第5話 令嬢たちは見た~フレデリカの場合~
私は『フレデリカ』、公爵家序列二位のあたるストロノーグの娘です。
私は今、とても浮かれていますの。
先日、リーシュベルト家から招待状が届きました。
リーシュベルト家の令嬢であるフレイスリアの8歳を祝う誕生パーティへの招待状ですわ。
親同士も懇意にしているですが、私とフレイスリアも昔から仲が良くてお茶会やお泊りは当たり前、お忍び散策から果ては武術稽古なんて令嬢らしからぬこともしておりますの。
そんな彼女の誕生日を祝えるんですもの、嬉しくないわけがありません。
昨日の湯浴みから侍女たちには念入りに磨いてもらって、今日も朝からとびきり力を入れて支度をしてもらっているのです。
しかし、私としたことが気付きました。
今日の主役は私ではありませんわ。
彼女の引き立て役として一歩下がらなければ……いえ、彼女はとても可憐なので私などが着飾っても問題はないのですけど、それでも……
ああ、でも彼女と会うのにそんな生半可な姿を晒すわけには……
そんな葛藤は私の中でだけ。気付いた時には全て終わっていました。
とても有能な侍女たちが今日も完璧な仕事をしてくれましたわ。
本日、リーシュベルト家主催の誕生パーティには王家がいらっしゃらないこと伺っています。
王族の皆様が同席されると途端に空気が重くなりますので、不敬とは思いますが、欠席くださって良かったですわ。気兼ねなくフレイスリアと楽しめますから。
序列二位とはいえ、私の家の爵位は公爵だけあって挨拶に来られる方がひっきりなしです。
まだ、主役である彼女の姿が見えないから良いものの、彼女が来た後だったら無視でしたわ、無視!……まあ、実際はそうもいかないのですけど。
挨拶の合間にテーブルに並ぶスイーツに目を向けると、普通の甘さのものの他に甘さ控えめのビター味のものが、一目でわかるように並んでいます。
私は甘いものが得意ではないのですが、こういうビター系はなかなか他では出ないですし、リーシュベルト家のシェフが作るビタースイーツは美味しいのです。
何より彼女の私への気遣いを感じられて嬉しくて仕方ありません。
挨拶に来られる方々が無くなった頃、前に見覚えのある背中を見つけました。
筆頭公爵ランチェスター家の皆様ですわ。
ランチェスター家の令嬢エリザベート様とは特に親密な間ではありませんが、同じ公爵家としても挨拶をしないわけにいきませんので、当たり障りのない会話で流していました。
離れた場所でリーシュベルト家当主グランバルド様が招待客に向けて挨拶を行っています。
ということは、間もなく主役の登場なのですね。
早く見たい!
今日の彼女はきっともう……素晴らしいに違いありませんわ!
邸の扉が開いた時、私は思わず息を飲みました。
素晴らしいを遥かに凌駕したフレイスリアの姿に。
ああ……なんて、尊い……
弟のテオドールから花束を受け取り、それに顔を寄せる仕草もその後の微笑みも……いけない……鼻血が出そう……
本日の主役である可憐な彼女に挨拶をしたい方々はたくさんいるでしょうから、ひとまずは簡単にすませることにいたします。時間はまだまだあるのですから。
ふふふ、皆様、緊張でうまく言葉が出ないようですわね。彼女の姿を見れば仕方のないことですわ。
フレイスリアの優雅で気品に満ちた所作と可憐な姿が、まるで自分のことのように誇らしく思っていましたら、いきなりこの場に不釣り合いな声が響きましたの。
何故かそこにはレーヴェリアン殿下がおりましたわ。
本日はこの会に王家の方は参加なさらないと聞き及んでいましたのにどうしたのでしょう……あら?まっすぐフレイスリアに向かっていきますわ……嫌な予感がしますわね。
その当たってほしくない予感が当たってしまいましたわ。
事もあろうに純真可憐な本日の主役たるフレイスリアに乱暴を働いたのです。
あまりの信じられない光景に衝撃で凍り付いてしまいました。
本来なら真っ先に助けに行きたかったのに!
傍若無人な殿下から解放された彼女に駆け寄り、肩に触れると微かに震えていました。
咄嗟に動けなかった自分の不甲斐なさを恥じながら、彼女をこんな目に遭わせた殿下に怒りを禁じ得ませんでした。