第2話 私はフレイスリア・リーシュベルトと申します
窓から差し込む朝日を浴びて、目を覚ました令嬢が寝台から体を起こす。
軽く伸びをすると、入り口のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
令嬢が入室を許可すると、一人の侍女が静かにドアを開けて入ってきた。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、リザ」
礼をしながら挨拶をする専属侍女の『リザ』に朝の挨拶を返す。
令嬢はベッドから立ち上がると、鏡台の前にある椅子に腰かけた。
「今日もお願いね」
「かしこまりました」
速やかにリザが彼女の髪を梳かしはじめる。
プラチナブロンドの髪が朝日を反射して実に美しい。
「お嬢様の御髪はいつ見ても、本当にお綺麗です」
「そう?ありがとう。私はリザの亜麻色の髪も素敵だと思うわ」
そう言って令嬢が鏡越しに微笑むと、リザが照れ笑いを浮かべる。
リザが手際良く、令嬢の顔に薄く化粧を施し、夜着からドレスに着せ替えて身支度は整った。
令嬢は自分の寝室を出て、家族との朝食の場に向かうため、歩き始めた。
私の名前は『フレイスリア・リーシュベルト』。
アスタリオ王国に5つある公爵家の一つ、リーシュベルト家の娘です。
公爵家とは言っても、家格は5つの公爵家の中で最も低く、実質的な立場としては、有力侯爵家に劣る力関係にあります。
というのも、我が家に代々任されてきたのは、軍事面に特化した分野であり、直系は全員が漏れなく『脳筋』なのです。
そのため、謀の類や社交場での競争などは不得手どころか一切関与してこなかったため、現在のような立ち位置になった次第です。
とはいえ、領土拡大や国境防衛などで多大な功績を残し、今日においても変わらず軍事面で王家に貢献をしていることから、お家が傾く、なんてこととは無縁の日々を過ごさせてもらっています。
そんな我が家の家訓は『質実剛健』。
いついかなる時も外敵に対応できるよう、幼少期から鍛錬を怠ることはありませんでした。
いきなり連れ出されたかと思えば、『5日間耐え凌げ』とだけ言われて、魔物の出没する山中に置き去りにされたこともありました。
狩りに出かけるのは、日常茶飯事で、その甲斐あって仕留めた獲物の解体から保存処理まで、今では息をするようにできるようになりました。
ちなみに貴族の令嬢はマナなどの操作や護身術を嗜む程度のことはあっても、戦闘訓練や狩りを行うことは普通ありません。
我が家が特殊なだけです。
他家とはかなり異なる家庭に育った私ですが、家族のことを愛しています。
父の『グランバルド』は厳しいながらも、何だかんだ娘には甘いのです。
山中耐久訓練の時も、始まりから終わりまで陰で私のことを見ていてくださいました。当の私はお父様に気付かないふりをしていました。
お父様のこの行動をお兄様は『自分の時はそんなことなかった』と、拗ねてらっしゃいました。今から思い出しても微笑ましいです。
母の『レイチェル』は私に淑女としての嗜みを教えて下さいますし、訓練で疲れた私たちを優しく抱きしめてくれます。
ただ、そんな他の令嬢とは違う日常を過ごす私たちが野蛮にならないか心配して溜息を漏らすことがしばしばあります。
お母様、申し訳ありません。もう遅いです。
兄の『アーサー』は頼れる長兄です。
私も大変慕っています。今でもよく手合わせをしますが、お兄様の繊細なフォース操作は本当に素晴らしく見習いたいものです。
剣の腕も確かであり、臣籍王族であらせられる『レオナルド・ダスク・レイクイン』殿下の護衛騎士の一人として若くして抜擢されました。
私も妹として鼻が高いです。
弟の『テオドール』はちょっと素直になれない可愛いお年頃です。
お兄様と私の訓練に隠れて付いてきたり、一緒に稽古をしようと誘うと、乱暴な言葉を使ったりしますが、照れ隠しだってわかっています。
妹の『サリーシャ』と『ルーシィ』は双子で、控えめに言っても天使です。
幼くあどけない二人はよく一緒に遊んでいて、私を見つけると、満面の笑顔で走り寄って来てくれるのです。
二人が可愛いのは、使用人を含めた我が家の総意であり、素直になれないテオドールも彼女たちの魅力にはメロメロです。
私の過ごす日常は愛する家族とともに狩りや鍛錬、時々、淑女教育を受ける穏やかで優しいものでした。
そんな我が家に激震が走ったのは、私が8歳の頃です。