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四章

 翌日。現在時刻朝の八時を回ったところ。

 和彦はなぜか一人でオーシャン・ランド園内の入り口近くにいた。円状花壇の前に待ちぼうけ状態。

 周りは大学生くらいのカップルと、こちらもサボって来たのだろうか高校生くらいの友達グループ。立派なスーツ姿の大人に、小さな子供を連れた家族。

 平日のど真ん中だというのにオーシャン・ランドは大盛況だった。

 すでに太陽は高い位置に昇り、和彦の額からは汗が滴る。それでも動くことは許されずただ、待ち続けなければならなかった。

 なぜこのような悲惨な状況になっているのか。実は和彦も詳しく理解していない。

 今朝、駅で集合して一緒の電車に乗るかと思っていたのに、集合場所にやって来たのは詩瑠一人。

 そもそも家が隣なのに沙織が「準備とか手こづるかもしれないから駅集合にして」と。その時点で怪しいと思うべきだった。

 詩瑠の説明によると、この期に及んでまだ駄々をこねているらしい。

「あかん。このままでは並び遅れてまうから、あんただけでも先に行き。サオはウチが説得してみるから」

 詩瑠の懸命な表情を信じて和彦は一人電車に乗った。

 現着してからはさらに地獄の始まり。多くのカップルたちに嘲笑されながら一人で券を買い、一人で長蛇の列に並ぶ。

 詩瑠曰く「ウチらはウチらで券買うとくからあんたは自分の分だけでええで」という事らしく、そのせいでチケット売りのお姉さんに「高校生一枚」と宣言しなければならない状況に。たったそれだけの事なのにどれだけ恥ずかしかったことか。絶対あのお姉さんも「何かやけになる事があったのかな? 振られたのかな?」とでも思って心中笑っていたに違いない。

 平日の朝から男子高校生が一人でオーシャン・ランド来るとかどれだけ周りから同情されている事か。

 もう、辺りを見渡すことすら嫌だった。

 そんな恥辱にも何とか耐え、ようやく開園。詩瑠の指示通り、入り口近くの円状になっている花壇の前、このテーマパークの人気マスコットキャラクターと並んでただ棒立ちしている。

 今日は幼稚園がお休みなのか、小さい子は和彦の事を指さしながら「あのお兄ちゃん着ぐるみ忘れちゃったのかな?」と。

 おい、お隣のマスコットさん。着ぐるみだってバレてますよ。

 そんな純粋無垢でとげとげしい言葉にも耐え立ち続けていたというのに。

「ゴメン。お待たせ」

 和彦に向けて走ってくる女の子は一人しかいなかった。もちろん和彦にとっては幸せじゃない方――詩瑠だ。

 まるで彼女のようにきれいなおめかしをして、昨日家で見たダサいTシャツではなく、しっかりと外行きようの白い服。

 いや、なんとなくしか覚えてないけど久しぶりに再会した沙織の着ていた服に似ている気もする。

まさかな。多分一緒だとしても東京で「わ~おそろ~」とか言って買ったのだろう。

「で、何でお前しかいないんだ」

「あかんねん。ちっともサオが言う事聞いてくれへんくて。結局行かないとか言い出してそのまま学校行ってもうたわ」

 おい、何してんだよ。こちとら学校サボって必要もない辱めを受けていたのに。せめて頑張って連れて来いよ。

 これじゃただ時間の無駄ではないか。

「分かった。じゃあ今すぐ帰ろう。今はまだ八時半くらいだから急いで帰れば二時間目か遅くとも三時間目には間に合うだろ」

 沙織が来ないのではここにいる意味はない。一体何のために早起きしたのだか。

 そう思いながら入園口の方へと歩き出した服の裾を詩瑠はそっとつまんで引き留めた。

 そんなに優しく包んで「捨てないで」とでも言いたげな彼女を演出しているつもりだろうか。だが、詩瑠の行動と言葉は一致せず「あんたほんまアホちゃう」という嘲りの言葉から入ってくる。

