくれたの?」
「では坊主はなぜ毎日見てるはずの俺に今日は話しかけようと思ったのだ。」
「あなたと話してみたかったから。」
「坊主の友人も行っていたが、物好きな奴だな」
「よく言われる」
「どこから来たの、と行っていたな。俺はこうなる前はインドにいたのだ。」
「インド?」
どこか遠い国ということしか分からない僕は聞き返した。
「インドの山奥でな、ひっそりと長い時間かけて成長してきたのだ」
「ある日急にたくさんの人間がきて俺は捕まったのだ」
「それからたくさんの場所を旅してきた。」
虎は上をみながら語る。
「俺も最初からこんな姿だったわけではない。長い年月をかけてこのような姿になったのだ。旅の途中で人間たちは俺をこのような姿に変えていったのだ。」
どれだけの辛い思いをしてきたのだろう。僕は虎に何を言えばいいのか分からなかった。
不意に虎が
「坊主は自分の居場所を見つけているか?」
と聞いてきた。そして、
「俺の居場所はここだったのだ」と呟いた。
僕は無性に家族に会いたくなった。
「じゃあね」
「ああ」
挨拶をした後、僕は走って家まで帰った。
「お帰りなさい」
「ただいま」
ああ、僕の居場所はここだったんだなあ。
翌日も虎のところに行った。
「こんにちは」
しかし虎はもう動かなかった。