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獣鬼獣従  作者: 戦風
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しろいはな



『気ィ緩めんじゃねぇっ!!』



 笑を救うことが出来た。


 それをただ無邪気に喜んでいれば、後方から再び怒号が飛んできた。海我のその声に、歓喜ムードから一転。


 獲物を失ったオーガは、目の前に転がった机を壁に投げつけた。衝撃に耐えられず机はバラバラになって砕け散り、奴は再びこちらに向かって前進する。



『っみんな、逃げるぞ!!』



 千之助の言葉に、みんなが再び走り出そうとした時だ。


 前を向くみんなとは逆に、新食が後ろを向いていた。だから俺も同じように後ろに目をやった。


 そこには、武器の内の一つを振り被るオーガの姿が……。



『っ……新食!!』



 オーガが指差していた先にいたのは、間違いなく新食だった。まるで一番最初にキャンディの棒を投げた新食に対する意趣返し……自分の番だと、言わんばかりに。


 机や椅子では、オーガに傷一つ与えられない。だけど、あの武器を投げ付けられたら最後、俺たちの誰もが一瞬で絶命する。



『っ……』



 いつもの、あの表情だ。


 ヘラヘラした笑顔と目が合った。何もかも諦めたように笑う姿に、どうしようもなく腹が立つ。どうしてうちのクラスの連中は、揃いも揃ってこんなに諦めがいいんだ。


 むしゃくしゃする。


 だから、やってしまったのだ。



『馬鹿っ!!』



 思いっきり新食の体を押し出したのと、オーガが武器を投擲とうてきしたのは多分同時だった。何もかもがスローモーション、あの笑顔を崩して唖然と俺を見る新食の姿に心の底から満足できた。


 そう。だから、いい人生だったのかもしれない。


 最高の仲間たちに出会えて、毎日が充実していて。一生分笑った気がするし、一生分の幸せを得たような気もする。だから、最後にその仲間を救って死ねるのならば俺は自分を好きでいられる。



『そ、ん……?』



 右側。


 右側から、俺の命を奪うものがやって来る。身体中が警報を上げているが、もはや何もできない。最後に俺に向かって手を伸ばす新食と、仲間たちの声が聞こえた。


 ああ。



【契約完了】



 もう少し。みんなと、いられたら。



【召喚式定着】



 誰か。


 誰でもいい。



【召喚を実行しますか?】



 仲間を、守ってくれないだろうか。



【肯】



『……獣器じゅうき召喚。姿を現したまえ。願いを聞きたまえ。答えを、受け入れたまえ。


 私の名は羽降たゆた。汝の名前は悪魔ライム



 投げ付けられた、スマホ。


 それは真っ赤な魔法陣を浮かび上がらせながら、光り輝き……やがて羽のようなものが辺りに散り始める。


 気付けばすぐ近くに、君がいた。



『ライム!!』



 見たこともないほど巨大な鴉のような生き物。しかしたゆたがそれの名前を呼べば、一瞬で翼が体を包むとそこには一人の人間がいた。


 正確には、背中に羽の生えた人間に見えた何か。



【はい。


 召喚いただき、誠にありがとうございます我が兄弟。


 では、早速ですがご命令を頂けますか?】



『……倒して。


 私の友達に、指一本!! 触れさせないで!!』



 ライムと呼ばれた何かに腕を掴まれ、そのままたゆたの元へと飛ばされる。代わりに前に出たそれは、何もない空間からステッキを取り出してニヒルに笑う。



【素敵なご命令だっ……!! ええ、ええ! このライムめが、兄弟の憂いを払って差し上げます!】



 ライムの手に握られた、赤い卒業生の花。それは、たゆたの胸元に飾られていた花。ライムはそれをステッキにかざすと、ステッキはそれを取り込んで模様として浮き上がらせる。



