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僕は何度でも君を  作者: 花芽 雫
3/3

再会

 ピピっ


 短い電子音とともに鼻が詰まる不快感と盛大なくしゃみを放った朝八時。

 体温計を見るとどうやら僕は風邪をひいてしまったようだ。


 昨日自宅に着いた途端、疲労感とあまりの寒さにお風呂を沸かす時間も惜しく、 シャワーのみ浴びて布団に潜ってしまったのが原因だろう。


 携帯で今日行われる講義の欠席日数を見るとかなり怪しい。というかもう休んだら落単決定だ。代理出席を友達に頼もうにも、そもそも今日の講義は僕一人で受けている講義だし、先生がたまに名前を呼んで当ててくるから万が一、出席だけして講義に出てない事がバレたらそれこそ落単だ。


 僕は今まで悟と雄二とゲームをするために講義をサボってたことに心底自分に呆れた。


 二限開始時間と登校する時間を踏まえてもまだ少し時間があることを確認し、僕はもぞもぞと掛け布団を羽織りながらベッドの上から抜け出した。

 洗面所で歯と顔を洗い、食欲は湧かないが何か食べないと風邪薬が飲めないため、僕は冷蔵庫を開けだが。


 これぞ大学生男子の一人暮らし、とでもいうかのようにびっくりするほど何も入っていなかった。

 飲み物は腐るほどあるくせに、食べ物に関しては卵すら入っていない。


 それもそのはず。

 僕が大学一年生の時、自炊をしようと張り切って調理器具を買い揃えはしたが、使うほどに出てくる洗い物や調理過程の面倒くささで自炊は三日として続かず。結局コンビニ弁当やカップラーメンのありがたさ、楽さに甘えて僕は自炊を一切しなくなった。だから冷蔵庫の中は常に飲み物しかない。


 「生協で買うか」


 大学構内にあるコンビニみたいな店。いや、店って言っていいのかわからないからみんな生協って呼んでいる。


 僕はとりあえず早めに家を出て講義前に生協で朝ご飯を買うことにし、服を着替えたり髪をセットしたりして登校の準備をした。


 一人暮らしを始めてから常々感じるのは母さんのありがたみかな。毎日ご飯は母さんが作ってくれて(中にはお惣菜や冷凍食品もあったけど)、風邪をひいた日には僕が食べたい物や薬まで買ってきて心配そうに看病してくれた。


 一人暮らしになれば生活こそ自由になるものの、自分でご飯や洗濯、掃除にゴミ出しまで。母さんがやってきたこと全て一人で行うことになる。一人暮らしを始めた当初はゴミの分別や洗濯機の使い方がわからなくて、よく母さんに電話して聞いてたっけ。


 僕はマスクをして今日の服装に合う靴をシューズボックスから取り出し、玄関の壁についている鏡で全身をチェックしておかしなところがないか服装や髪型を確認した。


 ちなみに昨日履いていた靴は雨で泥や水浸しになってしまったはずが、覚えていないけど昨日の自分が靴の泥を落とし、新聞紙を靴の中に突っ込んでいたようで。

 昨日の自分に拍手、と言いたいところだが残念なことに突っ込んであった新聞紙は一枚一枚丸めて入れたのではなく、なんと新聞紙そのままを筒のように丸めて突っ込んでいたから靴の水分はあまり吸収されるわけもなく、靴は相変わらず湿ったままだった。


 つくづく自分のズボラさに呆れながらも、僕は新聞紙を入れなおして家を出た。

 僕の家から大学までは徒歩一五分くらい。バスだと五分くらいで着くから、徒歩三〇分かかる友達に比べればかなり近いほうだと思う。

 まぁこんなに大学が近くても遅刻はするんだけどね。


 今日は昨日の午後の雨が嘘かのように晴れていて、日陰は恐ろしいほど寒いけど日なたは春の陽気すら感じられるほど暖かくて風邪を引いている僕にはすごく有難かった。


 事故があった交差点は、本当に事故があったのかと思うほどいつも通りで、僕や他の人が供えた花や物、お供え物が雨に濡れないように置いていった傘も早々に片付けられていた。きっと鳥や虫が集まってくるから片付けたんだろうけどあまりにも早い回収だった。


 学校に着いてもそうだった。昨日の事故が嘘だったかのように学生の話から消えていて、講義のレポートがむずいとか、今日の講義だるいとか、そんな話ばかり聞こえてきた。

 朝ご飯何買おうかな、と悩みながら生協へ向かっていると生協へ行く廊下にある 掲示板に昨日見た、追いかけたはずの女の子が掲示板を見ていた。


 (やっぱり同じ大学だったんだ)


