第二十六話 初めて出来た日本酒は……
初の仕込みなので、テスト的な造りと位置づけ、仕込みの量は少量にした。だけど、簡単に考えていた俺はこんなにも苦戦するとは思わなかった。仕込みが終われば後は放置に近いワインと違い、日本酒作りは難しかった。仕込みや管理の工程が多い、温度管理や室温管理。それに全作業が終わる約3か月は目が離せないのが一番の難問だった。
その中でも一番緊張したのが搾りのタイミングだ。微妙な変化が分からないからタイミングを見逃さないように見極めるのに苦戦した。出来るだけ魔法を使わないように努力したけど、時間を操る時戻りを使ったりして何とか造り上げることができた。
味を見てみると、スッキリした味わいには程遠く、少し酸味の強いどっしりとした重量感のある味になっていた。
日本で飲みなれた爽やかな味からはかけ離れていて想像していた出来には程遠い物だった。
これはやり直しだな……
そこにボルトンさんがやって来た。
「おっ、酒が出来たのか」
「出来たけど、失敗ってところですか……」
「どれ、ワシにも飲ませてみろ」
一口飲んだボルトンさんも顔をしかめた。先日呑んだ日本酒のイメージが残っているからだろう。
「それでこれをどうするつもりだ」
「試してみたいことが有ってそれをやってみようと思っています」
「どんなことだ」
「古酒と言って。これを3年とか5年とか10年以上寝かす物も有るんです。それをしてみようかと」
「10年も待つのか?」
「そこは魔法で疑似的に古酒にします」
テーブルの上にコップを10個置き、それに酒を注いでいく。時送りの魔法を使って、1年から10年までの古酒を作り試飲をしてみた。3年位まではあまり変化が見られなかったが、4年5年と味に変化が出て来た。8年位になると酸味が殆ど無くなり、まろやかな舌触りを感じる中に?って思うところもあるけど、色も琥珀色と見た目にも楽しめた。10年物は色が飴色になって香りも倍増。酸味は完全になくなり、まろやかな口当たりの中になんとも言えない深い味わいが出ていた。
好みの問題も有るけど、俺は10年物の古酒が気に入った。一緒に試飲していたボルトンさんは8年物の少し味に棘が残っているのが好みらしい。
みんなに相談すると意見も分かれて収拾がつかなくなるので、ここに居る俺とボルトンさんの選んだ二種に変化させることにした。
こうして初めて出来上がった新酒は、時送りの魔法によって8年物と10年物の古酒になった。
とにかく、これは慣れだなという一言で片づけ、問題点を振り返った後、2回3回と思考錯誤を繰り返した。試作に3か月も待てないので、初めの決意を捨て去り時送りの魔法を駆使して酒を造り続けた結果、10回目位でイメージにほぼ近い出来の酒が出来るようになった。もちろんこれまでに作った酒は一番おいしいと感じる古酒にしておいた。
イメージ通りの酒が3回連続で出来たところで本格的な大量仕込みに入ることにした。
ここからは量が有るから一人では無理だ。だから皆にも作業を手伝って貰う。
精米から蒸し米にして麹をつくる。酒母を作って樽に仕込んでいく。その後、発酵を見守りながら
タイミングを計って上槽。搾りだね。それから濾過して瓶詰めして火入れだ。これはワインと同じ。殺菌と発酵を止めるのが目的だ。
この流れをみんなに教えながら、管理も順番にお願いをして極力魔法は使わないと思っていたけど、
タイミングを逃した時はこっそり時戻りを掛けて最善のタイミングに導きながらみんなで作った初めての日本酒が出来上がった。
出来上がった酒をみんなで試飲をした。自分たちで作った喜びと苦労が味に含まれていた事もあり、ネットで買った市販の物より格段に美味しく感じた。
客観的に判断しても。市販されている酒と遜色なかったと思う。
「こんな美味い酒を俺たちが作ったんか」
「どこに出しても恥ずかしくないぞ」
「売るのは勿体無いな」
「売らずにこの量をみんな飲み干すのか?無理だろ~」
笑顔と笑い声が遅くまで続いた……。いつもの事だけどね。
出来上がったのは2500本。ラベルさんにお願いをして100本をまた国王陛下に献上し、よろず屋からも頼まれていたので一緒に持って行ってもらう事にした。
ワインはあと半年は寝かせたいので出荷はして居ないけど、日本酒は早々に出荷したい。
村にある商店にお願いをして販売をして貰えることになったけど、ここだけでは全部は捌けない。そこで村役場を通して行商に来る商人に試飲をしてもらい買い取ってもらう事が出来た。
「陛下。こちらはノゾミ殿が作られた新しい酒で、日本酒というものでございます」
「ワインとはまた違った酒という事か」
「その通りでございます」
「どれどれ…… これは…… 酒精が強いわりにスッキリして癖の少ない味わいだな」
「はい。お気に召されましたでしょうか。すでにサルサ村では売りに出しております」
「そうか。ワインはまだ売らぬのか?」
「そちらはあと半年ほどで売られる予定です」
「そうか。我が国の特産になると良いのう」
「御意」
それからしばらくして、追加で買取りたいと行商人が村役場にやって来ていた。