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アリス達の証言 +後日談


 スペードの2は懐疑的な表情でした。

「その条件の意図が見えないな。事故現場に、ダイイング・メッセージを残して得をする人物なんているんだろうか」

「……。順番に説明するわね。今回の冒険で出会った夢人は多くないわ。出会えなかった人もきっといるはず。けれども、夢人はわざわざ、事故に遭ったトランプ兵の傍に偽のダイイング・メッセージの偽装をする必要はないの。むしろ事件現場に行ってそれを残す方がリスクが高いはずだわ。もし見張り塔を行き来しているところをトランプ兵達に見られでもしたら、こんな不思議な国なのだから、どんな理不尽な証言をされてしまうか分からない。そして女王様から、首をはねよ! と言われかねない。たとえ盛岡さんが推理した事故死だと言える論理を持ち出しても、この夢では通用しない場合があるのだから。

 それに比べて、あなたは、言っていたわよね。犯人が捕まらなければ、トランプ兵は全員女王様の命で、処刑人によって首をはねられてしまう、って。それに一組のトランプ兵の中には夢人らしき人が見当たらないことも、先ほどわたし達は話し合った」

「……」

「トランプ兵達がわたしのところにやってきたとき、知らせてくれたのは君か、と確かスペードの7が言ったわ。女の子が知らせてくれたって。でもそれは変なの。この世界を冒険した限りアリス以外の女の子はいないはずだし、それにわたしが眩暈から立ち直ったとき、ちょうど朝日が昇ったところだったのよ。つまりそれって、トランプのA達が見張り塔を交代する時間よね。そしておそらく、ダイヤのAさんは交代のために見張り塔に行った。そしたら運悪く夢人の入り込んだハートのAさんは、わたし達が眩暈を起こしているタイミングですでに落下していた。ダイヤのAさんは慌ててお城に呼びに行ったはずだわ。角笛を吹くという選択肢もあったはずだけれど、それは見張り塔の上の間に落ちていたし、焦りで判断が鈍っていたのでしょうね。実際に吹かれなかった。……ところが、そのダイヤのAさんは姿を消していて、事件の知らせも女の子が発見した手筈になっている。

 なぜかしら。少し考えれば予想が付くわ。誰かがダイヤのAさんから話を聞いた後、彼を昏睡状態にして見張り塔に向かい、わけあって偽のダイイング・メッセージを書き加えたのよ。そしてお城に帰ったその人物は、女の子が見張り塔で助けを求めている、とでも報告したのでしょう。

 ダイヤのAさんは城内で発見された。彼を襲った犯人は、おそらく城内の誰か。城外で襲ってわざわざ城内に運び込むメリットはないはずだから。当然昏睡状態の彼が、自力で城内に戻れるとも思えない」

 スペードの2は子守唄を聞くような薄い表情を浮かべて目を閉じています。アリスは、やるせない思いで推理を続けました。

「盛岡さん、あなたは道中でアリバイを訪ねたときに、木の剪定後は正門辺りで適当に警備をしていたと言っていたわよね。緊急事態であり、一刻も早く知らせなければと思うダイヤのAさんは、果たして正門以外から城内に入ったかしら。いいえ、まず間違いなく正門から入ったはずよ。そしてそこを通ったならば、盛岡さんはダイヤのAさんを見掛けていなければ変だわ。でも、今話したことは、盛岡さんはこれまでの冒険の中で全く触れていなかったのよ。

 さらに疑問を挙げると、あなたはハートのA落下事件の推理には、偽のダイイング・メッセージの話も、ダイヤのAが切られた話も出てこなかった。勿論、ハートのAの事件だけを解決するのなら、不要な手がかりは必要ないわ。

 でも盛岡さんは、こうも言っていたわよね。自分の好きなこの不思議の国の夢の世界で、猟奇的な行為をする夢人は許せない、と。だから探偵の真似事といえど、犯人を突き止めて女王様に首をおとしてもらい、二度とこの夢に戻って来れないようにしようと奮起していたのでしょう?」

 スペードの2は、肯定とも否定とも取れない表情のままです。

「ハートのA事件に対しては積極的だった盛岡さんは、ダイヤのA事件に関しては、とりとめて関心を持たなかった。わたしにはそれが違和感でならなかった。

 言葉の揚げ足を取るわけではないけれど、盛岡さんの推理の終盤にも違和感は見受けられた。猟奇的な夢人がいなくてよかったと言っていたの。盛岡さんにとって殺人は悪だけれど、体を切って昏睡状態にさせることは悪ではないのかしら……。いいえ、そんなはずはないわ。この夢を好きだという盛岡さんなら、どちらも犯人を捜して夢から追い出してやりたいはず。お願い、黙っていないで、勘違いなら否定して欲しい」