 通りで昨日見たことあると思った。


 「おはよう」


 僕が声をかけても女の子はこちらを見ることはなかった。もしかして僕の声が小さかったのかな、と思ってもう一度声をかけてみることにした。


 「ねぇ、昨日交差点にいたよね?」


 すると女の子はびっくりした顔をして僕を見た。


 「えっ……私に話しかけてるの?」


 「?他に誰かいる?」


 僕の問いに彼女は周囲を見渡した。確かに廊下には何人か友達連れで歩いている人はいたけど、僕が交差点であったのはこの子だけだ。

 女の子は自分に話しかけられてるとわかるとどこか嬉しそうだった。


 しかし妙に通りかかる学生から視線を感じるなぁとは思うけど、僕が鼻声だから周りからすれば変な声に聞こえるのかな。それとも今日の服装変だったかな。


 「風邪、ひいたの?」


 女の子は心配そうに聞いた。


 「うん。朝起きたら鼻づまりに微熱だし、本当参ったよ。」


 「ふふ、早く治るといいね」


 なんて他愛もない話をしていると僕の背後から気が付かないうちに悟と雄二が近づいていたようで、急に後ろから肩を組まれた。


 「おーす!桜木!」


 この時間にいるなんて珍しいな、なんて突然の衝撃で驚いている僕に悟は笑いながら言う。


 「掲示板の前で何やってんの?あ、もしかして休講連絡張り出された?」


雄二は僕の目の前にいる女の子に興味がないのか、はたまた人見知りで声をかけられないのか、女の子そっちのけで掲示板を眺めた。


 「騒がしくてごめんね」


 「ううん、大丈夫だよ」


 女の子は僕達の様子を見て微笑んでいたが、知らない人が増えて緊張したのか少し困った顔をしていた。


 「俺ら今から生協行くけど、桜木も行く?」


 悟は相変わらずマイペースで、女の子のことは見向きもせず僕に聞いてきた。


 「うん。ちょうど行く途中だったんだ。君はどうする?」


 ここは生協に行く廊下だからもし、行く途中だったのなら一緒に行こうかな、なんて聞き返すと女の子からの返事を聞く前に、悟が口を開いた。


 「なぁ桜木」


 二人とも不思議そうな顔して僕の顔を覗き込んだ。



 「お前、さっきから一体誰と話してんの?」



 僕は一瞬思考が停止した。 


 「……え?二人とも何言って」


 「もしかして熱でもあんの?」


 雄二が僕の言葉を遮って額に手を当てて熱を確認する。


 「うわ、あっつ!インフルじゃね?」


 「高熱で幻覚見えちゃってんじゃん。桜木、保健室行くぞ」


 幻覚じゃない、確かに僕の目の前には昨日の女の子がいる。そして、今まさに女の子は困った顔をして下を向いている。


 「雄二、そっち持ったか。行くぞ、せーの」


 僕は二人に両脇から抱えられて女の子のほうへと前進していく。


 「ふざけんな、ちゃんとそこに」


 僕の言葉に、はいはい、なんて相槌をうって二人は前進をやめない。


 (やばい、ぶつかる!)


 僕は咄嗟に目を瞑った。

 しかし、数秒たっても人とぶつかるような衝撃はない。むしろ、ヒヤリと冷たい空気が肌に触れた。


 (……まさか)


 僕は待って、と抱える二人を振りほどき急いで後ろを振り返った。

掲示板の前にはさっきの女の子が確かにいて、向こうから歩いてきた学生はその女の子に気が付かず、女の子の体をすり抜けて歩いてきた。


 「ほらいくぞー」


 今度は二人に引きずられる形で保健室へ連行された。


 「またね」 


 女の子は小さな声でどこか寂しそうに僕に手を振った。


 僕は完全に理解した。


 悟と雄二がふざけてるだけかと思ったけど、あの子に話しかけてびっくりされたのも、通りがかった学生が僕を見ていたのも、二人が女の子を気に留めないのも、そして、女の子の体がすり抜けたのも。

 みんなあの子が見えていないんだ。僕しにかあの子が見えないんだ。


 (……幽霊?)


 その言葉が浮かぶと僕は力が抜け、酷く頭が痛くなった。

 歪む視界の中で女の子を必死にとらえていたが、目を開けていられないほどの頭痛に僕は二人にきずられながら意識を失った。


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