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終章

 翌日。月曜日を迎え学校に登校した和彦だが、彼の周辺事情は何一つ変わっていなかった。

 ただ、男たち数名でくだらない話をしながら、互いに笑いあう。何の遠慮もなく、好き放題の言いたい放題。

 和彦の隣に置かれていた椅子と机は当たり前のように撤去されていた。いや、もしかしたらそんな椅子と机最初から存在しなかったのかもしれない。誰も椅子と机が増えたり減ったりしている事を指摘しないのだから。

 スピカと仲良くしているという噂も立つことは無かった。何だかんだで学校内ではほとんど話さなかったという残念な結果の副産物か、男たちの会話からスピカと和彦の関連性に関する話は何一つとして出てこない。和彦には同意しかねるところがあったがスピカは高嶺の花だという話だけだ。

 ただ、全てが元通りのように思えても沙織がいた期間に起きたことがすべて幻だったわけではない。和彦は改めて美術室に訪れて、天音に謝りに行った。

 美術室を開けるとそこには天音がカーテンの傍でたたずんでいる。ただ、いきなりドアが開き風の通りがよくなったことで来訪者には気づいてくれたらしく「鷲崎君?」と天音も振り返ってくれた。

「どうしたの?」

「いや、展覧会の事。どうしても謝りたくて……」

 和彦としては申し訳ない気持ちであふれていて、今すぐにでも頭を下げよう勢いだったが、天音は「謝るなんてとんでもない」と顔の前で手を振る。

「絵が完成しなかったのは私のせいだよ。鷲崎君が悪いわけじゃ……」

「でも、俺がいちいち美術室に覗きに来たりしたから描けなかったんじゃ……」

 一瞬天音も「何を言ってるのだ?」と和彦の言葉を理解するのに固まってしまったが、言葉の意味を理解したのか突然時が戻ったようにして笑い出す。

「え? もしかしてそれで集中力が切れて描けなかったと思ってたの?」

 いたって和彦としては真面目なつもりだったがそうでは無いらしい。

「あれは本当に私のせい。私の心が全然整理しきれていなかったのと、ちゃんと鷲崎君という人間を理解していなかったのが悪いの」

 天音は自分のバッグに手を探り入れ「あのね、実は……」と言いながら一枚の絵を取り出した。

「色々吹っ切れたから昨日一日で描いてみたんだけど」

 少し照れつつ取り出したその絵は、土曜日あの展覧会に並んでいれば間違いなくスピカの絵と激闘を繰り広げていたであろう絵。

「これをたった一日で」

「昨日はずっと描きっぱなしだったけどね」

 冗談交じりに言いながらも、続ける言葉はいたって真剣だった。

「この作品のタイトルをね『憧れの人』ってしようと思ってたんだ……。土曜日は上手く伝わらなかったみたいだけど私の好きな人って鷲崎君の事だったから」

 突然の新事実に和彦は言葉も出ない。でも……。

「ゴメン天音。俺には他に大切な人が……」

 昨日の今日だ。例え天音に恋心が残っていたとしても沙織を捨てられるほどの器量は無い。

「うん分かってる。沙織さんだよね」

 だが、天音の方からはさらに衝撃的な言葉が飛び出してきた。沙織は誰からも見えていなかったはずなのに。

「天音、沙織の事見えてたのか……」

 ただ、天音は当たり前のように首を振った。

「見えては無いよ。でも、最近の鷲崎君、時々誰もいない場所をただ眺めてたり、そっちに向かって独り言を言ってたりしてたし。それ以上に画材屋さんに入った時、すぐに私と別れて一人で店を回ったけど、あの時ももしかしたらその沙織さんがいたんじゃない」

 天音は和彦の行動からそう察していたらしい。確かに考えてみればそうだ。天音の事が好きで一緒に画材屋さんに行っているのに入った瞬間別行動をとるというのはおかしな話だ。和彦自身は特に画材とかに興味があったわけでもないのに。