「……」

 スペードの2は尚も無言のまま、地面に目線を遣っていました。

「……最後に、ダイヤのAさんは鋭利な物で切られていた。あなたの体に触れたとき、紙質(?)がよくて割と丈夫に感じたわ。それをすっぱりと切り裂く物ってなんだろうと、生き物の爪なども含めて考えていて、思い出したの。あなたが言った四種のスートの2は一本の大きな木を大きなハサミで剪定をしていたという話を。つまり盛岡さんは片づけをして槍を携えて正門にいたと言っていたけれど、時間的な嘘が混ざっていたのね。ダイヤのAさんが慌てて帰ってきたのは、ハサミを片付ける前だった。あなたが再現してくれた大きなハサミなら、トランプの体に切れ目を入れることが出来たはずよ。

 これが、わたしが辿り着いた結論」

 アリスがそう推理の終わりを告げると、スペードの2は重たい口を開きました。

「……それは、アリスの憶測でしかないんじゃないかな」

「もちろん証拠はないわ。わたしなりに考えたことの中で、一番可能性の高い憶測に過ぎなかった。

 最初に違和感が芽生えたのは、見張り塔を調査したとき。盛岡さんは、なぜ偽のダイイング・メッセージを見たときに、消された文字が「ア」だと分かったのか。これはわたしが目の前にいたから、消された文字と「リス」を組み合わせて、無意識に脳内変換したのかもしれないと思った。それにあのときはハートのAの件も事故だと判明していなかったから、あなたがトランプ兵を突き落とすような人間だとも思っていなくて、踏み込んで考えなかったの。

 けれど、今は確信している。――なぜなら、ダイヤのAを昏睡させた犯人でなければ出てこないはずの言葉が、あなたの推理の中にあったからなのよ。ダイヤのAは城内で発見された。どうして、盛岡さんはダイヤのAが見張り塔に向かい、戻ってきたことを知っていて、断言できたのかしら。見張り塔に行く前に襲われた可能性だって相応にある。そしてそのことは、彼を昏睡状態にさせた犯人にしか分からないはずよね」

「……偶々目撃したんだよ。眩暈から立ち直ったとき、ダイヤのAが正門からお城を出ていくのを」

 アリスは口元を引き締めて言います。

「わたし達はとても真剣に犯人の手がかりを追っていて、情報も余すことなく共有していたと、わたしは思っているの。あなた風に言えば、スペードの2は重要な情報を伏せるようなキャラではない。まして、見張り塔に向かったはずの重要人物であるダイヤのAさんに話を訊こうと言わないはずがないのよ」

 スペードの2が言ったように、ほとんどは憶測。アリスが気付かなかった合理的な理由を提示して否定してくれることを、祈っていました。心の奥底でその藁にも縋るような可能性を願っていました。

「うっかり、失念してたんだ…………いや」

 スペードの2はおもむろに、表情を弛緩させました。

「もう、やめにしよう」

 それは、自分がダイヤのAを瀕死にさせて、偽のダイイング・メッセージを残した犯人だと自白したセリフでした。

 アリスは、分かっていたはずなのに、胸が締め付けられるような思いでした。

「百歩譲って……ダイイング・メッセージは仕方がないと思う。けれど、ダイヤのAさんをあんな状態にしたことは、盛岡さんの理念に反する行為ではなかったの……?」

 スペードの2は深く項垂れていました。

「切れ目を入れる程度のつもりだった。ダイヤのAをあんな酷いあり様にする魂胆なんてなかったんだ。しかし、彼を喋られない状態にしてダイイング・メッセージの偽装を施さなければ、犯人を捜す以前にトランプ兵の立場として、兵隊全員の首が落とされてしまう。だから……」

「だから代わりに、アリスに首をはねられてもらうことにしたのね」

「……ごめん。本当にごめん」

 自責の念に堪えない表情で、スペードの2は何度も謝罪の言葉を口にしました。それはアリスにではなく、おそらく法廷内の担架の上で今も動けないままのダイヤのAに対して。

 スペードの2は、ハートのAを突き落とした犯人ではありませんでした。しかし、自分勝手な都合でダイヤのAを瀕死の状態にしてしまいました。さらに夢人の有無に関わらず、アリスという女の子に犠牲になってもらおうと考えたのです。夢だからといって許されることではありません。

 でも……彼は夢の世界とはいえ、不思議の国を自分なりの手段で守ろうとしてやったことです。自分が即座に処刑人に連れて行かれてしまえば、結果的に真相が事故死にしても、真犯人の足取りを追うことは出来なかったはずです。

