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人を殺した後で、私は平然と雨降る夜道を歩く。
離脱と回収を兼ねて、組織が構想したルートをなぞる。
慣れ親しんだ手順。
フラフラと出歩く遊び盛りな女子高生を演じて、殺し屋を迎える車を私は待った。
傍目からは心配した家族の迎えか、或いは火遊びの逢い引きにしか見えない車を私は待った。
なんてことない風を装って一般人に溶け込むやり口は、単純ながら効果的な常套手段であって、私の組織もその例に漏れない。
歩くなかでズキズキと頭が痛んだ。
グラフィティの後遺症が私を責め立てる。
それはまるで罰のようで。
殺人を犯した贖罪なんだって思い込むと、少しだけ受け入れても良いかな、なんて思った。
これは負担のフィードバック。
詰め込まれた技術の代償。
そして同時に枷。
これは暗示。
本当は痛みなんて感じていないんだよって、私を使う人は言う。
殺人のストレスだって。
それが脳に負担をかけているだけだって。
グラフィティにセットされた暗示の影響。
ストレスでぼぉっとした脳が痛みを錯覚するように。
ズキズキと痛んでいる。
まるで釘を何度も打ち込まれているみたいな。
有る筈もない鈍くて重い痛みが、私に突き刺さっている。
負荷が強いほど、痛みは増した。そこにあるのはとても簡単なルール。
私が殺人に抵抗を感じるほど、頭痛は強く、激しくなっていく。
この人は殺したって良い。
この人は殺しちゃダメ。
そんな分別が少しでも痛みを和らげてくれる。
誰も彼も殺せば良い訳じゃないって、仕組まれたセーフティー。
殺し屋として造られた事を憎んで、復讐に使わせないための。
解ってないな。私は自分から進んで人を殺したいなんて望まないのに。
私を殺し屋に造り上げた人達を憎む気持ちなんてない。
彼等は私に唯一の居場所をくれたんだから。
私の居場所。
人を殺す事が求められる世界。
そこにしか居られない。
そこでしか生きられない。
私は何時も血に塗れて、乾いた血の跡を残しながら歩いている。
何処まで続いているのかも解らない日々。
止まない頭痛を抱えて、私は今日もぼんやりと生きている。
ああ、雨が頬に当たる。
それはきっと涙の跡すら綺麗に拭ってしまうに違いない。
誰にも
私にも
涙を流した意味なんて解らないまま消えてしまうに違いない。
そして、それがどんなに優しい事かと思う。
何も考えずに人を殺し続ければ良いんだよ。
君が余計に苦しむ必要はないんだよって。
撫でるように
優しい
暖かい雨だ。
ふいに、私はヘッドライトの灯りを浴びた。
それと同時に、ポケットに入れていたスマートフォンがアラームで震える。
時間通り。そして、もうそんな時間かと思う。
もう少しだけ雨に濡れていたい気もするけど、こればっかりは待っててくれない。
止まった白いセダン車に乗り込み、私はレインコートを脱いだ。
雨粒の重みと一緒に殺人の重圧から解かれた心地。
車は直ぐに走り出した。回収しだいさっさと立ち去るように、運転手である彼女、柊 沙夜は組織から念を押されているから。
「お疲れ様、奏。シートの上にあるタオルを使いなさい」
私は促されるままに髪と顔を拭った。
柔らかで、甘い香りのするタオルは何処か非現実的で、安心できない。
私は殺人に慣れすぎて、安心感に違和感を覚えているのかもしれない。
人を殺した後の安心感ってなんだろう?
きっと私と同じ年頃の女の子は、清潔なタオルの匂いにほやほやとした可愛い笑顔を浮かべるに違いない。
私にはそれがない。
淡々とした冷めきった動作で、事の終わりを実感しているだけだ。
普通の少女にはない
人を殺した後という
どろりと重い感情の澱だけがある。
止まない頭痛
深く響くストレス
これが君の全てなんだよ、と
囁くような痛みが私をまともな少女でいさせてくれない。