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第7話

 羽菜と悠太はランドセルを机の上に置いて、本棚の前に移動した。


「羽菜ちゃんはどの本棚の本を読むことが多いの?」

「んっとね、この辺かな」


 そう言って案内したのは、小学三年生向けの本だった。絵本の次に易しい本だ。文字も大きく、内容も難しくはない。年相応の本だった。


「悠太くんはどこの本を読んでるの?」

「僕はね、こっちかな」


 そう言って悠太が連れて行った本棚は、上級生が読む本だった。羽菜が読む本より字は小さく、難しい漢字もたくさん使われている。

 同じ歳なのに随分違う本を読んでいることを知り、恥ずかしくなった。


 身長も同じだし、歳も同じ。けれど読む本には差があった。その差は羽菜と悠太の性格の差のように思えた。大人っぽい悠太は大人が読みそうな本、弱虫の羽菜は相応の本。それがなんだか急に恥ずかしく、惨めに思えた。


「すごいね、こんな難しそうな本を読んでるんだ」


 そう言って、最初に目について本をとってページを捲ってみる。

 やはり字は小さく、漢字もまだ習っていないようなものがたくさんあった。


「すごくないよ。最初は難しかったけど、こういう本ばかり読んでたらそのうち慣れてくるよ」

「...私でも読めるかなぁ」


 普段読んでいる本より字が小さい上に、ページ数も変わらないか、少し少ないくらいだ。けれど字の大きさを考慮したり、本の途中に絵が挿入されていたことを踏まえると、普段羽菜が読んでいる本よりも量はありそうだった。


 悠太は普段自分が読んでいる本を難しそうに見ている羽菜を眺め、口元を緩めた。


「借りてみる?」

「うーん、でも」

「じゃあ、一番簡単なのを選ぶよ」

「読めるかなぁ」

「大丈夫だよ、だって羽菜ちゃん頭良いもん」

「えー、悠太くんの方が頭良いよ。いつも満点取ってるし」

「僕、家でもちゃんと毎日勉強してるから」

「毎日してるの?やっぱり悠太くんはすごいねぇ」


 悠太に対して褒める言葉しか出てこなかった。

 手にとっていた本を戻すと、悠太は今まで読んだ本の中で比較的読みやすい本を選び、羽菜に渡した。


 どうしよう。折角悠太くんが選んでくれたのに、読めなかったらどうしよう。だってこんなに難しそうな本、読んだことないよ。漢字もたくさん入ってるし。本を返さなきゃいけない日までに終わるかなぁ。


 不安そうに悠太から受け取った本をじっと見つめた。

 悠太はさほど難しくない本を選んだつもりだし、羽菜なら読めると思った。何より、もっと羽菜と本の会話がしたかったので、あえて自分が読んでいるような難しい本を借りさせた。


 羽菜は不安だったが断るわけにもいかず、本を借りた。タイトルは「白銀の妖精」だった。内容もきっと難しいのだろうと思い、借りたその本をランドセルに仕舞った。


「あ、この本今映画になってるよね」


 窓側の席に座り、そこから見えた本を指して悠太が言った。

 羽菜はその先を追って本を見た。「三度目の恋」と書かれ、表紙には高校生の男女が見つめ合っている。

 羽菜は映画のことはよく分からなかったので、「そうなの?」と返した。


「うん、お母さんが好きで観に行ったみたい。どんな話か分からないけど」

「そうなんだ。私は映画、見たことないから分からないな」


 羽菜の世界は広くなかった。映画館には行ったこともないし、実際にどういうところなのかもよく分かっていなかった。悠太の言った、「本が映画になっている」というのも正確に理解していなかった。


「恋といえば、羽菜ちゃんは好きな人とかいるの?」


 不意に悠太が聞いた。

 羽菜はきょとんとして目をぱちぱちさせた。


「恋が分からないから、分かんない。恋って普通の好きとは違うんでしょ?」

「うん、その人のことを思うとドキドキしたり、もっと一緒にいたいっていうことだよ」


 悠太は恋というものを理解しているようで、微笑んだ。羽菜はそれが大人の余裕に見えて、少し焦った。


 恋って、なんだろう。よく分からないけど、皆知ってるのかな。小説に恋は出てこなかったし、どういうことだろう。女子が悠太くんをかっこいいとか好きとか言っているのが恋なのかな。


「悠太くんは好きな人がいるの?」

「うん、いるよ。でもこのことは内緒にしててね」

「悠太くんに好きな人がいること?」

「うん、知られたくないから」

「そっか、分かった」


 羽菜はそれを聞いてなんだかドキドキした。


 悠太くんが好きになる人ってどんな人だろう。恋してるってことだよね。


 羽菜は恋というものが知りたくなった。


「ねえ、恋ってどんな感じ?楽しいの?」


 好奇心を隠すことなく悠太にぶつけた。悠太は特別驚くわけでもなく、そう言われることを想定していたかのように笑った。


「楽しいよ。でも楽しいだけじゃないんだ」

「へえ、どんな?」

「秘密」

「えぇー、教えてくれないの?」

「うん、ここから先は教えない」

「なんで?」

「んー、実は僕性格悪いんだよ」

「悠太くんは性格良いよ。でも、教えてくれない悠太くんは性格悪いかも」

「え?あはは、そうかも」


 悠太は恋が楽しいだけではないと知っている。では他にどんな感情が芽生えるのか、それは人に言えるような感情ではない。言ってしまえばきっとその感情を「性格が悪い」と指摘されると理解していたからだ。

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