【兄弟には白が似合いますから、私はこちらを貰い受けます】



 赤い花の模様が、赤い光を放ちながら不気味に辺りを照らす。ライムはそれであろうことか、オーガを殴りつけた。


 ただのステッキ、それほどの威力などないはず。なのに現状は違う。ステッキで殴りつけられたオーガは、遥か後方へと吹き飛ばされたのだ。



『尊ちゃんっ……!!』



 ふらついた俺を抱きとめてくれたのは、あのたゆただ。涙を浮かべながら小さな体で俺を受け止めてくれている。だからわかる。


 震える体は、その恐怖をじかに語るから。


 制服を握りしめるたゆたを安心させるように笑みを浮かべれば、溜まっていた涙は遂に溢れてしまった。



『良かった……良かった、尊ちゃん……間に合った、よかったぁ……』



『ああ。よくわからないが……たゆたのお陰だ。ありがとうな』



 廊下にとどろくオーガの咆哮。


 決着はついた。ステッキを片手に、ハットを取って丁寧に会釈をするライム。光の粒子に変化して徐々に消えるオーガ。


 殴る。突く。蹴る。


 一方的な蹂躙じゅうりんによって得られた勝利。戦いを終えたライムは、鼻歌混じりにたゆたの元へと辿り着く。



【改めまして。我が名はライム、しがない悪魔の末席まっせき辺りに腰を据える者。我が兄弟の声に導かれ、せ参じた次第です。


 失礼。少々触りますよ】



 傷一つなく生還したライムは、たゆたに向けて手を伸ばす。未だに俺に引っ付いたままのたゆたは、怯えることなくライムのさせたいように好きにさせた。


 ゆっくりと、丁寧にたゆたの頬に手を伸ばすライムはその過程で身に付けていた手袋を消し、素手で彼女の肌に触れる。その頬に流れる涙を拭いながら、やがては両手で。



【……ああ。なるほど、では、御心みこころのままに。


 では。契約は成されました。その身に危機が迫れば、いつでもこのライムをお呼び下さい。我が兄弟、その道の先に汝の望みがあるように】



 そしてその体は、大きな翼に包まれると共に羽を散らして姿を消してしまった。静けさを取り戻した廊下に、またあのバイブ音が鳴り響く。



【戦闘終了 完全勝利

 邪鬼 オーガの討伐に成功しました。羽降たゆたのサブ獣器に邪鬼 オーガが追加されました】



 ぱんぱかぱーん、そんな陽気な音楽が流れ出す。誰もが言葉を失う中、たゆたのスマホにだけ再び赤い光が宿る。少しスマホをこちらに向けて見ていいよ、と言わんばかりに笑うたゆたにお礼を言いながら画面を覗き込む。



【獣器:ライム サブ獣器:オーガ】



『あの白い鬼、私のものになっちゃった』



 どうしようか? そう首を傾げながらバキバキの画面を撫でるたゆたをみんなが見ている。視線に気付いたたゆたが、のっそりと顔を上げてからみんなの顔を見るとコテリと首を右から左に傾ける。



『え? みんなも欲しかった?』



 一人しかいないから無理だよ、なんて真顔で答えるたゆたに一気にみんなが群がる。



『違うわよ!! なに、なんだったのよアレは!!』



『スゴイスゴイ! リアルな悪魔だって、キター!! やっばい、僕はこんなリアルに出会えるって信じてたよ!!』



『待て、たゆたお前怪我は?』



 未だにたゆたに引っ付かれた俺は、必然的に一緒になってみんなに囲まれてしまい暫くは答えられるはずもない怒涛どとうの質問攻めに遭う。


 笑からの珍しいお叱りを受けるまで、それを耐え続けるのだった。



『声が、聞こえたの。力を貸してあげますって声が。多分……』



 会議室に入った俺たちは、休憩がてらたゆたから話を聞いていた。バキバキに割れたスマホを見せながら自身の身に起きたことを話すたゆたの声に、みんなが静かに耳を貸す。


 誰もが思っただろう、たゆたに話しかけたのはあの悪魔なのだろうと。



『尊ちゃんの声が聞こえて振り返って、すぐにわかった。新食君を庇っているんだって……何か嫌なことが起こるんだって。そもそも、私たち……もう逃げられないんじゃないかってずっと怖かった……。


 そしたら、声がしたの。最後に私が同意したらスマホが真っ赤に光って、気付いたら投げてた』



 そして、現れたのは……救世主ライムだった。悪魔という、非現実的な空想の生き物。

 


『まあ、あんな鬼が出てくるくらいだし僕的にはもう何が出てきても不思議じゃないって感じはするけどね』


『ちょっと芽々!? アンタ、あんなもん信じるわけ?』



 椅子から立ち上がり、信じられないとばかりに芽々にそう叫ぶきぐね。しかし芽々はそれに全く動じることなく、隣に座るたゆたの頭を撫でている。



『実際僕たちは、あのオーガって化け物を見て、追われて、死にかけてるんだよ? こんなリアルな夢があるわけないじゃん。


 どう足掻いても、泣き叫んでもこの最悪な状況が好転するはずなし。なら、僕はこの状況を少しでもくつがえせる可能性に賭けるさ。ねぇ、たゆた? あの悪魔で、僕のこと助けてくれるよね?』



 フランス人形のように精巧な美しい顔で大層なクズ発言。惜しげもなくその顔でクラスメートに迫る、その顔に価値があるとわかっているのは他でもない。本人が一番よくわかっていること。


 しかし、芽々の言うことにも一理ある。


 今、他にもオーガのような化け物がこの学校にいると考えると俺たちだけで対処するのは、どうやっても不可能。いくら10人の知恵を振り絞っても、どんな存在が現れるかもわからないし今この瞬間にでも攻め込まれたら終わる。だから、必要なんだ。同じように非現実的で、圧倒的な戦力が。



『いいよ。芽々ちゃん』



 まるで、今日の宿題を教えてと言われた時のように。



『むしろ』



 まるで、一緒に帰ろうと誘われた時のように。



『私たちのこと、怖がらないでくれてありがとう』



 嬉しい。


 そう、君は言った。



『ライムがスマホから出てきた時から、ずっと怖かったの。みんなが怖がったらどうしようって。怖いから、私を置いていこうって言われたらどうしようって。


 みんながそんなことするはずないのに、なんだか凄く怖かった。だから、ライムと戦うことは全然怖くないよ』


 なんでもないように、そう言って笑うたゆたの姿に芽々はその大きな瞳を更に見開いて驚きをあらわにする。勿論、他のみんなもそうだ。


 戦うより、置いて行かれる方が怖いのだと。その言葉に胸が引き裂かれそうに傷んだのは、きっと錯覚ではないだろう。



『っ……馬鹿だな。僕より小さな君を、一人で置いてったりするわけないじゃん。むしろこっちが困るし』



『本当? じゃあ、私から離れたらダメだからね?』



 頭に置かれた芽々の手を両手で取って、悪戯を成功させた小さな子どものように……楽しそうに笑った。




【称号:黒き翼を得た者】




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