 アリスの本心は、どうなのでしょう。アリスは自身に問いかけました。

 答えはすぐに出ました。彼を助けてあげたい。首をはねられないようにしてあげたい。なぜならアリスは、この不思議めいた冒険を経て、彼に恋心を持ってしまっていたのですから。

 正直なアリスは、自分にも正直に打ち明けました。

「次の証人を呼べ!」

 裁判官の席にいる王様が声を上げました。遅々として進まなかった法廷が、ようやく再起動したようでした。白ウサギが慌てて名簿を捲りながら言うには、

「こほん、えぇと次は……。アリス! 証言台へ!」

 次の証人は、なんとアリスでした。アリスの名は知られていないと思っていましたが、見張り塔でトランプ兵に名前を訊かれ、答えたことを思い出しました。

 そしてこれは、ある意味好機でもあるはずだと、胸中で推し計ります。

「アリスはわたしよ。そこを通して」

 生き物達が道を空ける中、中央の証言台に向かうアリスは一度だけ振り返り、項垂れるスペードの2を見つめながら思いを込めて言います。

「わたしは綾瀬。名前は忘れてしまったけれど、もし現実でわたしっぽい人がいたら、絶対に声を掛けてね。一緒に冒険出来てすごく楽しかったわ。さようなら」

 彼は口を真一文字に結んで、アリスを一心に見つめていました。その思考は最後まで読めないまま、アリスは踵を返し、証言台に立ちました。

「証言せよ!」

 王様達が静観する中で、アリスは単刀直入に嘘を付きます。

「わたしが犯人です! わたしがハートのAを突き落としました!」

 途端に法廷中が生き物達のざわめきで溢れました。陪審員席のトカゲのビルも、先ほどと同じ驚いた顔をしていました。

「お前がやったのか! 処刑人! すぐさまこの者の首を――」

「待った!」

 声の主がアリスの左肩にぶつかりました。成すがまま右側にずれます。

 横を見るとスペードの2が証言台に乗り込んでいました。そして、

「王様、女王様! ダイヤのAをあんな状態にしたのは、僕です。庭木の剪定用のハサミで彼を切り裂きました」

 声高らかにスペードの2が自白しました。

 最後に見た彼の横顔は、僅かな後悔と満足そうな表情をしていたと思います。

 法廷中の様々な生き物達がざわめき収まらぬ中で、王様と王女様が宣告しました。

「「その者達二人の首をはねよ!」」



 あのおかしな夢を見た日から年月が経った。

 夢の記憶はひどく曖昧模糊としていて、かろうじて不思議の国ような世界で事件があったことと、トランプの姿をした盛岡何某という人物と、その事件を冒険しながら捜査したことは覚えていた。そしてどこか楽しく、なぜか儚さと甘酸っぱさの残る感覚が脳髄に残り続けていた。

 もう一度あの夢を。そう願っても、残念ながらあれ以降、私が不思議の国の夢を見ることはなかった。

 上手く友達が作れなかったあの頃の鬱々とした日々は、苦い思い出だ。それでも人間関係なんて何が切っ掛けで変化するかは、そこそこの運と、ちょっとした頑張りでしかないのだろう。高校生になった私はそれなりに楽しい学校生活を送っている。

 それでも、あの年の春愁は私にとって特別な思い出となっていて、無垢な少女から成長してしまった今でも、確かに覚えている。生涯忘れることはないかもしれない。

 いつか盛岡という苗字の、もしかしたら、と直感する人物に出会えることを夢見ながら、私はこれからも生きていく。


「遠子ー、二年三組のクラスに男子が転校して来るんだって! 次の休み時間に偵察に行こうよ!」

 とある平日の早朝。早めの登校をして教室で読書をしていた私に、クラスメイトがそんな誘いをしてくれたけれど、あまり乗り気ではなかった。

 二年生と言えば一つ上の学年だ。部活動や役員で知り合わない限り、話す機会はありそうもない。有り得ない話だけれど、万一の際一目ぼれしたとしても、私には無関係なイベントだと結論付ける。

 それでもクラスメイトは嬉々として話し続けた。

「大人びたイケメンだって噂だよ! ねぇねぇ、見に行くだけ! お願い!」

「もう、分かったわよ。それで、その人の名前は何て言うの?」

「それがねー…ちょっと平凡な名前なのよ。でもそのギャップが逆にイイよねー」

 私は口を尖らせ声のトーンを下げながら、

「はやく言いなさい」

 と、催促をした。

「ごめーん。ええっと……名前は二郎で、苗字は確か――」


                         不思議の国の初恋  了`


以上で完結です。読了ありがとうございました。良ければ気軽に感想や評価をいただけると励みになります。

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