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僕は何度でも君を  作者: 花芽 雫
1/3

ついてない

 僕は基本的に朝が苦手だからゆっくりと午後からの講義を取っている。

 まぁ今日は昨夜、徹夜したせいで盛大に寝坊したおかげで僕は自宅から歩いていける距離の学校にバスを使っているのだけれど。


 午後からの講義の利点は交通機関が混んでないってことかな。僕にとっては結構重要。だって大学1年生の時に1限取って通勤通学ラッシュの恐ろしさを身に染みて感じたからね。思い出すだけで気が遠くなりそう。


 今日もいい天気だなぁ、なんてバスの窓から射す春の陽気に眠気を誘われていると、バスの信号待ち停車と共に救急車のサイレンが近づき、おばさん達の一人が何やら外の状況に気が付いたのか“ねぇちょっと”と窓の外を指さしたが、おばさんは意図せずバスに乗っていた僕を含む、乗客全員の視線を指さす方向に集めてしまった。


 「ちょっと救急車来てるわよ」


 「大丈夫かしら」


 おばさん達が注目するのも無理ない。車2台の接触事故みたいだったが1台は完全に交差点の歩道に突っ込んでいる。よく見ると歩道にいた人も巻き込んだのか、血が飛び散っているのが見えてしまって僕はもちろん、周りにいた乗客も交差点の通行人も青ざめていた。救急車のみならずパトカーも数台来ていてブルーシートで事故現場を覆い隠すほどかなりひどい事故だったようだ。


 信号が青に変わってバスが動き出してもおばさん達の話題は先ほどの事故で持ちきりだった。僕は見てはいけないものを見てしまって完全に目が覚めた。というかさっきの飛び散った血を目の当たりにして眠気なんか来るわけがない。


 よりによって僕の大学の近くじゃないか、なんて思っていると次のバス停留所を知らせるアナウンスと共に料金表が変わった。ぼやっとしていた僕は慌てて降車ボタンを押して降りる意思表示をし、先ほどの出来事を忘れようとイヤホンから流れている音楽に集中した。

 バスなんて使うんじゃなかった、なんて降りてから思う。

 よりによって滅多に使わないバスに乗った日に限って事故現場に遭遇するなんて。


 「......ついてない」


 人が轢かれてついてない、なんて失礼にもほどがあるのは分かってる。

 でも、なんだろう。事故現場を見ただけなのにすごく『怖い』と思っている自分がいる。何かを失ってしまうような、そんな怖い気持ちが僕の心の中でループしている。

 どんなに他の事を考えようにも先ほどの出来事が頭から拭えず、僕は険しい顔をしながら講義室へと向かった。


 ハッと僕は咄嗟に講義室のドアの前で腕時計に目をやると時刻はすでに講義が始まって5分が経過している。

 そう。なんと僕はバスを使ったにも関わらず遅刻していたんだ。

 今日二度目のついてない。そして非常にまずい。

 なんせ僕が今まさに入ろうとしている講義室で行われる講義の先生は欠席減点、遅刻は先生の説教に講義中指名制度付き。休もうにも減点されるし遅刻は怒られるし当てられるしで毎回憂鬱になるような講義だけど必修のため避けては通れない。


 僕は意を決して講義室のドアを開けると、ザワザワと一瞬、学生の話声が聞こえたがとたんに静まり僕に注目した。僕が教授ではないことを確認すると一斉に先ほどのざわめきに戻った。

 講義が始まっている時間に先生が遅れる事なんて絶対にない。むしろこの講義の先生は必ず5分前には教卓にいるはずだ。僕の時計が遅れているだけ?と思って携帯を見ると、どちらも時間は一緒。やはり僕は講義に5分遅刻していた。


 講義室には多くの学生が着席しており、どこに座ろうかと見まわすと、声こそ出さないもののこちらに大きく手を振っている友達の黒川悟を見つけ、僕は急いで悟のところへ行くと、僕の分の席を取っていてくれた。