「あの手紙くれたのも沙織さんなんでしょ」

 その推察は和彦一人では見抜けなかった領域にまで及ぶ。

「あの手紙と土曜日の鷲崎君の言葉聞いたら思い知っちゃったんだよね。鷲崎君には私なんかよりもっとふさわしい女の子がいるって。私は鷲崎君の事何も知らなかったから」

「そりゃ沙織は幼馴染で……」

 幼馴染の沙織と出会ってまだ一年しかない天音で理解度を比べるのはあまりにも酷な事だと思う。決してそれを理由に天音が卑下する必要は無い。

 それでも天音は憂いた表情を一瞬和彦に見せたのち、和彦に背を向け、美術室の窓から外を眺める。

「そりゃ流石に勝てないよね。高嶺の花が相手かと思ったら次は幼馴染とか。どんだけ攻略が大変な乙女ゲーなわけよ」

 言った後に冷静になったのか視線を和彦の方へ戻し、自己完結するように「いや、この場合は美少女ゲーか」と。

 そう呟く天音に対して和彦も空気を繋ぐために「赤星さんもそういうゲームするんだ」と、そのまま天音の言葉に乗っかった。

 それでも天音は首を振り「ううん。それはそういうのが好きな部員の友達から聞いた話」

 そう告げる天音は笑顔だった。ただその笑顔の中に宿る瞳は選ばれなかった残念ヒロインなんかではなく、いまだに炎を燃やし続ける本物のヒロイン。

「でもね、乙女ゲーや美少女ゲーってねクリア後に他のルートでも挑戦できるんだって」と。

 天音の言葉は積極的で明るくなる。

「今度こそはちゃんと絵を完成させてしっかり攻略するから楽しみにしていてよね」と。

 天音の提案は彼女にして欲しいではなくちゃんと友達になりたいという想いだった。

 和彦の事をもっと知るためにもっとたくさんの日々を一緒に過ごしていい面も悪い面も沙織を超えるほどにしっかり理解したいと。

 そうすることで「憧れの人」という絵もクオリティーが上がるし、「鷲崎君の彼女」にも近づけるらしい。


 和彦はシルヴィアの残した言葉に一つ不可解な点を感じていた。

「この世界の和彦以外の人間に干渉したことで歯車が少し狂った」

 歯車の狂うタイミングはシルヴィアの言葉を借りれば誰かが自殺した時だ。でも、あの時は自殺しようとしていた和彦を沙織の手紙が止めた。結果だけを見れば和彦はこうして生きているのだから歯車は何一つ狂っていない。

 では、沙織の手紙は一体何の歯車を狂わせたのか。

 おそらくその答えが天音との関係性なのだろう。

天音は沙織からの手紙がなければあの日和彦を助けるために公園に来たりすることは無かったらしい。おそらく、和彦とは距離を取り、二人が出会う前の状態まで戻そうと思っていたのだろう。リレーでの一件があったとはいえ、それ以降ほとんど話すことのなかった二人だからこそ十分あり得た可能性だ。

 それが沙織の手紙で別のルートに入った。

 その結末はこうして天音としっかり友達になれたこと。

 結局沙織が和彦と天音を繋いでくれたのだという事だ。

「何もかも沙織のおかげじゃないか」

 和彦の日常は沙織が来る前とほとんど変わりない。農場で野菜を育てて、学校では男友達と楽しく会話を交わし授業中は居眠りをする。

 でも、沙織が狂わせてくれたたった一つの歯車は和彦の運命そのものを変えたと言っても過言ではない。

「ねぇよかったら今度の週末どこかに遊びに行かない」

 天音から送られてきたメッセージを受け取った和彦は、その手が震える思いをした。




後書きです。

まず何より最後までこの小説を読んでいただきありがとうございました。

正直ウェブ小説にこのような形で小説をあげる事には戸惑いもあったので最後まで読んでくれる方がいたというだけでも大変うれしく思います。

新人賞に送ろうとしていたが、結局ボツにした作品をそのままゴミ箱にうずめるのではなく、このように無料で読める小説としてあげられることは本当に素晴らしい事だと思います。本来世に出ることなく自分の頭の中で終わるはずだったものが、こうして世の中のあなたに届けられたというのは感動的以外の何物でもないでしょう。だが、それはあなたが、最後まで読んでくれたからこそ送る事の出来た物でもあります。お忙しい中、この「ベガは星が見たい」という作品に時間を割いていただき本当にありがとうございました。

また、自分でボツにした作品や、選考から落ちた作品をあげることはあると思うので、また会える日を楽しみにしています。

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