「今ウチらは八千円も払ってここに立っとるんやで。それを何や? 十分そこら入り口近くにある花壇の前に立っただけで帰るとかどんなドアホや」

「でも、このお出かけはそもそも沙織に寂しい思いをさせた償いでやるんだろ。にもかかわらず主役がいない中何をしろって言うんだ」

「それに関してはウチも大誤算や。でもこうなった以上しゃあない。せっかくやしデートの練習でもしようや」

 いい事思いついた少年のようにきらりと歯を輝かせながら詩瑠は表情を緩める。

「いや、なんでお前とデートしなきゃいけないんだよ! 本末転倒はおろか支離滅裂だ」

「そんな難しい言葉使われたってウチ分からんし? デートでええって事やな?」

 どこがだよ。今のどこをどう聞けばデートでオッケーって事になるんだよ。やっぱ詩瑠は学校に行くべきだぞ。

「そもそもお前とデートをする理由はかけらもない。お前に対して謝らなきゃならないこともないし、メリットもない。だったらもはや授業を子守唄に昼寝した方が有意義だ」

「は? なんや自分。ウチの事女としても見てないって言いたいんか?」

「いや、見てねぇよ! どこで昨日今日出会った女を女としてみるんだよ」

「は~これは酷い。酷すぎるわ。これやからか弱い女は次々捨てられていくんや」

 と、なよなよしいポーズを決め込む詩瑠。もはや膝を曲げ本当に崩れ落ちていくという名演技。絶対周りからはデート開始早々、修羅場に陥ったカップルにしか見えてない。合流してもなお辱めを受けるとは。

 さっさとこの時間を終わらせなければ。

「そもそもお前だって俺の事興味ないだろ! これじゃ誰も得しない無駄な時間じゃねぇか」

 だが、その言葉に詩瑠はピクリと反応を見せ、さっきまでウソ泣き付きで崩れていたか弱い(らしい)乙女はどこに行ったのやら。彼女はスッと立ち上がり「それはチャウ」と反撃体制に。

「ウチが今日はデートの再現をしたるわ。どーせ女の子慣れしてないあんたじゃデートの一つもしたこと無いんやろうし。せやからウチが練習台になって点数付けたる言ってんや。ほんで今日の練習活かして改めてサオとデートしてくれれば万事解決や。ウチにも有益やった時間になる」

 一瞬はその論に「なるのか?」と考えたがそんなわけがない。沙織と一緒に行動するのと詩瑠と一緒に行動するのでは心の持ちようが全然違う。緊張感がない以上頑張っていいデートを演出しようという気も起きないし、ドキドキゆえのハプニングもないだろう。