 「桜木、お前ついてんなぁ」


 僕は席に座りながら悟に先生がいない理由を聞こうと口を開いたとき、悟の隣にいた榊雄二が僕の聞きたかった理由を興奮気味に話し始めた。


 「さっき大学の近くで衝突事故あったの知ってるか?」


 僕は先ほど事故を思い出して苦い顔をしながら頷いた。


 「あの事故で巻き込まれたのうちの大学の新入生で、さっき病院に搬送されて亡くなったんだってよ」


 「んで、今先生がいないのもその対応に追われてるって話」


 「しっかし、その事故起こした運転手は無事っていうんだから変な話だよな」


 「ほら、見ろよ。ネットニュースとSNSに上がってるぜ」


 悟は携帯画面を僕に見せると、事故の状況だったり安否など詳しく説明が載っていた。

 僕がその記事を読んでいる中、悟や雄二が事故について話しているのをうわの空で聞いていると、意図せず僕の近くに座っている人達の会話が耳に入ってきてた。その人たちもやはり事故の話をしていた。なんとなく周りを見渡すと多くの学生が手に持っている携帯の画面には先ほどの事故の記事を映し出し、可哀そう、ついてない、怖いねなどと事故の話をしている。この大学の学生だという意味でどうやら今は事故の話で持ちきりのようだった。


 しばらくすると、先生が神妙な面持ちで講義室のドアを開け迷うことなく教卓へと立った。僕達はさっきのざわめきが嘘かのように消え、先生の発する言葉を待った。


 「え~、連絡が遅くなってすまない。皆ネットなどですでに知っていると思うが、さっきうちの大学の生徒が亡くなった。私は引き続き学校の対応をしなければならないので、今日の講義は休講とする。以上解散」


 先生の言葉に僕たちはまた、ザワザワと騒がしくなった。


 「まじかよラッキー!」


 「帰ってゲームしようっと」


 なんて悟と雄二は呑気に帰る支度を始めていた。


 「桜木はこの後も講義あるんだっけ?」


 「うん。あるよ」


 「え、出るの?せっかく休校になったんだから講義なんてサボって俺とゲームしようぜ」


 「いや、せっかく学校に来たし出席日数も怪しいからこのまま講義出てから帰るよ。」


 ごめんね、と謝ると二人はじゃあまた今度な、と言ってウキウキと講義室を出て行く姿を見送った。

 実は出席日数が怪しいなんて嘘。僕は講義をギリギリまでサボってでもゲームをやりたいくらい好きだ。だからさっきの二人からの誘いはすごく嬉しかった。いや、嬉しかったはずなんだ。いつもの僕なら喜んで二人に付いていくだろう。でも今回はなぜかゲームをする気にならなかった。もちろん、ゲームで徹夜して寝坊するほどゲームをしすぎたのも一理あるだろうけど、むしろ、事故が気になって僕はそれどころではなくなっていた。


 僕は携帯をポッケから出し、先ほどの事故の記事を検索した。すると今まさに警察が現場検証をしている中でたくさんの報道局がリアルタイムで事故の様子を報道していた。

 亡くなった人の名前は未成年だということで『十九歳、大学一年生の女性』としか報道されていなかった。二十歳になる前、しかも大学生になったばかりでこの世を去るなんてあまりにも可哀そうだった。これからの人生があったのに、無念だろうな。


 亡くなった人のことを考えると感情移入してしまいそうだったから僕は調べる手を止めて、荷物を持って講義室を出た。事故の話は校内でももちきりのようで、そこら中から話が僕の耳に入ってきた。学食にある大きなテレビではどこかの報道局のチャンネルが事故現場を生中継しており、僕はその場で足を止めた。テレビ画面にはお花やお供え物を置く人、泣いて悲しんでいる人が映し出された。


 僕は途端に花を供えにいかないと、なんて思った。なぜだかそうしなきゃいけない気がしたんだ。

 僕の足先は気が付けば昇降口に向かっていて、講義をサボる罪悪感よりも、急に降ってきた雨に煩わしさを感じていた。できるだけ濡れないようにパーカーのフードを被ったが、次第に強くなる雨によって僕の服は生乾きのように濡れてしまった。

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