「デートの一つくらい練習しなくたって俺には余裕だし、そもそも俺はお前みたいな鼻につくうるさい女はタイプじゃないから何の練習にもなりません」

 おまけに鼻をつまみながら大々的に教えてやった。そう、はっきり言ってうるさいだけの詩瑠はちっともタイプじゃない。デートなんてこっちから願い下げだ。

 だが、詩瑠もただでは成り下がらない。鼻を軽くつまんでいる和彦の手をはらいのけ、びしっとこちらを指さしながら説教に入る。

「何やて! 誰が鼻につくうるさい女や! 自分、目と耳と口と頭、全部腐っとんとチャウか? ウチを見てそんな評価下したんあんたが初めてや」

「そりゃ多分今までお前の会ってきた男たちの目と耳と口と頭が腐ってたんだろうな」

 一向にこの女との和解という道は見えそうになかったが、感情的生物である詩瑠はここに来て攻撃の方向性を転換させ挑戦状をたたきつけてくる。

「ほな、その腕前見せてもらおうじゃない。あんたがデートなんて練習せんでも完璧に出来る言うならやってみーや。それでウチを満足させられたら合格や」

「なんでそんな上から目線なんだよ。あと、さっきも言ったけどお前はタイプじゃ――」

 だが、詩瑠は和彦の言葉を最後まで待つことすらしない。

「普通の紳士は好みとかタイプとか関係なくデートはしっかりやり切るで。そんくらいできな本命とデートするときは緊張して手も足も出ぇへんようになってまうからな」

 小馬鹿にしたように蔑む詩瑠の目つきと言動。これには和彦の方も「これ以上この女の言いたい放題にさせてたまるか」という対抗心がどんどん湧き上がってくる。

「あ~そうか、そうかい。じゃあやってやるよ。完璧なデートとやらを」

 結果、心にも思っていなかったことを口が勝手に告げてしまった。どうやら和彦も感情的生物の一人だったらしい。

 そんな風にして行われることになったデート練習。だが、ふたを開けてみればそれは和彦のための練習などではない。

「ほな、次はこっち行くで」「わぁあのジェットコースターおもろそうやわ」「あ、ほらほら写真自動で撮ってくれるって」

 ただただ詩瑠の独壇場だった。

 和彦になす術など何一つなく、振り回されながらあれやこれやと様々な乗り物に乗せられる。

「ほら、見てみ。てかこの耳つけてみ」

 詩瑠が手にしていた猫耳のようなカチューシャをつけてみれば笑われるし、よく分からない食べ物でロシアンルーレットさせられるし。負けるし。

 辛くて本当に口から火をふくかとも思ったが、詩瑠には「ナイスリアクション」と親指立てて褒められた。違う、こんな事で認められたいわけじゃない。

 ストーリー性のある乗り物に乗れば横でうるさく話をしてくるせいでちっとも話が頭に入ってこないし。

 どうしてジェットコースターは怖くないのか、どのタイプのジェットコースターに乗っても両手を安全バーから放し、楽し気に声を上げるだけで悲鳴は響かせない。

 そんな満喫少女は一度も止まるという事を知らず、完全にこの遊園地を遊びつくして二人は入り口まで戻ってきた。

「はぁはぁ。まさかこんなに疲れるとは思ってなかったぞ。お前は子供か」

「は? 何を言っとるん? ウチは八千円の価値を最大限有効活用するために動いてたに決まっとるやん」

 これだけ回ってどうして息の一つも切れないのか、詩瑠の体力が恐ろしくてならなかった。

「んで? どうだったんだ俺とのデートは。楽しかったのか?」

 だが、総括に聞いてみると詩瑠は「う~ん」と少し悩んだうちに。

「あれやな。零点」

 というとんでもない酷評を。

「おい、お前めちゃくちゃ楽しんでただろ。一体今日のデートのどこが零点だって言うんだよ」

 だが、詩瑠は詩瑠なりに理由があったらしく迷うことなく答えた。

「自分、今日一度でもウチの事引っ張ろうとした?」と。

 当然答えは「ノー」。というか詩瑠が一度も引っ張らせてくれる機会をくれなかった。

「いや、チャウチャウ。ウチがお願いしたんは完璧なデートをしてウチを満足させろって話や。それに対してあんたなんもしとらんやん」

 言い訳はさせまいと詩瑠は続けざまに言葉を並べる。

「今日乗った乗り(のりもん)は全部ウチが選んだで。あんたはただ手を引っ張られてただけやんか。これウチや無くてサオとのデートやったらあんたら二人とも花壇から動かへんやろ」

「そりゃあんたが引っ張ってったからそうなってるだけで、沙織と二人なら」

「嘘おっしゃい。そういうのは大概相手が誰であっても変わらんのや。今日のデート見てる限りあんたは自分で引っ張っていくよりも引っ張っていってもらいたいタイプやろ。せやからあかんねん」

 なんでこんな自分勝手にけなされなければならないのか、怒りにも近い感情が湧いて来ようとしていたが、そんな和彦を詩瑠は一瞬で突き放す。

「ええか? 男子たるもの大事な時は突っ込まなあかん。気持ち隠して相手に忖度してたら大事な機会なんてすぐ逃してまうからな」

 まるで自分の気持ちを見透かして言っているようなその言葉に、反撃しようと用意していた言葉のすべてが持っていかれてしまった。

 今の沙織にも天音に対してもどっちつかずな自分の心を。

 照らすはもう太陽ではなく月。昼間見た時には分からなかったが、詩瑠の化粧は少しだけ落ち始めていてボロが出ていた。

 今日一日を全力で楽しんで汗まみれになったからか、もともとメイクみたいな事はしたことがなくてこの出来なのか。

 どちらにせよ詩瑠はこのデートに対してそれなりの気持ちを入れていた。

 何が目的だったのかは分からないが。

「なぁ折角の機会だから気持ちの整理に付き合ってもらっていいか?」

 ふとした心のゆるみか混乱した頭を何とかしたかったからか、気が付けば和彦は詩瑠に対してそんな弱さを見せていた。

「俺は、赤星さんが好きだ。色々あって、すごくいい性格のやつだって知って」

 いきなり話し出すものだから詩瑠も「何の話してんねん」という怪訝そうな顔で見ている。でも話し始めたからには最後まで行かないといけない。

「でも、それと同じくらい沙織の事も好きなんだ。六年前に沙織を失ってそれからずっと想い続けていた」

 自分でも整理しきれていない事実だ。たどたどしい感じになりながらもなんとかして言葉にしていく。

「でも、じゃあ……俺、本当はどっちが好きなんだと思う? どっちに告るのが正解で……」

 だが、言っているうちに何を第三者に聞いているんだという気もしていた。でも、本当に分からないのだ。分からなくて、苦しくて。誰でもいいからこの知恵の輪のように絡まった気持ちをスッキリさせてほしかった。

 でも、詩瑠はそこまで優しくない。

「んなもんは知らんわ。ウチがアドバイスしたら確実に友達のサオが有利になるようなアドバイスしかせぇへんで? 赤星さんなんて知らんし。その答えに決着をつけるのは自分自身や。自分が話をしていて、一緒に居て居心地のええ方を選べばそれが答えやないん?」

 夜空に照らされ園内のイルミネーションがきらめく中。でも和彦の心の中だけはやはり、どんな光に照らされることもなく、真っ黒いもやがかかったままだった。

「ったく何を期待してんだろうな」

 心の中で一人呟く。園には遊びに来た人を帰るように促す寂しげな音楽が永遠となり続けていた。



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